第3話 品川りもあ - 準備
スタジオ見学を一通り終えて、品川りもあは大きなスーツケースを引いて帰っていった。
「青木くん、ちょっといいかしら」
「はい。なんすか?」
「これ、ちょっと見て」
アリスが品川りもあの契約書類を差し出す。
「りもあちゃん、学生時代にコスプレイヤーのバイトやってたんすね」
青木くんがニヤつく。
「アニメ系かな。メイド系かな。ネコ耳とか付けてたら最高っすね」
「そこじゃなくて、こっちよ」
アリスが指さした書類の身元保証人欄には女性の名前が書いてあった。
「普通は、保証人には父親の名前を書かない?」
「そうすかね。母親でもいいんじゃないすか」
「それはそうだけど、あの子、機材をパパに買って貰ったって……」
青木くんはちょっと考えてから言った。
「母子家庭で厳しいから、パパ活やってるとか……ですかね」
――相変わらず勘の鋭いやつだわ。
アリスは軽く頷いた。
「私もそれを疑ってる」
そして、ちょっと考えてから続けた。
「過去はともかく、今やってるなら止めさせるわよ」
「そんな子には見えないっすけどねえ」
青木くんが首を傾げる。
――だから女は怖いのよ。
アリスは心の中で呟いた。
そして、デビュー初配信の準備の話に移る。
やる事は山積みだ。
アバターのデザインに始まり、ボイス調整、ホームページ告知、プレスへの通知、ティザーPV、グッズの作成まで。
特にグッズは利益率が高く、売れ筋の商品が欲しい所だ。
「青木くん、いま、うちで1番売れてるグッズって何かしら」
青木くんがパソコンを叩いて調べる。
「ええと、渋谷ぱる子の道玄坂クッキーですね」
渋谷ぱる子は、この事務所に所属するVTuberの一人だ。ギャル系で10代の女の子達に人気がある。
「え?クッキー?そんなの作ったかしらね」
青木くんが呆れた声を出す。
「社長のアイデアっすよ。クッキーにカップルの焼印付ければウケるって」
青木くんがサンプルを取り出す。
よく見ると、カップルの女性の方がぱる子の顔になっている。
「これが、今、うちの事務所を支えてるっす」
「だったら、私の手柄ね」
アリスは悪びれずにクッキーに手を伸ばした。
「わりと美味しいじゃない」
青木くんがため息をつく。
「渋谷のラブホでもお茶菓子で出してるらしいっすよ。ぱる子が、それを聞いて泣いてました」
「売れればいいのよ」
グッズは無難にうちわと缶バッジ、ボイスデータに決まった。
「アバターのデザイン案が出てきたら、りもあに見せて選ばせましょう。ボイスの録音もしなくちゃね」
「デビュー初配信はスタジオっすか?」
「そうね。衣装のお披露目込みだから、全身トラッキングがいいわ。リハーサルもお願いね」
アリスが椅子の上で伸びをする。
「疲れたわね。青木くん、あとの手配は任せたわよ」
「ふえーい」
アリスはバッグを手に取り、一旦帰りかけたが、振り返って言った。
「アバターの髪の色は黒以外にしてね」
そして、心の中で続ける。
――何かあっても、身バレしなきゃ大丈夫よ。
準備は着々と進んだ。
アバターのデザインも決まった。
淡いパステル調のセクシーな衣装にキレカワ系のビジュアル。髪は水色に茶色のメッシュが入っている。チャームポイントのホクロも付いている。
「これが私ですか。かわいい!嬉しいです」
品川りもあも大喜びだった。
「可愛いっすね。俺の好みっす」
――青木くん、お前の好みは関係ないだろ。
アリスは、一旦、無言で突っ込む。そして、気になったことを口にした。
「ホクロは取っても良いんじゃないかしら。身バレしない?」
「私、このままがいいです!」
珍しく、りもあが強く主張した。
「あったほうが可愛いっす」
青木くんが後押しする。
アリスは二人に押されて頷いた。
が、少し違和感があった。
――身バレが嫌でVTuberになったんじゃ……
品川りもあの無邪気に喜ぶ姿を眺める。
「あとは、練習とリハーサルね。二人とも本番まで気合を入れてね」
「はーい!」
「ふあーい」
デビュー初配信の本番まで、あと2週間。
そこで、新しいVTuber品川りもあが生まれる。




