08話 シスターの誘いと氷の女王の視線
アルヴィンに名を呼ばれたロウは、「ゲッ――」と露骨に顔をしかめながら近づいてきた。
「なんだよ、その顔」
「なんでもねーよっ!」
吐き捨てるように言いながらも、やはりエレノアには緊張しているのか、そっとアルヴィンの影へと身を隠す。
「お前が隠れてどうすんだよ。ほら、こっち来いって」
アルヴィンは用があるにもかかわらず背後に隠れようとするロウを、半ば強引に引きずり出し、そのままエレノアとの間に立たせた。
「な、なんだよ! 急に呼び出して!」
「エレノアお姉さんも、俺と一緒に子供たちを探してくれるんだと。だから、お前が知ってること、少しでもいいから教えてくれよ」
ロウから今回の誘拐事件について情報を聞き出そうとしたその時、この基地に「おーい!」と若い女性の声が響いた。
その声を聞いた途端、子供たちはぱっと表情を明るくし、嬉々とした様子で裏路地へと繋がる入口へ駆け寄っていく。
「あ! おい、どこ行くんだよ!」
アルヴィンの制止を振り切り、ロウも他の子供たちと同じように駆け出した。
「シスター!」
「シスターだ!」
現れたのは、修道着を身にまとった若い女性だった。
ふわりとした栗色の髪に、優しげに垂れた瞳が印象的で、どこか小動物を思わせるような柔らかな雰囲気を纏っている。
その手には、籠いっぱいに詰められたパンが抱えられており、子供たちへ向ける表情もまた、どこか穏やかだった。
「お腹すいたでしょ! おやつにしましょ!」
シスターは子供たちに囲まれながら、基地の中央にそびえる木へと歩み寄る。
そこでふと、アルヴィンとエレノアの存在に気づき、驚いたように目を丸くした。
「あ、あら……はじめまして」
「どうも」
「はじめまして」
アルヴィンとエレノアも、それぞれシスターに挨拶を交わす。
(やっぱり、この場所に部外者がいるってのは相当珍しいんだな……。それに、このシスター、裏路地の罠のことも把握してるようだな)
実際、裏路地に張り巡らされている罠は一切反応していない。
つまり、このシスターが何度もこの場所に出入りしているということだろう。
「えっと、あなた達は……」
アルヴィンとエレノアは同時に右手で拳を握り、胸元へと当てた。
「申し遅れました。私、王立レグナリア聖騎士学院より参りました、エレノア・グレイシアと申します」
「同じく、アルヴィン・ヴァルハルトと申します!」
二人の雰囲気ががらりと変わり、畏まった挨拶に、子供たちは思わずビクリと肩を震わせた。
「有名な騎士様の……もしかして、例の事件で?」
「王都よりの命を受け、本件児童誘拐事件の調査にあたっております」
今度は先にアルヴィンが答え、シスターの反応を探るように鋭い視線を向けた。
(シスターがこんな場所に……。子供たちの反応からして、かなり親しいみたいだな。となると、誘拐事件について何か知っている可能性は高いか)
「そうだったんですね。ご苦労さまです。私は、近くの修道所でシスターをしているアイリスと申します」
アイリスは寄ってきた子供たちの頭を優しく撫でながら、アルヴィンとエレノアに微笑みかけた。
「こうして、たまにですが子供たちの様子を見に来ているんです」
「そうでしたか」
子供が好きなのだろうと一目で分かるその様子に、警戒心の強い子供たちがここまで懐いているのも、アルヴィンには納得できた。
「あ、そうだ! 一緒におやつ、どうですか? 街でたくさんパンをいただいたので」
「あ、いや。俺たちは今は……」
アルヴィンが丁重に誘いを断ろうとした、その時だった。
アイリスはにこやかな笑みを崩さぬまま、そっと一歩踏み込む。
ぐっと二人の距離が縮まり、彼女から漂う花のように甘くやさしい香りが、ふわりとアルヴィンを包み込んだ。
「え、えっと……その……」
見た目からは想像もつかない押しの強さに、アルヴィンは思わず身を引く。
「アルヴィンさん達も一緒だと、子供たちも喜びますから」
「あ、あははは……」
アルヴィンは愛想笑いを浮かべながら助けを求めるようにちらりとエレノアへ視線を向けるが、「好きにしたら?」と冷めた表情であっさりと突き放された。
返答に困っているアルヴィンに、アイリスはにこやかな笑みを浮かべたまま、さらに一歩距離を詰める。
そして、わずかに顔を傾け、上目遣いにアルヴィンを見上げた。
「ね?」
「…………では、お言葉に甘えて」
アルヴィンはアイリスの頼みを断りきれず、渋々それを承諾した。
すると隣から、「はぁ……」と、いかにも呆れたようなため息が聞こえてくる。
その主が誰かなど、言うまでもない。
アルヴィンは納得がいかないとでも言いたげに、隣に立つエレノアをじろりと睨んだ。
(なんだよ……さっきまで他人事みたいな顔してたくせによ……)
「日陰で休みましょ。アルヴィンさん、エレノアさんも」
「え、えぇ……」
アイリスは子供たちを引き連れ、この基地のシンボルともなっている中央の大木へと向かい、その後にアルヴィンとエレノアも続くと、アルヴィンは歩きながら声を潜めてエレノアに囁いた。
「なぁ……」
「なにかしら?」
ただの返事のはずなのに、その声には突き刺すような冷気が宿っている気がした。
(なんでエレノアは怒ってるんだよ……)
「しょうがないだろ? シスターの頼みを無下に断るわけにもいかないって」
「……ああいうタイプの女性が好みなのね」
「は? あ、ちょっと……さっきから何を怒ってんだよ」
「べつに、私は怒ってなんかないわ」
エレノアはきっぱりと言い切ると歩く速度を速め、隣を歩いていたアルヴィンを置いていく。
だが一瞬遅れたアルヴィンもすぐに歩幅を合わせ、何事もなかったかのように再び隣に並んだ。
「なんで着いてくるのよ」
苛立ちを隠そうともせず、エレノアが吐き捨てる。
「着いてくるって、同じ場所に向かってるんだから当たり前だろ?」
エレノアはそれ以降、何も話そうとはせず、二人の間には重苦しい空気が流れた。
(この間の模擬試合で、ちょっとは距離縮まったと思ったんだけどな……。氷の女王、やっぱ何を考えてんのか分かんねぇ)
「アルヴィンさん! こっちですよ!」
先に木の下に着いていた子供たちは、それぞれ好きなパンを頬張っており、その中に紛れるアイリスがにこやかに手を振っていた。
その様子に、エレノアの眉がピクリと震える。
「お、おい……。子供たちの前でその顔はちょっと――」
「その顔って、なによ」
エレノアはぴたりと歩みを止め、射抜くような視線でアルヴィンを睨む。
鋭い眼光に、思わずアルヴィンは口元をひくつかせた
「いや……ほら。美人が怒ると、迫力って何倍にもなるだろ?」
「なにをバカなこと言ってるの?」
間を置かず返ってきた声は、呆れや苛立ちが滲んでいた。
「ほら、早く行くわよ」
「もう、なんなんだよ……」
アルヴィンは頭を抱え、ぼそぼそと文句を垂れる。
それでも諦めたように顔を上げると、先を行くエレノアの背を追い、子供たちやアイリスのもとへと向かった。




