第17話 渋谷ぱる子 - すれ違い
宮下公園のスケート場は今日も混雑していた。
渋谷ぱる子は金網のフェンスの外から、スケボーでボウルに滑り込む子供たちを眺めていた。
板は家に置いてきた。
しばらくスケボーはお預けだ。
滑走中に小さな女の子が倒れそうになった。
「あっ」
思わず手に力が入る。
「痛っ」
ぱる子は自分の右手に目をやる。
人差し指と中指は白い包帯が巻かれていた。
そして、先日の大会での失敗を思い出す。
アマチュアスケボー大会の会場。
いよいよ、ぱる子の準備がまわってきた。
合図と共に滑走を始める。
ぱる子は、キッカーで空中に飛び出しデッキをつかんでグラブをキメた。スライド系のトリックも順調。スピードも出ている。
「凄い!」
「かっこいい!」
声援を受けて笑顔を見せる。
その時、ちらっと見覚えのある顔が見えた、気がした。
「青木くん?」
胸が鳴った。
一瞬だけ時間が止まった。
それと同時にバランスが崩れて転倒。
体を支えようとして、右手が地面に着いた。
指に激痛が走った。
「やっちゃったよ」
心配そうに走り寄るスタッフに、苦笑いを返す。
地面に座り込んで、さっきの顔を探す。
「違う人だ」
そこにいたのは、別れた元恋人の青木くんとは別人だった。
「青木くん、ぱる子から何か連絡来た?」
飛鳥部アリスが配信スケジュールを見ながら、青木くんに確認する。
「特に何も来てないっす」
「そう。次回の恋愛相談コーナーも無理かしらね」
そして、アリスはスケジュール調整を続けた。
「十月はもう引き受けてくれなさそうね」
――もう、ぱる子から俺には連絡来ないっすよ。
青木くんは心の中でつぶやく。
そして、あの日の事を思い出す。
それは些細な会話から始まった。
「青木くんさー、アパートまだ借りっぱなしでしょ」
ぱる子は、ランチの準備をしながら、青木くんに話しかける。
「そうっすけど……」
青木くんは少し警戒して答える。
ぱる子と青木くんは同棲を始めて半年になる。青木くんがぱる子のアパートに押し掛けてきた形だ。
「この部屋二人だと狭いから、もっと広い部屋に移りたいなと思ってさ」
ぱる子は続ける。
「だから、青木くんのアパートも解約して、二人で引っ越そうよ。家賃は折半にすればいいしさ」
そして、パタパタと部屋を横切り、バックの中から間取り図の束を取り出した。
それを青木くんに手渡して、料理に戻る。
「ちょっと、それ見て待ってて」
青木くんは、パラパラと間取り図をめくって眺めていた。
そして、おもむろに口を開いた。
「俺、無理っす」
「え?なんで?」
驚いてぱる子が振り返る。
気まずい沈黙が走った。
しばらくして、青木くんは頭をかきながら口を開いた。
「俺、引っ越しは無理っす」
ぱる子は、たたみ掛けるように言う。
「だって、部屋も広くなるし、経済的にも無駄がなくなるし……」
そこで一旦声を止める。
しかし、別の感情が抑えられなくなった。
「もしかして、浮気してる?時々、自分のアパートに戻ってるのは、そのため?」
意識せずに、ぱる子の口調がきつくなって行く。
「ち、違うっすよ」
青木くんは慌てて否定する。
「物がいっぱいあるんす。フィギュアとかプラモとか、あと、本とかゲームとか……」
そして、間取り図をチラ見する。
「この広さだと入りきれないっす」
「捨てればいいじゃない」
怒りにまかせてぱる子が言う。
「捨てる?何をっすか?」
青木くんの困惑の声。
「その、おもちゃ!」
ぱる子は言ってからしまったと思った。でも、遅かった。
「ぱる子さん、酷いっす。俺の大事な物をおもちゃ扱いするんすね」
青木くんの声には怒気が混じっていた。
「やっぱりぱる子さんは、俺の事なんか分かって無いっす」
「どうせ、オタクの俺を見下してたんす」
青木くんは心から悲しみを覚えた。
今まで自分が舞い上がっていたことを思い知った。こんなオタクの自分は可愛いぱる子に相応しくないんだ。ずっと、そう思っていた。
「ち、ちが……」
ぱる子は慌てて謝ろうとしたが、声が出なかった。
こんな青木くんは初めて見た。別人のようだと思った。そして、怖かった。
「俺、もう出て行くっす。さよならっす」
そして、荷物を持って青木くんは出て行った。
それが三ヶ月前の出来事だった。




