峠の留守番
ミシュラ軍のゲレンには、本国から新しい命令が届いていた。占領した峠を保持したまま、さらに北へ別隊を送れという。兵は少なく、食料も足りない。ゲレンは動かせる人数を計算したが、守備を削れば避難民の戻る道が無防備になる。
部下は空き家を砦にして守る案を出した。ゲレンは村を壊せば次の春に住人が戻れないと反対した。代わりに峠の石壁を補強し、見張り場所を二つ減らした。
本国の使者は進軍を急がせた。「勝った勢いを失うな」と言う。ゲレンは使者を倉へ連れて行き、空の棚を見せた。
「勢いでは、この棚に麦は置けない」
使者は黙ったが、帰れば命令違反として報告するかもしれない。ゲレンは現地の不足を細かく書き、署名をした。
夕方、ラウゼの村から逃げた老人が山道に戻って来た。庭に埋めた種を掘り出したいという。ゲレンは護衛を付け、短時間だけ入村を認めた。兵の一人は敵の住民を助ける意味が分からないと呟いた。
老人は種の包みを見つけ、雪を払いながら歩き出した。「ここに戻って来る」と言ったが、ゲレンは答えられなかった。
ゲレンの補給係は、村の戸板を守る決定を支持しながらも、兵が凍えれば将軍の責任になると警告した。将軍は兵の冬衣を数え、破れたものから先に繕わせた。傷を負った兵の中には針仕事のできる者がいて、戦列へ戻る代わりに修理場で働くことになった。敵の村の戸を残すという決定は、その日から自軍の暮らしを見直す仕事にもなった。
その夜、北へ行く予定の別隊は出発せず、峠の外で待機した。本国の旗は変わらず翻っている。だが旗の下で毎日使う麦の量は、計算するたび少しずつ違っていた。




