第6話 品川りもあ - トレンド入り
品川りもあの初配信はトラブルだらけで終わった。
事務所内には気まずい空気が流れていた。
品川りもあは失敗して落ち込んでいる。
「私……クビですよね」
りもあが小さな震えた声で言った。
「バカね、そんなはずないじゃない」
アリスは微笑みを返す。
同時接続数は過去最高。
グッズの売り上げもまずまずだった。
数字だけ見たら、この初配信は大成功だったと言ってよい。
飛鳥部アリスは、縮こまっている品川りもあをソファーに座らせ、自分もその前に腰を下ろした。
りもあに聞きたいことが沢山あった。
でも、その前に……
「この写真。相手は誰なの?」
スマホの画面をりもあに向ける。
例の中年男性とのツーショットが写っていた。
「これですか?パパです」
りもあが不思議そうな顔をする。
「これが何か?」
「青木くんに調べて貰ったわ。有名人みたいね」
一旦咳払い。
「彼は大手ITベンチャーの社長。家庭もあって、奥さんも娘さんもいる」
それを聞いたりもあは、ちょっと嫌な顔をした。
そして、意を決した様に、一気に言った。
「私、愛人の子なんです」
「え?」
「世間的には、そういう事になりますね」
そして、寂しそうにふっと笑った。
「パパは、本当にママを愛してたんだと思います。でも、奥さんと離婚出来なかった」
「どういうこと?」
「ママは、その時……私が出来た時、大学生だったから……ママはインターンシップでパパの会社に行ってたんです」
――社長とインターンシップの大学生の恋ね。それで妊娠しちゃったか。家庭もあるのに。
そして、りもあは、そっと赤いスーツケースをさすった。
「このスーツケースもパパからの大事な思い出なんです」
「それで、そんなに大事にしてるのね」
アリスは優しい口調で言いながら、ホッと胸を撫で下ろしていた。
――パパ活じゃなかった。
「それだと、りもあさんの存在がスキャンダルすね」
青木くんが余計なことを言う。
――バカ。黙ってろ。
アリスが青木くんを睨みつける。
「そうなんです。でも、パパになかなか会えないから、オンラインでも見て欲しくて」
「それでVTuberになったのね。でも、個人だと厳しかったでしょう」
「はい。接続数1桁とか、場合によっては0とか……」
現実はそんなものだ。
簡単には稼げるレベルに行き着けない。
「逆に、人数が少なくて、あがり症が出なかったんすね」
また青木くんが余計なことを言う。
「でも、コスプレのバイトもやってたんすよね」
すると、りもあの顔がみるみる真っ赤になった。
「そのことは言っちゃダメにゃー」
「ネコ系メイドコスプレで、黒歴史にゃー」
――なるほど。
――コスプレバイトの後遺症で、あがると化け猫化するわけか。
アリスと青木くんは、りもあが化け猫化するシステムを同時に理解した。
りもあが落ち着くまで、少し待った。
そして、重要な話に移る。
「実は、もう一つ話したいことがあるわ」
「何ですか?」
りもあが警戒する。
「あなたの……化け猫グッズを作っていいかしら」
「え?」
「缶バッジとうちわとボイスのフルセット」
アリスは、グッズの発注カタログをペラペラとめくる。
「ねこ耳付けた衣装パターンが必要だわ」
「ボイスは配信時の映像から取れるわね」
「アクリルスタンドを追加するのも悪くないわね」
りもあの顔が真っ赤になった。
「それを売るんですか?」
「人気出るわよ」
アリスはニコッと笑い、スマホの画面を見せた。
「見て。Xのトレンド順位よ」
1位 青木くん
2位 化け猫
3位 品川りもあ
4位 パパ見てるー?
「うちが4位まで独占よ」
アリスが誇らしげに言った。
「青木くんにも、さっきグッズ作成を了承して貰ったわ」
「社長に脅されたっす」
青木くんが横から口を出した。
「俺の切り抜きが山ほど出ちゃったので諦めたっすよ」
そして、りもあを気の毒そうな顔で見る。
「あと、りもあさんの切り抜きも大量に出てるっすね。主にパパ見てるーと化け猫のシーンっす」
「どれも綺麗に視聴者数が伸びてて、10万再生以上っす」
「あああ……」
りもあが脱力してテーブルに突っ伏す。
「パパ見てるーってボイスも単独で売ろうかしら」
品川りもあが震え上がる。
「やめてください」
「冗談よ」
残念そうにアリスが答える。
半ば強制的なグッズのラインナップ拡張の話を終えた時、
「あ、これ」
配信時のコメントを整理していた青木くんが声を上げる。
青木くんの指差した先に、英語でのコメントが残されていた。
「My girl. Well done.(娘よ。よくやった)」
そして、コメント主のアイコンはサッカーボール。
高級スーツケースメーカー リモア品川店。
「店長、お話が」
IT担当がエレベーターに乗ろうとした店長を呼び止める。
「これ、見てください」
それは、急激な右肩上がりのグラフだった。
「これは?」
「リモア品川店のホームページへのアクセス数です。理由が分かりませんが、急激に伸びています」
「しかも……」
一息あける。
「検索時に、化け猫というキーワードが一緒に使われています」
店長はちょっと考えて言った。
「品川店限定で化け猫モデルを出すか」
1か月後に、そのモデルが店頭に並んだ。
VTuber事務所せいんと。
「社長、どこ行くんすか」
青木くんが、急いで出かける飛鳥部アリスを見て、怪訝な顔をする。
「さっき帰って来たばっかりっすよね」
「リモア品川店よ。新しい化け猫モデルが発売されたんですって」
アリスは悔しそうな顔を見せる。
「タダで便乗させないわよ。コラボの営業に行ってくるわ」
そして、飛鳥部アリスは、ハイヒールの音を高らかに鳴らした。




