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第12話 中目黒桜子 - 狂犬

青木くんがランチを終えて事務所に戻ると、社長席に飛鳥部アリスの姿があった。

右手にハンバーガーを握ってパソコンの画面を見ている。

「ただいまーっす」

「おかえりー、ホットパイ食べる?」

「ほしいっす」

青木くんが社長席の側に近づいて、ホットパイをうけとる。画面を横から覗き込む。

「社長、何見てるんすか?」

「中目黒桜子の相談コーナー。面白いわよ」

アリスは青木くんにも聞こえるように、パソコンのボリュームを上げた。


金髪で上品な顔立ちのアバターが、ひらひらのワンピースを着込んでいる。


「皆様ごきげんよう。中目黒桜子の虜になっているようね」

「わたくしの可憐な姿を目に焼き付けて帰るがよいわ」

鼻にかかった甘い声。

中目黒桜子は、腕を組んで顎を上げ、人を見下すようなポージングで決めた。


中目黒桜子は事務所「せいんと」に所属しているお嬢様系VTuberだ。

永遠の18歳を自称しているが、実年齢は不詳となっている。


「さて、次は桜子の相談コーナーですわ」

桜子があざとく上目遣いで視聴者を見つめる。


「桜子、ディフューザーの購入を検討しておりますの。けれど、アロマオイルの種類が多すぎて、正直申し上げると途方に暮れてしまっているのよ」


チャット欄に男性陣の文字が走る。

〈桜子様、俺が選ぶ。ラベンダーがイチ押しです〉

〈ペパーミント贈らせて下さい、桜子様〉

〈ローズマリーだろ!桜子様、僕はディフューザごと贈ります!〉


青木くんが首を傾げる。

「これ、どこが相談コーナーすか?」

「桜子の相談にファンが応えるコーナーなのよ」

「なんすか、それ」


桜子の相談コーナーは続いていく。

「困ったわね。そんなに沢山贈られたら、桜子の部屋がアロマオイルだらけになってしまうわ」

そして、人差し指を立てる。

「それでは、クイズで勝った方に、桜子への贈り物の権利を差し上げるのはどうかしら」

画面はクイズを待ち受けるファンのメッセージで埋め尽くされる。

「では、桜子の特技はなんでしょう?」


〈クラシックバレエ、オペラ、バイオリン〉

〈クラシックバレエ、オペラ、バイオリン〉

〈クラシックバレエ、オペラ、バイオリン〉

〈クラシックバレエ、オペラ、バイオリン、キレ芸〉

一斉に同じ答えが揃う。


「皆さんよくご存知ですね……キレ芸?」

桜子が険しい表情になる。

「これは何ですの?キレ芸?」

1拍

「キレ芸って何ですか?!!」

声が大きくなる。

「てめーら、ファンだからって舐めた口きいてんじゃねーぞ!」

「キレ芸じゃねーんだよ。お前らがキレさせてんだよ」

「分かってんだろーな!!」


〈来たー!〉

〈キレ芸、まってました!〉


桜子は、おもむろにバイオリンを肩に乗せる。

物凄い勢いで演奏が始まった。


曲はパガニーニ カプリース第24番だ。

艶やかで透明感のある音が響いた。


上手い。

弓が弦の上を高速で踊る。


「やってらんないわー!」

キュッキュッ

「ふざけないでー!」

キュッキュ

「お前らを教育だわー!」


演奏の合間に、桜子のオペラのような声で合いの手が入る。


「これ、隣近所への騒音は大丈夫っすか?クレームになっちゃいませんかね」

青木くんが心配になる。

「大丈夫よ。あの子の家はお屋敷だから。そういえば、防音ルームも作ったって言ってたわ」

「羨ましいっす」


コメントも続く。


〈桜子様、バイオリン素晴らしいです〉

〈狂気……〉

〈さすが、狂犬桜子様!〉

弓の動きが止まった。


「狂犬じゃねーよ!」

「ワンワンって鳴けば満足か!」

ギギギー

バイオリンの音。

「噛みついてやろーか?」

「ガルルルッ」

桜子はバイオリン片手に歯をむき出した。


アリスが大爆笑している。

「あっはは、きょ、きょうけん桜子、迫力が違うわ!」

「つ、つぼだわー。あっははは」

青木くんがため息を付く。

「うちには、まともなタレントいないっすね」


その後、クイズの結果で、狂犬とコメントしたファンが、ディフューザとアロマオイルを桜子に贈ることに決まった。


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