魔道師リリカの戦い
爆発音が森の中に響き、数人の兵士が吹き飛ばされた。
「ぐっ…………化け物め」
ギジェル千人長は六属性の呪文で攻撃してくるリリカを見て、両手のこぶしをきつく握り締めた。
「たったひとりの魔道師に七十人以上の兵士がやられるのか…………」
「ギジェル千人長!」
茶髪の女兵士――イリナ百人長がギジェル千人長に駆け寄った。
「ポルタ十人長が戦死しました」
「ポルタもやられたのか…………」
「あの幼女は異常です。あれだけ連続で攻撃呪文を使えるなんて」
イリナ百人長の瞳に恐怖の色が浮かぶ。
「とにかく、奴を囲んで攻撃を続けるんだ。魔力切れにさえすれば、呪文は使えなくなる」
「それは、難しそうだな…………」
突然、木の陰からティルキルが現れた。
「ティルキル様っ!」
ギジェル千人長の表情が明るくなった。
「あの幼女が彼方の愛妾です」
「ああ。危険な相手のようだ」
ティルキルは鋭い視線を八十メートル先にいるリリカに向ける。
「…………外見に惑わされるな。奴の魔力の量は俺以上だぞ」
「ティルキル様以上っ!?」
「あくまでも予想だがな」
「そんな…………」
ギジェル千人長の顔が青ざめる。
「安心しろ。魔力は奴のほうが上だが、強いのは俺だ」
ティルキルは腰に提げたロングソードの鞘を軽く叩く。
「俺は魔道師ではなく、魔法戦士だからな。呪文だけじゃなく、幅広い戦い方ができる。それにお前たちもいるからな」
「私たち…………ですか?」
「ああ。俺の指示通りに兵士を動かせ。そうすれば、俺があの幼女を殺してやる!」
ティルキルはにやりと笑いながら、ギジェル千人長の耳に口を寄せた。
◇
「ほれほれ、頭が見えておるぞ」
リリカは茂みに身を隠した兵士たちに向かって、火球を放った。
一瞬で数人の兵士たちが燃え上がる。
悲鳴をあげて逃げ惑う兵士たちを無視して、リリカは落ち葉の積もった斜面を駆け上がった。大きな盾を構えてずらりと横に並ぶ七人の兵士が見えた。
「ほう。魔法防御の盾を持つ兵士を集めたか。そして…………」
並んだ兵士たちの背後にいるギジェル千人長を見て、リリカは上唇を舐めた。
「奴が部隊の隊長のようじゃな」
「弓兵っ! 奴を狙え!」
ギジェル千人長が叫ぶと、周囲から無数の矢がリリカに降り注ぐ。
「ぬるい攻撃じゃ」
リリカはいびつな形をした杖を真横に振る。リリカの周囲に半透明の壁が現れ、矢の攻撃を受け止める。
「今度はこっちの番じゃな」
杖の先端を盾を持つ兵士たちに向けて、薄く紅を塗った唇を動かす。
地面から草のつるのようなものが飛び出し、兵士たちの足に絡みつく。
「おぬしらは後じゃ。まずは隊長に死んでもらう」
リリカは混乱した兵士たちの間をすり抜け、ギジェル千人長に走り寄った。
その時、木の陰に隠れていたイリナ百人長が側面からリリカに襲い掛かった。
「おっと、最初から隠れておったか」
リリカは左手を軽く振る。黒い炎がイリナ百人長の体を覆った。
「ぐあっ…………」
地面に転がるイリナ百人長に向かって、リリカは杖の先端を向けた。
「終わりじゃ」
「お前がなっ!」
逆方向の茂みからティルキルが現れた。
ティルキルの左手の指が鍵盤楽器を弾くように動く。紫色の霧がリリカの体を覆った。
「ぬっ…………」
自身の体が重く感じて、リリカの表情が曇る。
ティルキルは一気にリリカに近づき、青白く輝くロングソードを振り下ろす。
「魔法戦士かっ!」
リリカは杖でロングソードの刃を受ける。杖が真っ二つに斬れ、リリカの黒いローブが裂けた。
「ちっ…………やるのぉ」
リリカは杖を捨てて、素早く呪文を唱える。リリカの体を覆っていた霧がすっと消えた。
「名前を聞いておこうか。若造」
「Sランクの魔法戦士ティルキルだよ」
ティルキルは距離を取ろうとするリリカに駆け寄り、ロングソードを真横に振る。
リリカは斜め後ろに飛びながら、左右の手を交差させた。
尖った氷柱が出現し、ティルキルの左胸を狙う。
「杖なしでも速いなっ!」
ティルキルは上半身を捻りながら氷柱をかわして、ロングソードを突いた。
リリカの左肩に刃の先端が刺さる。
「ぐうっ…………」
リリカは半透明の壁を呪文で作り、ティルキルの追撃をかわした。
「…………見事じゃ。褒めてやるわ」
光属性の呪文で肩の傷を回復しながら、リリカは不敵に笑った。
「ここまで強いとは予想外じゃった」
「お前もたいしたもんだ。魔道師のくせに俺の剣をかわすとはな」
ティルキルは、ゆっくりと左に移動しながら、ロングソードを上段に構える。
「まだ、魔力に余裕もあるか」
「当然じゃ。わらわの魔力は八千じゃからな。と言っても、お前にはわからぬか」
リリカはティルキルの動きに合わせて左に動き、巨大な木の幹に背を寄せた。
その動きを見て、ティルキルの口角が吊り上がる。
「だが、やはり、俺のほうがお前より強いようだ」
「…………それはどうかの。わらわは切り札の呪文をまだ使っておらぬぞ」
「それ以前の問題なのさ」
「それ以前じゃと?」
「ああ。お前はひとりで俺たちは複数ってことだ。この状況になった時点でお前は負けてるんだ」
リリカの左右から、魔法防御の盾を持つ兵士たちが現れた。
兵士たちは大きな盾で体を隠しながら、じわじわとリリカに近づく。
「お前…………お前たちは間違った戦い方をしてるんだよ」
ティルキルはロングソードの刃をリリカの顔に向けた。
「お前は氷室彼方といっしょに行動するべきだった。そうすれば、死ぬことはなかったろうに」
「死ぬことは…………か」
「そうだ。お前は多くの兵士を殺し、俺たちの戦力を減らした。だが、お前が死ねば、俺たちの優位は維持できる。残りの強者は氷室彼方だけだろうしな」
「…………そう考えておるのか」
「それに氷室彼方の魔力は回復してないはずだ。召喚呪文を使ってないようだしな」
「…………ふっ、ふふっ」
リリカは口元に手を寄せ、笑い声を漏らした。
「お前の目は節穴か」
「節穴? どういう意味だ?」
「彼方は今も召喚呪文を使っておる」
「使ってる?」
「そうじゃ。わらわ自身が彼方に召喚されてるのじゃからな」
その言葉に、ティルキルは驚愕の表情を浮かべた。




