ドクロ
彼方は腰に提げていた短剣を引き抜き、ドクロから距離を取る。
「…………警戒しなくてよいぞ」
ドクロの口から年老いた男の声が聞こえてきた。
「わしはこれでも冒険者だからな」
「冒険者?」
「ああ。Sランクのな」
ドクロはカチカチと白い歯を鳴らす。
「わしの名前は、如月竜太郎。もちろん、日本人じゃ。お前もそうなんじゃろ?」
「…………ええ」
彼方はドクロから視線を外すことなく、首を縦に動かす。
「僕の名前は氷室彼方、半年ぐらい前に、この世界に転移してきた日本人です」
「おぉ、やっぱりそうか。扉のロックを外せるのは日本人だけだからの。と、他にも仲間がいるのか?」
「あ…………みんなも入ってきていいよ」
ドクロ――竜太郎に敵意がないと判断して、彼方は仲間たちを呼んだ。
「えーと、右から、ミケ、七原さん、エルメア、ニーア、ミュリックです」
「…………ほぉ。なかなか変わったパーティじゃの。しかも、女ばかりか。お主もやるのぉ。フフフ」
「そんなことより、あなたは生きてるんですか?」
「いや、わしは死んでおる。お前と話しておるのは、わしの残留思念じゃ」
「残留思念…………」
彼方は喋るドクロに顔を近づける。
――この世界じゃ、ドクロに思念が残るなんてことも、よくあるのかな。それとも、魔法か何かの効果とか…………。
「で、お主等は、何故、この浮遊島にやってきたんじゃ? 宝探しか?」
「いえ。サダル国の軍隊から逃げてきたんです」
彼方は簡単に事情を説明した。
「…………なるほどのぉ。ヨム国とサダル国が戦争になるか」
竜太郎の声が沈んだ。
「人の業は深いのぉ。国民の命よりも領土を求めるか。まぁ、死んでしまったわしには、どうでもいいことか」
「竜太郎さんは、何故死んだんですか?」
「あぁ。わしは老衰じゃ。死んだ時の年齢は百二十歳じゃったからの」
「百二十…………」
「こっちの世界には、寿命を延ばす薬もあってな。それを運よく手に入れてたんじゃよ…………と、そうじゃ」
ドクロがぱかりと口を開けた。
「氷室彼方、わしと取引せぬか?」
「…………取引って、何をですか?」
「わしの冒険仲間だったリーフィルに渡してもらいたい物があってな」
「冒険仲間って…………」
彼方は首をかしげる。
「リーフィルはエルフじゃ。だから、まだ、生きておるじゃろ。三百年以上生きるエルフもざらにおるし」
「何を渡すんですか?」
「左の棚の一番上にある小さな木箱じゃ。それを渡してくれるだけでいい」
「…………その代わりに何をしてもらえるんです?」
「この部屋の中にあるマジックアイテムを全て渡そう。冒険や戦闘に役立つ物が多いぞ」
「僕にとっては有り難い取引ですが、いいんですか?」
「死人には必要ないものじゃからな。それに、もともと転移者の日本人に渡そうと思っていたんじゃ。同じ国に生まれた仲間じゃからな」
カカカとドクロが笑い出す。
「マジックアイテムの効果は右の棚のノートに日本語で書いてある。お前なら問題なく読めるじゃろ」
「…………ありがとうございます」
「さて、これで、わしも思い残すことはない」
ドクロの声が小さくなった。
「最期に日本人のお前と話せてよかった」
「最後って、どういうことですか?」
「もう、消えるってことじゃ。と、妙な顔をするでない。わしは満足してるんじゃからな」
「満足…………ですか?」
「あぁ。この世界に転移して、最初は絶望した。だが、信頼おける仲間ができて、吟遊詩人に歌われる程の名声も手に入れた。悪くない人生じゃったよ」
数秒間、ドクロは沈黙した。
「では、お前が死んだ後に、また会おう。さらば…………じゃ」
「竜太郎さんっ!」
「…………」
彼方の問いかけにドクロが反応することは、もうなかった。
◇
「二刀流の剣士、竜太郎だったんだね」
ぼそりと香鈴がつぶやいた。
「知ってるの?」
「前に吟遊詩人が歌ってたの。日本刀で戦うこの人の歌を…………」
「七原さんが知ってるぐらい有名人だったんだね」
彼方は、そっとドクロに触れる。
「竜太郎さん…………木箱はリーフィルさんに渡しますから、安心して眠ってください」
まぶたを閉じて、彼方は深く頭を下げた。
◇
彼方はノートを見ながら、棚に並んでいるマジックアイテムをチェックした。日本語で書かれた文字を視線でたどる。
――戦闘に役立つマジックアイテムが多いな。竜太郎さんとパーティの仲間が使ってた物か。
【守護精霊の首輪】
【透明の薄い銀魔水の膜が全身を包み、防御力を上げる】
【闇月の腕輪】
【装備した者の意思により、姿を隠すことができる。制限時間あり】
【魔風の弓】
【装備した者の魔力を矢に変えて放つことができる】
【ウルツ魔石の短剣】
【硬い防具を斬ることができる短剣】
【水神の指輪】
【水の盾を生成する呪文が使えるようになる】
――このへんは、みんなに使えそうだな。竜太郎さんの説明を読むと、レア度の高いアイテムカード程の効果はなさそうだ。ただ、具現化時間を気にしなくていいのは有り難い。
彼方はミケに守護精霊の首輪、ニーアに闇月の腕輪、エルメアに魔風の弓、ミュリックにウルツ魔石の短剣、香鈴に水神の指輪を渡した。
「にゃっ! ミケがもらっていいのかにゃ?」
ミケは紫色の目を丸くした。
「これは、すごくいいマジックアイテムにゃ。魔法の文字が刻まれてるのにゃ」
「ミケにはこのアイテムが合うと思ってさ。これを装備してたら、攻撃を避け損なっても、ケガしにくいみたいだから」
「…………うぅ。やっぱり、彼方はいい人なのにゃ。ミケのしっぽ触っていいにゃあ」
ミケのしっぽが子犬のようにぱたぱたと揺れる。
「あ、あのっ…………」
香鈴が顔を赤くして、彼方の袖を掴んだ。
「指輪を…………私に?」
「うん。その指輪は水属性の魔法が使える人でないと、効果が弱いみたいだから。七原さんは水属性の回復呪文が使えるし」
「そっ…………そうだね」
「竜太郎さんのノートによると、空気中の水分を利用して、周囲にいくつもの盾を作ることができるんだって」
彼方はノートを見ながら、言葉を続ける。
「これは上手く使えば、戦闘に役立てると思うよ」
「う、うん。戦闘かぁ」
「僕たちはカードのクリーチャーと違って、死んだら終わりだからね。守りが大事だよ」
「…………ありがとう、彼方くん。でも…………」
「でも、何?」
「ううん。何でもないの。指輪だったから…………」
『指輪だったから…………』の言葉は小さくて、彼方の耳には届いていなかった。
「わっ、私、頑張って、水の盾の呪文、練習するから」
香鈴は笑顔でそう言うと、さりげなく水神の指輪を左手の薬指にはめた。




