青の髪飾り
「あ、セツ!今日は寄ってってくれないのかい?」
明るい声に引き上げられ、思考の渦からやっと浮上することになった。
考え事をしているうちに、いつのまにか目的の市場に到着していたようだ。
「あ、イリアさん。ううん、寄らせてもらう!」
長い髪を一つに纏めた長身の女性が、笑顔でセツに語りかけていた。
彼女は定期的に市場で店を広げる商人だ。
もう、10年ほどの付き合いになるだろうか。
商売で得た珍しい商品やお話を、セツに見聞きさせてくれる。
セツの方からイリアに話をせがむこともあった。
その度に、ニコニコと今回の旅のあらすじを聞かせて、セツの目を輝かせていた。
イリアにとって、セツは歳の離れた妹のような存在だろうか。
セツにとっても同様で、姉のように慕っている人物だ。
「今日はどんなのが入ってる?オススメは?」
「そうだねぇ。この髪飾りなんてどうだい?この複雑な刺繍技術が美しいだろう?
それに、綺麗に染まった青は、セツの髪によく似合う」
話題の髪飾りを、そっとセツに握らせる。
「ええええ。
装飾品なんか要らないよ。もっと面白いものないの??」
「ちょいとお待ち。この私が単なる髪飾りを見せると思うのかい?」
イリアがニヤリと笑ったその瞬間、セツの手元で光を発し始めた。
「え、なにこれ!?すごい!!どうなってるの!?」
繕われた刺繍模様から、眩い光が飛んでいる。
その光も、白、青、紺、水色などと、数種類の色を発していた。
真っ暗な夜中にこの髪飾りを光らせれば、それはそれは幻想的だろう。
「いやぁ、それが全く分からないらしいんだ。研究者たちもお手上げ状態。
光れと念じれば何故か光る。不思議なもんだよ。
ああ、噂の魔法だよ魔法。古代の遺物さ。
お代についても格安にしとくよ?私とセツの仲だ。
そもそも、理屈が分かんないってだけで、それなりに出土数の多い遺物らしいしねぇ。
そこまで高価なもんじゃないのさ。
………どうだ?気に入ったかい?」
「うん。すごく気に入った!
どんな法則で動いているのか気になる。とりあえず分解したくなるよね」
「アッハッハッハ!さすがセツだね。
まあ私としては、本来の髪飾りとしての使い方をして欲しいけどねぇ。誰かイイ男捕まえてくるんだよ?」
豪快な笑い声を響かせるイリアに、セツも苦笑を浮かべる。
「うーん。そうだね。
確かにこれを壊してしまうのは勿体無いかも。
一度試してみて、無理だと思ったら髪飾りとして重宝するようにするよ。」
「ああ、そうしな。
そうだ、いま着けていくか?
年頃の街娘らしく、髪飾り付けて買い物を楽しんできな」
言うが早いか、肩を持たれてセツの身体はクルリと回転させられる。
そして、あっという間に髪を結い上げられてしまった。
「ありがとう、イリアさん!
じゃ、これお代ね。行ってくる!!」
「はいよ。毎度あり!」
さて、本題の食材の買い出しである。
セツはどこの店主店員に対しても、愛想良く接するという信条がある。どんなに無愛想でも、どんなに嫌なヤツだと感じても。
大抵の人は、それでおまけを付けてくれるからだ。
笑顔ひとつで貰えるものが増えるとは、安いもんだと口元を緩める。
あくまで自主的に差し出される対価だしね?とニヤニヤが止まらないらしい。
「にしても今回はどうしたの?
いつもと買うものが少し違うんじゃないかしら」
今しがた、もう1セットおまけね。と、セツの買い物かごに卵1パックを放り込んだ女が疑問を口にした。
「明日と明後日も臨時休業にするつもりなんです。
ここ何年も定休日以外に休んでいなかったので、少しだけ。
その間に商品開発でもしようかなーと。」
セツがニコリと笑いながら返すと、
「そっかそっか、それは良いわね。
うん?でも商品開発って結局仕事なんじゃないの?
それ休日なのかしら」
「はい、とても楽しい休日ですよ」
納得できないという顔の女に別れを告げる。
返ってきたなんとも歯切れの悪い返事に、笑顔を返して立ち去った。
ああ、そういえば以前、
「休日があれば絶対に遊びに行く!!
え、まずさ、休日=遊びに行く日だよね?」って真顔で言ってたな。
私そんなにフットワーク軽くないわ……
あと何が欲しかったんだっけ?と思案する。
あ、ジャム用のフルーツだ。
じゃあダグさんの所にしようかな。形の悪いものを安めに売ってくれるし。
加工するなら見た目は悪くても問題ない。
とまあ行き先を定めて、どれくらい、何を購入しようか、ああ、持って帰れるかな?などと考えていた時。
「よう。久しぶり」
聞き覚えのある声が聞こえた。
「あ、テオ!ほんと、確かに久しぶり!
………ん、あれ、リアは?」
テオは赤毛の髪に茶色の瞳をもつ青年だ。
彼の持つ色彩はここらではよく見る色彩なので、テオ本人は自身を「地味だ」と言う。
しかし、身長にまず驚くので目立たない訳ではない。
190cm後半はあるのではないか?
女性としては高い部類に入るセツが、かなり見上げなくてはならないほど高い。
首が痛いし屈んでよ。もしくは縮んで。とセツは会うたびに言っている。
リアは薄い翠の髪を持ち、瞳も髪色と似た薄い翠色をしている。
色素薄めの儚げ美少女に見えるが、さっぱりばっさり何事もぶった斬るし、なかなか大雑把だ。
人形のような無感情そうな見た目に反し、愛嬌もあるしよく笑う。はしたないほど大口を開けて、大きな欠伸だってしてしまう。
だけど可愛いんだよなぁ。
セツが2人に会う時は大体一緒にいるので、セットだと考えている。
「あそこで肉、ガン見してる」
テオに指を差された先を見ると、確かに肉屋の前で仁王立ちする美少女が見えた。
「ねぇ。ぶら下がってる鶏とか豚とか牛の、頭やら足やらを見て美味しそうだなって立ち止まる美少女のこと、どう思う?」
「ま、あいつには上手い飯にしか見えてねぇんだろ」
「無駄に容姿が整っている分、なんてシュールな絵面なんだろう……」
呆れと諦めを含んだ声での会話は通常運転である。
2人にようやく気づいた残念美少女は、足取り軽やかにこちらへ近づいてきた。