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脂肪遊戯

食わない、食います、食う、食う時、食えば、食え! 迷わず食え!

 はよダイエットせんとダイエットせんとって垂れ流し続けるキヨちゃんに「そげんこつせんでもビューティホーばい美しか」ってルーチンワークと化したやりとりを言ってやったりしとったんよ。

 やけどあん娘いっちょん聞かん。聞きんしゃらん。しゃりんしゃらん。もう痩せたくて痩せたくて仕方ないとか言うばってんえらい食欲で食べよるとー。

 そんな感じなんに、ウチが太るんをいっちょん気にせんで食べようの見たら「フクちん、もうちょい痩せたら可愛いのになー」とか言う。

 ウチはキヨちゃんの頬をむにぃって引っ張る。

 グランデなお世話すぎやろ。この豊満で母性溢れる肉体美が甘えん坊男子に好かれるったい。

 ですがキヨちゃんは痩せました。きちんと鎖骨が出てきたし丸みを帯びとった肉は姿を変えどんどん凹凸を増しました。

「別に何もやってないけど?」

 バカな、何もせず痩せるだと。ああ肉い。肉たらしい。いちいち視界に入る痩せた肉が。

 昼休み、そんなキヨちゃんは弁当をモリモリ食べる。その後ろに見えるポスターは、真っ赤な背景に倒れた牛を置いて「老いた国の堅い頭と重い腰はいくら死ねば動く?」と、この前の牛伝染病問題での国の対応を批判しとる。そんなのが教室の後ろに何十枚も貼られとって真っ赤に侵略されとる。

 ばってん目の前ん弁当には輸入モンか知らんけど一応アスパラの牛肉巻きがあるしキヨちんはがふがふ食べ続けよる。スペインの猛牛みたいやね。

「そんなに食べて太らんの?」

「やー、家ではなんでかあんま食べる気せんのよね。準備がせからしいし、一緒に食べる人がおらんけんかね」

 ニタッと笑うキヨちゃんを見てウチはちょっと嬉しい。昔からキヨちゃん家は両親が共働きであんま家におらんけん、よく一人でご飯を食べとった。高校に上がってからは両親が揃って引っ越してって――てかキヨちゃんがこっちに一人残った。

「家でもちゃんと食べんと」

「フクちんみたいになれないぞって?」

 ウチはキヨちゃんの頭をどついた。

 それからウチは風邪をこじらして学校はしばらく休んどったんばってん、久しぶりに登校したらキヨちゃんは「キヨちゃん?」って感じにオカッパ頭にこけた頬でオッパイもないし可哀相なくらいガッリガリやん。ウチの適度にサシの入ったリブロースを分けてあげたいよ。

「大丈夫? ご飯食べとうと?」

「う……ん、あんま食欲ない」

 聞けば最近は学校でも食べとらんらしくて、まさかウチが一緒に食べてあげれんせいかとも思ったけどキヨちゃんは別にそげん友達おらん人とかでもないけん自分の驕りを反省した。

 んで、ウチが休んどる間に起こったのは担任の棚井が真顔で教室の後ろに貼られたポスターを破いたこと。

「これは『敵』が作ったポスターよ、惑わされるんじゃないの。あの牛伝染病は『敵』が広めたもので、政府を批判して国民に不信感を植え付けるための作戦よ。国民が国を信じなくなったら終わりだから……」

 この国はかなり昔から戦争中なんやけど「敵」も「勝ち負け」もよくわからんまま、とりあえず擬態して人間に紛れこんどる「敵」を殺しとる。棚井はそのポスターは「敵」のものやって言ったみたい。

 念入りに貼られて剥がせんポスターもあったけど、そういうのんはブルーシートが被せられて教室の後ろは真っ青。

 赤→青。

 なんか異様な状況。

 昼ご飯をキヨちゃんと食べようとするけど、なんとなくウチも食欲がなくて弁当をしまった。彼女は言わずもがな。

 学校が終わって家に帰ったら、やたらお腹が鳴ってすぐ弁当を温めて食べた。腕まくりして、あの娘が好きな大葉を薄切りの豚肉に挟んで何層も重ねて塩だけかけた。衣をつけて揚げると一気に香ばしさが漂う。油をきって端を包丁で一口大に切っておろしポン酢で味見。

 ザクッ。じゅわ。

 衣に閉じ込めた大葉の香りが鼻を抜ける。おろしポン酢に絡んだ肉汁が舌に広がる。うまい。すぐにもう一切れ口に放り込んだ。

 咀嚼は記憶中枢を刺激するね。

 キヨちゃんの身体。服の上から肋がわかるし、あの娘の腕とかぽきんて折れそうな小枝。背も低くて気づいてもらえんけん亡霊みたい。

「余裕のないのはすぐ駄目になる。身体にだって脂肪っていう遊びが必要なんよ。脂肪遊戯」

 ウチは出来立ての料理を抱えてキヨちゃんの家に行った。インターホンを鳴らしたら出てきた彼女は青白い顔。

 入ってびっくりした。暖色系でまとめられとったはずの部屋は壁から小物まで全部真っ青なんやもん。

「いつからこんなことしとるん」

「やー、担任の棚井が家庭訪問に来た時に……『痩せたい』って言ったら色々貸してくれたんよ。他に精神を落ち着けるお香とかね。ここんとこよう来るよー」

 ウチはケータイで連絡してキヨちゃんの手を引っ張って、家を出た。ウチん家で食べようと思ったんよ。こんなところでメシがうまいわけないやん?

 ドアを開けると棚井がおった。

「ひっ」

 ばってん縛られとったね。ケータイで近所の半軍人コミュに「敵」を知らせたら、調べてすぐにやってきて捕まえてくれた。押さえられとう棚井は呪詛の言葉を吐きよった。

 一般人と軍人の中間――半軍人は、棚井について説明した。

「あれは『敵』の中でも厄介な色彩士という奴でね。もっともらしいことを言って、対象の周囲に強い食欲減退効果を起こさせるものばかり配置するんだ。もう何人も、なんとなく食欲がないって言いながら餓死してるんだよ。全く、こんな奴を教師にするなんてこの国はとことんクソだな」

 半軍人は笑いながら言って、棚井の頭を銃で撃ち抜いた。乾いた銃声と湿った飛沫の音。ウチらは目を見合わせてすぐにウチん家に行った。

 キヨちゃんをテーブルに座らせて、塩こんぶ和え白菜と大根の味噌汁と飯をよそいながら頭ん中で色々考える。

 誰が「敵」なんか。

「敵」とか本当におったんか。ばってんとりあえず、何よりご飯を食べるのがいっつも先決。

 食卓にミルフィーユカツも含めて全て並べた。キヨちゃんはガツガツ食べた。身体にご褒美をあげるみたいに、飯の一粒一粒を味わうように。

「……あ、うまい」

 彼女は気づいたように言った。

「なんかかかってんのこれ」

 とにかく友達が元気になって嬉しい。ウチは、まー自信満々に答えたね。

「やさしい友達の愛がかかっておる!」

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