09話 秘密基地の小さな証言者たち
さすがシスターと言うべきか、アイリスは手際よく器へお茶を注ぎ、アルヴィンへ差し出した。
「はい、どうぞ。アルヴィンさん」
「あ、ありがとうございます……」
「エレノアさんも」
「……ありがとうございます」
表面上は穏やかなやり取りが交わされているにもかかわらず、エレノアとアイリスの間には、どこか肌を刺すような空気が流れている。
その居心地の悪さを感じながらも、ちょうど喉が渇いていたアルヴィンは、受け取ったお茶をぐいっと一気に飲み干した。
やがて、アイリスが持ってきたパンを食べ終えた頃、子供たちは基地の中を駆け回ったりと、思い思いに過ごしている。
そんな中、ロウだけは何かを察したのか、その場に残ってアルヴィン、エレノア、アイリスの様子を気にしていた。
とりわけ、少しずつ表情を曇らせていくエレノアを、ちらちらと窺っている。
「アルヴィンさん、パンは足りましたか?」
「じゅ、充分いただきましたので……」
「ゴホンッ!」
アルヴィンとアイリスのやり取りに割って入るように、エレノアがわざとらしく咳払いをする。
それがただの咳払いではないことに気づいたのはロウだけだった。
ぴくりと肩を震わせたロウは、そっとエレノアへ視線を向ける。
「そろそろ、詳しい話を聞いてもいいかしら?」
「あぁ、そうだったな」
アルヴィンはようやくロウの方へと向き直り、今回の児童誘拐事件について話し始めた。
「分かっていることは、三日前から王都を中心に十人もの子供が誘拐されていること。それと、攫われた子供たちは年齢や身分がバラバラで、共通点が見当たらない。――つまり、情報がまったく足りてないってことだ」
何か心当たりがあるのか、アルヴィンの話を聞いていたロウの表情が、徐々に強張っていく。
「誘拐された子供のうち、二人はこの地域の出身だ。だから俺は、この辺りの子供たちをまとめてるやつを探してたんだ」
アルヴィンは真っ直ぐロウを見つめた。
「この地域からいなくなった子供の名前は、フィンとミア。二人は兄妹らしい。ロウ、この二人のことを知ってるか?」
すると、張り詰めていた糸が切れたかのように、ロウの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
誰にも頼ろうとせず、強気な態度を崩さなかったロウが、まさか泣き出すとは思わず、アルヴィンはもちろん、アイリスやエレノアまでもが思わず狼狽える。
「ちょ、泣くなよ……。俺が泣かしたみたいだろ?」
「うるさいっ! オレは泣いてねぇっ!」
「えぇ……」
ロウは溢れた涙を乱暴に袖で拭い、きつくアルヴィンを睨みつけた。
そんなロウに対し、アルヴィンは呆れたように短くため息を吐く。
「分かった分かった。泣いてない、泣いてない」
ロウを軽くあしらった後、アルヴィンは再び真剣な表情を向けた。
「で? 知ってるんだな――フィンとミアを」
その問いに応えるように、ロウは小さく頷いた。
「道理で、子供たちがやけに殺気立ってるわけか」
「……そういうことね」
アルヴィンの言葉に、エレノアも静かに同意する。
だが、普段から殺気とは無縁なアイリスだけは、話の流れについていけていないのか、戸惑ったように首を傾げた。
「子供たちが、殺気立ってる……?」
アイリスの問いに、アルヴィンは視線を周囲へと移しながら説明を始めた。
「周りをよく見れば分かります。フィンとミアが誘拐されたことに気づいているのは、ロウだけじゃない。……他にも、何人かいるはずです。ほら――」
アルヴィンが示した先には、幼い子供たちが無邪気に走り回るなか、すぐ近くでロウと同じくらいの年頃の子供たちが、教わった通りに素振りを続けている姿があった。
一見、稽古に集中しているように見えるが、アルヴィンたちの会話を気にしているのか、どこか意識が逸れているようにも見える。
「子供たちの中で、行動が二つに分かれてるんです。小さい子は遊んでるけど、ロウと同じくらいのやつらは素振りしてる。それに――さっきから何度か、こっち見てませんか?」
「……本当だ。すごいです、アルヴィンさん。私でも気づけませんでした」
「慣れですよ」
そう言った直後、エレノアは話の流れを強引に引き戻すかのように、ロウを真っ直ぐ見据えた。
「フィンとミアがいなくなる前、何か言っていなかった?」
最後に交わしたフィンとミアとの会話が強く記憶に残っているのか、ロウは、溜め込んでいたものを吐き出すように、勢いよく口を開いた。
「アイツら、死んだ母さんに会えるって言ってたんだよ!」
「死んだ……母親に?」
その言葉に、アルヴィンの表情がわずかに変わった。
「あの二人、最近母さんが病気で死んだばっかで、ずっと落ち込んでて……。そしたら急に、“母さんに会える”って、嬉しそうに話してて。オレ……」
「そんな、亡くなった人に会えるなんて――」
話を聞いていたエレノアがぽつりと呟くと、その言葉に覆い被さるようにロウが続けた。
「そうなんだ! オレも言ったんだよ! 死んだ人間に会えるわけないだろって……。そしたら、“妖精が会わせてくれる”って、フィンたちがすげぇ嬉しそうに言ってて」
「妖精……。アルヴィン、あなた精霊術に詳しかったわよね?」
ロウの話を聞き終えたエレノアはアルヴィンへと振り向くと、そこにあったのは今まで見たこともないほど険しい表情だった。
その様子に、エレノアは一瞬だけ言葉を詰まらせる。
「精霊術……ではないな」
アルヴィンはロウの話を頭の中で反芻し、“死んだ人間に会える方法”を探る。
だが、どの精霊術にも該当するものは存在しなかった。
(精霊術は、自然の力の一部を精霊を介して借りる術だ。死んだ人間の魂や記憶に触れることなんてできない。――仮に存在したとしても、それはもはや禁術そのものだ。もし本当にそんな術を扱える者がいるのなら、一度会ってみたいくらいだ)
「精神的に弱った人間につけこむ時の、典型的なやり口だな」
親を失った子供がいると知った首謀者が、フィンとミアを誘い出すため、信じたくなるような言葉を並べ、適当な嘘を吹き込んだのだろう。
「…………でも、危険だと分かっていても、もう会えない人に会えるって言われたら、縋りたくもなるよな」
まるで痛いところを突かれたような感覚に、アルヴィンは深く息を吐いた。
(きっと、俺だって……その言葉を信じてしまう)
「それでも、子供を攫うために親の死を利用するなんて、許せる話じゃない」
アルヴィンから発せられた低い声からは、怒りの感情がひしひしと伝わってくる。
すると、ロウが身を乗り出すようにアルヴィンへ詰め寄った。
「なぁっ! フィンとミアは助かるよな!」
ロウの真剣な問いに、アルヴィンはすぐ答えることができず、ただ表情を曇らせる。
その反応だけで、これから返ってくる言葉が良いものではないと察したのだろう。
ロウは再びぽろぽろと涙を零した。
「オレが……オレがもっと止めておけばっ! フィンとミアは攫われずに済んだんだ!」
どうやら、フィンとミアを止められなかったことを悔いているのは、ロウだけではなかったようだ。
気づけば、いつの間にか他の子供たちも集まってきており、中にはアイリスへ抱きついたまま、静かに涙を流している子までいた。
不安と後悔に押し潰されそうになっている子供たちに、アルヴィンは「二人は絶対に無事だ」と声をかけてやりたかった。
けれど、現実は残酷だ。
(子供たちを誘拐した目的が何であれ、姿を消してから、もう三日が経っている。正直、攫われた子供たちがまだ生きているという確証は持てない。言葉にはされていなかったが、捜索に当たっている騎士団も、おそらく同じ見解だろう)
こんな救いのない現実を、子供たちにどう伝えればいいのかアルヴィンは言葉に詰まった。
誤魔化した方がいいのか。
そう考えた時、真っ直ぐ自分を見つめる子供たちの視線に気づき、アルヴィンは考えを改める。
(これ以上、適当な言葉を並べて子供たちを傷つけちゃ駄目だ)
「俺は、誘拐された子供たちを助けるためにここへ来た。けど、正直、状況は一刻を争ってる。なにせ、情報がまったく足りてないからな。だから、俺たちにはお前たちの協力が必要なんだ。――助けてくれるか?」
アルヴィンの嘘偽りのない言葉に、子供たちは何度も強く頷いた。
「よし! まずは知ってること、気づいたこと、なんでもいいから教えてくれ!」
ほんの少しだけ表情を明るくした子供たちは、一斉にアルヴィンのもとへ集まり、それぞれ思い思いに話し始めた。




