第1話 品川りもあ - 出会い
飛鳥部アリスは、電気街口の改札を抜け、アトレ秋葉原を横目に中央通り方面へ向かった。
駅の外に出る。
駅前はいつもの人混みで溢れていた。
鬱陶しい。
暑い。
――まだ6月だというのに、殺す気か。
日傘を広げて肩に預ける。
そして、アリスは後悔する。
――やっぱり事務所は港区にすれば良かった。
気を取り直して事務所に向かう。
耳元にはお気に入りのAirPods Max2。流行のK-POPの響きが心地よい。その曲に合わせてハイヒールを鳴らして歩く。
その姿を、若者カップルや女子高生達がチラ見してささやき合っている。
思わず舌打ちする。
――どうせ、また悪口だ。
――いい加減、私の事なんて忘れろ。
元アイドルの宿命とはいえ、テンションが下がった。
音楽を止める。
ヘッドホンを耳から外して、首に掛ける。
目の前を巨大な赤いリモアのスーツケースが横切る。転びそうになる。
「危ないじゃない」
声を荒げて、スーツケースを引っ張る女を怒鳴りつける。
女は立ち止まってアリスを振り返る。
「飛鳥部アリス……さん?」
その女は、いや、少女は驚いた顔でアリスを見つめる。
その少女を見て、アリスも驚いていた。
スラリと伸びた脚に長身でスレンダーな体つき。でも、胸も腰もしっかり出てる。顔も小さくて清楚な雰囲気。綺麗に手入れされた黒髪が、肩のあたりで揺れている。
目元のホクロがチャーミングだ。
つい見惚れてしまう。
――この子、アイドルかモデルだわ。
――16歳位かしら。でも今の子は若く見えるから、もっと上かも。
――マネージャーが付いてないからオーディション中かしら。
――スーツケースの大きさから考えると、大量の衣装。コスプレ系?
――まさか地下アイドルってことはないわよね。
アリスの推理は止まらない。
――あるいは、ケースの中身が配信機材だとすると、大手事務所のYouTuberの可能性もあるかも。
――でも、このビジュアルとスタイルだと、うちのようなVTuberって事はないわね。
「あの……」
アリスが黙ったまま頭を巡らせていると、その美少女が心配そうに声を出した。
「私のママが……」
少女は口ごもって言い直す。
「母が……昔からファンでした」
そして、深々と頭を下げた。
髪の毛がサラサラと下に揺れた。
「ケース、ぶつかりそうだったんですよね。急いでいたもので、ごめんなさい」
アリスは慌てて顔の前で右手を振る。
「いえいえ、大丈夫よ。ぶつからなかったから」
そして、心の中で呟く。
――声も可愛いわ。こんな子がうちの事務所にいたら。
そして首を振る。
――うちはVTuber事務所。ビジュアルは必要ない。
携帯が鳴る。
秘書兼タレントマネージャーの青木くんだった。
「ごめんね、足止めしちゃって。もう行っていいから」
まだ話したそうな美少女に謝って、電話に出る。
「社長、どこに居るんすか。こっちは大変っすよ」
「何よ、もうアキバに着いたわよ」
アリスは遠ざかって行く少女と赤い高級スーツケースを見送りながら答える。
「今日来る予定の新人が、まだ来てないっす」
「え?連絡はないの?電話してみた?」
青木くんのイラつきが伝わって来る。
「俺、連絡先聞いてないっすよ。採用決めたの社長っすよね」
――そういえば、そうだ。
――メールで届いた履歴書と自己PR動画を見て、惚れ込んで即決したんだった。そのまま合格を返信した後、青木くんに共有するのを忘れてた。
「お願いしますよ」
ぶつぶつと文句を言われながら、青木くんとの会話を終える。
ため息をつく。
――逃げられたか……
これで何人目だ。
募集の広告費も馬鹿にならない。
早速、青木くんと次のプランを考えねば。
事務所への足取りを早める。
事務所までは、駅から歩いて15分かかる。
スタバに寄って買った飲み物を片手に、オフィスに到着した時には汗だくになっていた。
古くてパッとしないビル。
その6階が弱小VTuber事務所「せいんと」のオフィスだった。
ガタガタと音を立てる旧式のエレベーターを降りて、事務所のドアを開ける。
「青木くん、やっぱり逃げられたんじゃない?」
オフィスを見渡すと、見覚えのある赤いスーツケースが目に入った。
その奥の応接セットに、青木くんとあの美少女が座っていた。




