第2話 品川りもあ - 契約
青木くんが少女への説明を中断して顔を上げる。
「あ、社長。遅い出勤すね」
相変わらずマナーのなってない奴だ。
咳払いをして、黙らせる。
少女はアリスの顔を見て驚いた表情を見せていた。
そして、慌てて立ち上がった。
「さっきはすいませんでした。ここに来るのに遅刻しちゃってたので、急いでて」
深々と頭を下げる。泣きそうな声だった。
アリスは少女の前に立ち、名刺を取り出して少女に差し出した。
「私が代表取締役兼社長の山元です」
「え?飛鳥部アリスさん、ですよね」
少女の声が裏返る。
「それは芸名よ。本名は山元なの」
そして、少女に腰掛けるように促しながら、自分もソファーに座った。
目の前の履歴書を手に取る。
――年齢は、22歳。若く見えるわね。
――確か、本名は……割と普通ね。いい名前を考えてあげなきゃ。
「それで、遅刻した理由と連絡がなかった理由は?」
「秋葉原は初めてで、迷ってしまったんです。連絡しようとしたら携帯のバッテリーが切れてて」
彼女は電源が切れたスマホの黒い画面を見せた。
「申し訳ございませんでした」
アリスはスマホをチラッと見る。
――嘘ではなさそうね。
――それに、礼儀も悪くない。
そして、軽く微笑みを返す。
「青木くん、充電してあげて」
「へーい」
そして、アリスは彼女に向き直った。
「青木くんから、うちの事務所の説明は受けたわよね」
「はい。大体は」
彼女は一度、小さく頷いた。
「うちは見ての通りの弱小事務所。契約タレントは、現在3名。あなたが契約してくれたら4名になるわ」
そして、一旦息をつく。
後ろを振り返る。
「青木くん、スタジオは見てもらった?」
「まだっす」
彼女に向き直る。
「強みはね、最新の機材が揃ったスタジオと、あの青木くん。技術オタクなのよ」
「3Dモデルでの全身トラッキングもバッチリっすよ」
青木くんが自慢げに答える。
彼女は一生懸命話を聞いて、うなづいている。
――彼女は全くの素人じゃない。個人勢と呼ばれる事務所に無所属のVTuberだ。初期投資もトレーニングも必要最低限で済む。
「送ってくれた動画は歌だったわね。ダンスは出来るの?」
「苦手です。運動音痴なんです」
「あら、それは残念」
アリスは、彼女の顔を真剣に見つめた。
「それで……」
「契約してくれるのかしら」
そして、身を乗り出して彼女の返事を待った。
無事に契約は成立した。
彼女のスーツケースの中身、配信機材を見せて貰う。
「おぉ、このPCはかなりのハイスペックですよ」
青木くんが嬉しそうに叫び声をあげる。
「フェイストラッキングカメラとオーディオインターフェースも、良いもの使ってますね。フィンガートラッキングデバイスまであるじゃないですか」
彼女が嬉しそうに機材を並べる横で、青木くんが色めき立つ。
――なんだ、コイツら。この子、機械オタクじゃない。
アリスは全く興味がない。
ソファーでくつろぎ、コーヒーを啜って二人の会話を聞いていた。
設置された機材を前に、彼女が簡単な説明を始める。
「こんな感じで、家から配信してました」
画面では、可愛いアバターがポーズを取って動いていた。彼女の顔の動きと指の動きに連動している。
「個人勢で、ここまで揃えているのは凄いな」
青木くんが感心して眺める。
確かにそうだ。この機材だけで100万円は超える。あのスーツケースも、かなりの高級品だ。
「これは、自分で選んで買い揃えたのかしら」
アリスは思い切って聞いてみる。
「VTuberやりたいって言ったら、パパが買ってくれたんです」
彼女はあっけらかんと答える。
――パパ……ね。
アリスは、それ以上深入りするのを止めた。
VTuberのプライベートは聞いてはいけない。
何が出てくるか分からない。
一通りデモが終わり、彼女の配信名を決めることにした。
配信名は事務所によってルールがあり、規則性がある事が多い。
「うちは駅の名前が名字なの」
そして、アリスは少し考え、思いついた名前を口にした。
「品川なんてどうかしら?」
「いいっすね」
青木くんが賛成する。
「私もそれが良いです」
彼女も嬉しそうに同意する。
「名前は何がいいかしら」
アリスが問いかける。
「りもあ……じゃ駄目かな」
彼女が小さな声で言う。
よっぽどスーツケースが気に入ってるらしい。
「いい名前じゃない。品川りもあ、それで決まりね」
「青木くん、業者に3Dモデル案を準備させて」
アリスのエンジンが掛かる。
デビュー初配信に向けて、やる事が沢山ある。
「りもあちゃん、頑張るわよ」
そして、3人で手を合わせた。
「あの……」
りもあが遠慮しながら口を開く。
「スタジオも見せてもらっていいですか?」
青木くんが満面の笑みを浮かべた。




