06話 王都誘拐事件
学院から一時間ほど馬を走らせ、ようやく王都へと辿り着いた。
「相変わらず、王都は暑いな……」
勉学や訓練に励めるよう、学院は涼しい避暑地に建てられており、そのせいか王都へ降りてくるたびに、この照りつけるような日差しにはどうにも慣れない。
アルヴィンは眩しそうに目を細め、額に浮かぶ汗を手の甲で拭った。
「こんなに暑いと、酒が飲みたくなるな」
王都には、精霊が住み着くと伝えられる“伝説の森”から湧き出る水を使った、『精霊の涙』という一風変わった名前の銘酒がある。
その酒は、天にも昇るような美味さだと有名で、アルヴィンも王都を訪れるたびに必ずその酒をしこたま飲み続け、しまいには酒類の持ち込みが禁止されているにもかかわらず、土産と称してこっそり寮へ持ち込んだりしていた。
酒屋を横目に、誘惑に駆られそうになりながらも、アルヴィンはなんとか理性を保ち、そのまま王都騎士団の拠点へと向かった。
王都騎士団の拠点は、王城へ続く大通りの途中に建てられていた。
白い石造りの重厚な建物で、正面にはレグナリア王国の紋章が掲げられ、その佇まいはまるで威厳そのものを纏っているかのようだった。
今回の誘拐事件の影響もあってか、多くの騎士たちが慌ただしく出入りしていた。
アルヴィンは脇にある厩舎へ乗ってきた馬を繋ぐと、そのまま騎士団の拠点へと足を踏み入れた。
「出動要請を受け、レグナリア学院より参上いたしました。アルヴィン・ヴァルハルト、ただいま到着いたしました!」
「あぁ、君が噂の」
アルヴィンの挨拶に、一人の騎士が歩み寄ってきた。
(“噂の”ってなんだよ……)
アルヴィンはわずかに眉をひそめ、むっとした表情を浮かべる。
「私は王都騎士団長のライネル・クロイツだ」
騎士団長を名乗ったライネル・クロイツは、無精髭を生やし、日々の疲れがそのまま滲み出ているような男だった。
そのせいか、見た目のわりにはどこか老けて見える。
「騎士団長殿でありましたか」
アルヴィンはライネルへ深々と頭を下げた。
ちらりと周囲を見渡すと、拠点にはすでに何人かのレグナリア学院の生徒が集まっており、その中には見知った顔もあった。
待機していた学院の生徒たちも、もちろんアルヴィンのことを知っているようで、学院では絶対に見せない礼儀正しい姿を目の当たりにし、まるで別人でも見たかのように揃って視線を泳がせていた。
「ライネル騎士団長、つかぬことをお聞きしますが……その、噂というのは」
アルヴィンの問いに、ライネルは一瞬目を丸くしたあと、堪えきれなかったように声を上げて笑った。
「アハハハッ! いや、すまない。君の担任の先生から少し話を聞いていてね。レグナリア学院始まって以来のサボり魔だと聞いたものだから」
「サ、サボリ魔……ですか」
「授業をよく抜け出すくせに、実技も筆記もきっちり上位を取っているから、怒りたくても怒れないって、随分頭を抱えていたよ」
「あ、あはははは……」
まさか学校での素行まで筒抜けだとは思わず、アルヴィンは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
「先生とは……お知り合いで?」
「ああ。私もレグナリア学院の卒業生でね。君の担任とは昔からの腐れ縁みたいなものだ」
「そ、そうだったんですね」
「問題児だと聞いていたが、しっかりしていそうで安心したよ。今回の件、お前には期待している」
「ご期待に添えられるよう、全力を尽くします!」
「よし。では作戦会議を始める。全員、集まってくれ」
ライネルに案内され、拠点の奥へと進むと、部屋の中央には作戦会議用の大きなテーブルが置かれ、その周囲にはいくつもの椅子が並べられていた。
すぐ近くの壁には王都全体を記した大きな地図が貼られており、事件の発生地点や警備区域が一目で分かるようになっている。
ぞろぞろとテーブルを囲むように集まり、それぞれに数枚の紙を綴じた資料が配られた。
アルヴィンが手に取ったその資料には、行方不明となった十人の子供たちの名前が記されていた。
「今日、集まってもらったのは他でもない。三日前から王都を中心に立て続けに起きている児童誘拐――その被害に遭った子供たちを、必ず救い出すためだ」
ライネルは資料を片手に、今回の事件について静かに口を開いた。
「最初に誘拐が確認された子供から、最後に連れ去られた子供まで、全員がそれぞれ別の時間帯に姿を消している。偶発的なものではない。――我々騎士団は、この誘拐事件を集団による計画的な犯行だと見ている」
資料に記されている子供たちは、出生も性別も、年齢さえもばらばらで、そこに明確な共通点は見当たらなかった。
(犯人は、手当たり次第に目についた子供を攫っているのか……)
「大掛かりな調査になるため、レグナリア学院の生徒達にも協力をしてもらっている」
その言葉を聞いて、アルヴィンはふと思い出した。
(エレノアも、要請があったって言ってたな。それに、ガルドやレイも王都の警備を担当しているって言ってたか……)
「すでに先発隊として、何人かの生徒には動いてもらっている。君たちには主に情報収集を任せたい。どんな些細なことでも構わない。この事件に繋がる新たな手がかりを見つけたなら、必ずここへ報告してほしい」
ライネルの言葉に、生徒たちが一斉に「はいっ!」返事をする。
その中で、一人だけ考え事をしていたアルヴィンは、わずかに遅れて慌てたようにその返事へ続いた。
「……いいか? たとえ犯人と接触する機会があったとしても、決して深追いはするな」
(おっと……今の、完全に俺に言っただろ)
ライネルの視線を真正面から受け止めたアルヴィンは、何も聞こえていないふりをするように、すっと視線を逸らした。
「配った資料に班分けを記してある。それに従って行動してくれ。――以上で作戦会議を終了する」
資料に記されていたアルヴィンの担当区域は、王都から少し離れた場所にある、平民たちが暮らす区域だった。
(人の目が行き届かない、ちょうどいい場所か……)
そこは路地裏や、人が寄りつかない廃屋、空き地が多く集まる場所だった。
身を隠すには十分すぎるほど都合がよく、犯人にとってはまさに絶好の場所とも言える。
(こんな場所を担当にされて、深追いはするななんて……無理な話だろ)
アルヴィンは誰よりも早く騎士団の拠点を抜け出し、担当の区域へと向かった。
「さて、まずは人探しからだな……」
目的の区域へ辿り着くと、アルヴィンは目当ての人物を探すため、ひたすら歩き続けた。
空き地や廃屋、裏路地を何ヶ所も巡り、大人たちの喧騒が届かない静かな場所へと足を踏み入れる。
何枚ものボロ布で覆われたその一角だけが、不自然なほど静まり返っていた。
これまで見てきた裏路地とは、明らかに様子が違う。
「通ってくださいって言ってるようなもんだろ」
いかにも怪しい路地裏を抜けると、緑に囲まれた空き地へと繋がっていた。
中央には、幹の太い立派な木がそびえ立ち、その枝の隙間にはボロ板を重ねて作られた小さな小屋が見える。
さらに、その周囲には藁を束ねて形作られた人型の人形が、いくつも立てられていた。
(空き地っていうより、秘密基地だな……)
子供心を感じさせるその場所で、アルヴィンはようやく探していた人物を見つけた。
「……やっと見つけた」
アルヴィンの視線の先には、短く跳ねた黒髪に琥珀色の瞳をした、まだ幼さの残る細身の少年がいた。
傷だらけの体で一本の太い棒切れを振り回しているその姿は、年相応の頼りなさとは裏腹に、どこか鋭い気配を纏っていた。
「少年、そんな所で一人で何をしてるんだ?」
なるべく警戒されないよう、柔らかく声をかけたつもりだった。
だが、自分の縄張りに突然大人が踏み込んできたことが気に入らなかったのか、少年は即座に反応する。
握っていた太い棒切れの先が、まっすぐアルヴィンへと突きつけられた。
「……誰だ、アンタ」
剥き出しの敵意と鋭い眼光を真正面から向けられているにもかかわらず、アルヴィンは目の前の少年こそ、自分が探していた理想の人物だと確信した。
思わず、にこりと笑みがこぼれる。
(間違いない、こいつだ)
「俺か? 俺は……そうだな。お前たちの遊び相手、ってところかな」
「………………は?」
少年は、自分たちの遊び相手だと名乗るアルヴィンの予想外の言葉に不意を突かれ、張り詰めていた警戒をわずかに揺らした。
だが、それもほんの一瞬のことだった。
少年はすぐに表情を引き締め、再び鋭い警戒の目をアルヴィンへ向ける。
「そんな顔すんなって……お前、今困ってんだろ?」
「困ってる?」
「あぁ、そうだ。困ってるんだろ?」
少年はその言葉に、思い当たる節があったのか、わずかに顔を曇らせ、思わずアルヴィンから視線を逸らした。
「……仲間を、助けたくないのか?」
「っ、うるさいっ!」
少年は声を荒らげ、握りしめた木の棒を振り上げながら、アルヴィンへと真っ直ぐ突っ込んでくる。
「オレは、大人なんか頼らない!」
振り下ろされた木の棒を、アルヴィンが躱せないはずもなかった。
勢いのまま空を切った少年の体は大きく前へ傾き、そのまま地面へ倒れ込みかける。
だが、その瞬間にはすでに、アルヴィンの片腕が少年の体を支えていた。
「おい、大丈夫か?」
「離せっ! オレに触るな! お前ら、やっちまえ!」
「……え?」
次の瞬間、草むらや木の影からわらわらと子供たちが飛び出してきた。
全員がしっかり木の棒を握りしめ、その標的は見事にアルヴィン一人だった。
「ちょっと、待て待て!」
無数に振り下ろされる木の棒の隙間を縫うように、アルヴィンは器用に体を捻ってそれらを躱し、その合間に子供たちが握りしめている棒を軽く叩き落としていく。
「あうっ!」
「くはっ!」
情けない悲鳴とともに、子供たちはぽこぽこと地面に沈んでいった。
「ったく、急になんだよ……」
突然のことに、アルヴィンは大きくため息を吐いた。
地面に転がった子供たちは、目に涙を浮かべながらも、負けを認めたくないのか、悔しそうにアルヴィンを睨みつけている。
「おいおい、そんなに睨むなって。お前たち、完全に何か勘違いしてるだろ?」
「勘違い?」
最初にアルヴィンへ飛びかかってきた少年が、警戒を解かないまま低く問い返す。
「そうだよ。俺は、お前たちを捕まえに来たんじゃない。一緒に協力したくて来たんだ」
その言葉に、子供たちは揃ってぽかんと首を傾げた。




