魔道師リリカvs魔法戦士ティルキル
「…………お前が彼方に召喚された?」
ティルキルは掠れた声でリリカに質問した。
「そうじゃ。それに気づかぬとはお前も甘いのぉ」
リリカは呼吸を整えながら、言葉を続ける。
「わらわは彼方に召喚された最強の魔道師で、最愛の愛妾でもある」
「…………そうか。氷室彼方は特別だったってことか」
ティルキルは歪めた唇を動かした。
「まさか、三体も召喚できるとはな。人型の種族の限界ではないか」
「ほう。この世界の召喚師のレベルは、その程度か」
リリカは目を細めて微笑する。
「それなら、たしかに彼方は特別じゃな。なんせ、彼方は百…………」
「ひゃく? 百がどうした?」
「…………いや、これは話すべきことではない。とにかく、彼方はお前の想像を超えた存在ってことじゃ」
「言ってくれるな」
ティルキルは青紫色の眉を僅かに吊り上げる。
「氷室彼方が特別でも、奴が死ぬ運命は変わらない。何故なら…………俺も特別だからな」
突然、リリカの周囲に数百本の黒い針が現れた。針は磁石に吸いつけられるかのようにリリカに迫る。
「くっ、何じゃ!」
リリカは左右の手を動かして半透明の壁を作るが、その前に十数本の針がリリカの体に突き刺さった。
「かあぁ…………」
リリカは苦悶の表情を浮かべて、ティルキルを睨みつける。
「いつの間に…………呪文を使った?」
「十分以上前さ」
ティルキルはロングソードを構えて、リリカに近づく。
「そのでかい木の前にお前を誘導して、設置してた時限呪文を起動させたんだ。さすがのお前も、この攻撃は読めなかったようだな」
「…………見事じゃ」
青ざめた顔をして、リリカが笑った。
「しかも、この針は毒つきか」
「ああ。それだけ刺されば、お前の命は残り数分ってところだろう」
「ならば…………急がねばのぉ」
リリカは小刻みに震える両足を開く。
「わらわが死ぬ前に、お前は殺しておかねば…………ならぬ」
リリカは素早く呪文を唱えながら、両手を左右に広げる。右手が金色に輝き、左手が銀色に輝く。
「高位呪文かっ!」
ティルキルはロングソードをリリカに投げつけた。リリカは銀色に輝く左手で、それを叩き落とす。
「もう遅いわっ!」
リリカは両手の指を胸元で組み合わせ、真っ直ぐに腕を伸ばす。
「Sランクの魔法戦士を舐めるなっ!」
ティルキルの目の前に半透明の壁が出現する。その壁に両手を添えて、ティルキルは素早く唇を動かす。
半透明の壁が白く輝いた。
その壁を見て、リリカは上半身を捻った。伸ばした指の先を左に向ける。そこにはギジェル千人長がいた。
金色と銀色の光線が螺旋のように絡み合い、ギジェル千人長の体を鎧ごと貫いた。
「がっ…………」
ギジェル千人長は呆然とした顔のまま、ぐらりと仰向けに倒れた。
「せめて、隊長の命はもらっていく…………ぞ」
リリカの小さな体が傾き、横倒しになる。
数秒後、リリカの体がカードに変化して消えた。
ティルキルは眉間にしわを寄せて、リリカが倒れた場所に歩み寄る。
「…………本当に召喚されてたんだな」
ぼそりとつぶやきながら、視線を絶命したギジェル千人長に向ける。
――防御呪文を避けて、確実に殺せるほうを選んだか。悪くない選択だ。
「ティルキル様」
イリナ百人長が右足を引きずりながら、ティルキルに近づく。
「お前は生きてたか」
「は…………はい」
「ならば、さっさと回復薬を使って傷を治せ。全員で西に向かうぞ」
「そこに氷室彼方がいるのですか?」
「多分な。氷室彼方は飛行船で逃げることを考えてるはずだ。当分は召喚呪文が使えないからな」
「そうですね。四体目と契約できるはずがないし」
「それは人型の種族には不可能…………いや…………」
ティルキルの言葉が途切れた。
「どうしたのですか?」
「…………可能性はあるのか」
「えっ? まさか、氷室彼方が四体目を召喚できると?」
ぱちぱちとイリナ百人長がまぶたを動かす。
「そんなことありえません。伝説のSランク召喚師テトラ様でも三体なんですよ」
「ああ、知ってるさ。だが、もともと、氷室彼方が三体も召喚できることが異常なんだ。奴の魔力はゼロなんだからな」
「魔力ゼロなのに召喚呪文を?」
「そうだ。俺たちとは違う異界の魔法体系があるんだろう。と考えると、四体目を召喚してくる可能性はある」
ティルキルの額に冷たい汗が滲む。
「待ってください!」
イリナ百人長の声が大きくなった。
「もし、氷室彼方が四体も召喚できるのなら、キルハ城での戦い方が変です。あの時、氷室彼方は二体しか召喚しなかったじゃないですか」
「…………なんらかの制限があるのかもしれない」
「制限ですか?」
「あの時、氷室彼方はゴーレムが倒された後にドラゴンを召喚した。つまり…………」
ティルキルは口元にこぶしを寄せて、青紫色の眉を中央に寄せる。
「…………そうか。奴は一体ずつしか召喚ができないんだな」
「一体ずつ…………ですか?」
「ああ。それなら、奴の戦い方にも納得がいく。奴の能力には制限が多いぞ」
「ならば、私たちは勝てるのですね?」
「当然だ。氷室彼方は俺たちの常識を越えた能力を持ってるが、全能ってわけでもない。俺とお前たちが協力すれば確実に殺せる。いや、もう殺されてるかもしれんな。本気を出したイゴールに」
化け物じみたパワーを持つ仲間の顔を思い浮かべて、ティルキルはにやりと笑った。




