07話 子供たちの秘密基地
木々に囲まれた秘密基地に、子供たちの威勢のいい掛け声が響く。
「やぁっ!」
「たぁっ!」
その直後、木の棒がぶんっと風を切る音が重なった。
「違う違う、腕だけで振るなって」
アルヴィンの声が子供たちの掛け声に混ざると、振っていた木の棒が一斉に下ろされた。
「今の、何がダメだったんだよ!」
「ちゃんと言われた通りにやっただろ!」
不満げな顔をした子供たちは、木にもたれていたアルヴィンのもとへ一斉に詰め寄った。
アルヴィンは呆れたようにため息を吐きながら、一人の手から木の棒をひょいと取り上げる。
「だから、何回も言ってるだろ? 想像しろって」
「想像?」
「そう。今のお前たちは、ただ棒を振ってるだけなんだよ」
アルヴィンは子供たちの輪から一歩離れ、手にした棒をゆっくりと構える。
「お前たちが今、こうして練習してるのは何のためだ?」
「悪い大人を倒すこと!」
「仲間を攫ったやつらをぶっ飛ばすこと!」
「そうだ。お前たちは、そのために強くなろうとしてるんだろ?」
続けて、アルヴィンは言う。
「今のお前たちの攻撃で、悪い大人を倒せると思うか?」
「っ――」
その言葉に、子供たちは思わず言葉を詰まらせた。
「素振りに、ちゃんと目的を持たせるんだ。悪い大人を倒す自分を想像しながら、棒を振ってみろ」
そう言って、アルヴィンは静かに構えていた棒を一切の無駄なく振り下ろす。
次の瞬間、ビュンッ、と鋭く風を切る音が響き、風圧で地面に散っていた枯葉がふわりと宙を舞った。
自分たちとは比べるまでもない力の差に、子供たちは「おぉっ!」と目を輝かせ、歓声を上げた。
「すげーっ!」
「だろ?」
「兄ちゃんは、倒したい相手とかいるのか?」
子供の問いに、アルヴィンは少しのあいだ、何かを思い出すように視線を遠くへ向けた。
だが、すぐににやりと口元を歪め、どこか悪戯っぽく笑う。
「そりゃ、たくさんいるに決まってんだろ? 今度教えてやるよ。返り討ちに遭わない倒し方をな」
「返り討ちに遭わない?」
聞き慣れない言葉に、子供たちは揃って首を傾げる。
そんな反応を見たアルヴィンは、どこか得意げに胸を張り、意気揚々と説明を始めた。
「まずは、相手の視界を奪うんだ――」
どうしようもない説明が始まろうとした、その時だった。
カラン、カラン、カラン――
乾いた木の板同士がぶつかり合う音が静かな空き地に響き、その音を聞いた途端、子供たちの表情が一変した。
「お、おい……どうしたんだよ、急に」
突然、警戒を強めた子供たちに、アルヴィンは状況が飲み込めないまま声をかける。
すると、一人の子供が焦ったように声を荒らげた。
「侵入者だ! この音、基地に繋がる路地裏に誰かが入ると鳴るんだよ!」
「そんな仕掛けまでしてんのかよ……」
よく見ると、この秘密基地には藁を編み込んで作られた紐が、中央にそびえる大木と裏路地を繋ぐようにいくつも張り巡らされており、その紐には小さな木の板が吊るされていた。
(たしか、裏路地に入る時に足に何か引っかかったな……。そうか、誰かが入り込めば、この紐に伝わる振動で分かるようになってるのか)
知恵と工夫が詰まった仕掛けに感心していると、この緊急事態にもかかわらずどこか呑気にしているアルヴィンに対し、一人の子供が声を荒らげた。
「兄ちゃんも協力してくれよっ!」
「えぇっ!? 俺も?」
「当たり前だろ! 大人なんだから!」
その言葉に、アルヴィンの体からずるりと力が抜ける。
(コイツら……都合のいい時だけ大人を頼りやがって)
「ったく、なんでそんなに慌ててるんだよ」
「この秘密基地を知ってるやつは、罠の位置も全部分かってる! だから音が鳴るってことは――外のやつが入り込んできたってことなんだよ!」
複数の子供たちにせがまれ、アルヴィンは重い腰を上げた。
そのままずいずいと引っ張られ、気づけば基地の入口に立たされている。
振り返ると、その背後には木の棒を構えた子供たちがずらりと並んでいた。
「……いや、俺が先頭っておかしくないか?」
「いいから行けって!」
「おかしくない!」
「えぇー……」
アルヴィンは子供たちを庇うように、渋々先頭に立った。
――コツ、コツ……
暗闇の奥から響く靴音が、ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めてくる。
「お、おい……こっちに来てないか……?」
誰かが息を呑む音がして、その張り詰めた空気が背中越しに伝わってくる。
「お前たちな……こんな中で、よくやってきたな……」
アルヴィンは半ば呆れたようにため息を吐いた。
(ったく、さっきまでの威勢はどこいったんだよ)
「……その声」
その時、暗闇の奥にうっすらと人影が浮かび上がり、ほぼ同時に女性の声が響いた。
「アルヴィン……?」
再び聞こえたその声は、わずかにためらいを含みながらも、確かにアルヴィンの名を呼んでいた。
(この声って……)
自分の名を呼ぶその声に、確かな聞き覚えがあった。
アルヴィンはわずかに目を見開き、思い当たった人物の名を口にする。
「エレノアか?」
その問いに応えるように、大きなため息がひとつ。
そして、路地裏の影の奥から、ゆっくりとエレノアが姿を現した。
「あなた、こんな所で何をしているのよ」
そう言いかけたエレノアは、アルヴィンを先頭に、子供たちから一斉に木の棒を向けられているこの状況に気づき、ぴたりと動きを止めた。
一瞬、目を丸くし怪訝そうにアルヴィンへ視線を向けた。
「……あなた、本当に何をしているの?」
ギクリと肩を震わせたアルヴィンは、エレノアにあらぬ誤解をされていると察し、慌てて弁明を始める。
「え? いや、違うって! これも大事な情報収集中で――」
「ライネル騎士団長が、あなたが報告に戻ってこないと言って、私を捜索に向かわせたのよ?」
それを言われてしまえば、アルヴィンは言いかけていた言葉をぐっと飲み込み、口を尖らせるしかなかった。
「……悪かったよ」
「分かればいいのよ」
エレノアは子供たちへちらりと視線を向けると、何か説明を求めるように、再びアルヴィンへと目を戻した。
「……その子たちは?」
一方の子供たちはというと、アルヴィンと、秘密基地に入り込んできたエレノアが顔見知りらしいことには薄々気づきながらも、状況が飲み込めないのか、困惑した様子で二人を交互に見つめている。
「あぁ、この辺に住んでる子たちだよ」
アルヴィンは体を横にずらし、後ろに隠れていた子供たちをエレノアへと紹介する。
続けて、今度はエレノアの方へ顎をしゃくった。
「この人は、俺の仲間のエレノアお姉さんだ。ほら、お前たち、ちゃんと挨拶しろよ?」
すると子供たちは構えていた木の棒を次々と下ろし、目を奪われたようにエレノアをじっと見つめた。
「え、えっと……初めまして」
ただ黙って見つめられている状況に戸惑いを隠せないエレノアは、ぎこちない笑みを浮かべながら子供たちの様子をうかがう。
すると、そのぎこちない笑みでさえ子供たちには効果覿面だったのか、女の子たちは「お姫様みたい!」と楽しそうに声を弾ませた。
一方で男の子たちはというと、ぽっと頬を赤らめ、エレノアと視線を合わせることすらできず、そわそわと明後日の方向へ目を逸らしていく。
(コイツら、完全にエレノアに見惚れてるな……。まあ、この辺じゃなかなかお目にかかれないくらいの美人だし、刺激が強すぎたか)
「おいおい、挨拶はきちんとしろよ? ほら、こういう時はなんて言うんだ?」
ニヤニヤとわざとらしく口角を歪めるアルヴィンに、子供たちは恥ずかしさ半分、悔しさ半分といった様子で、鋭く睨み上げた。
「ニヤニヤすんなよ!」
「ほら、エレノアお姉さんがちゃんと挨拶してくれただろ?」
子供たちの反応が面白いのか、アルヴィンはさらに畳みかける。
「ちょっと、あなたね。子供を揶揄うのはやめなさい」
困ったように眉を下げたまま、子供たちとの距離を測りかねているエレノアの姿は、学院で“氷の女王”と呼ばれる彼女からは想像もつかないものだった。
(エレノアって、子供の相手は苦手なのか? まあ、大貴族だし、こうして気軽に子供と触れ合う機会なんてそうそうないか)
アルヴィンは助け舟を出すように、パンッ――と手を打ち鳴らす。
「ったく……ほらほら、まだ素振りが終わってないだろ? 休憩はここまでだ」
子供たちは納得がいかない様子を見せながらも、渋々散らばって素振りを始めた。
その様子を見て、エレノアは一瞬だけ目を丸くする。
アルヴィンが子供たちに稽古をつけている光景が、どうにも信じられなかったのだろう。
やがて声を潜め、アルヴィンへと問いかけた。
「そろそろ説明してくれるかしら。これは、どういう状況なの?」
「これから説明するよ」
そう言うとアルヴィンは、一人の少年の名を呼んだ。
「おーい、ロウ! こっちに来てくれ!」
その声に反応したのは、この場所で最初に出会った、傷だらけの少年だった。




