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反逆騎士の叛命録  作者: 黒ひげの猫
1章

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05話 問題児、王都へ

 模擬試合の後、絶対安静を言い渡されたアルヴィンがようやく学院へ復帰したのは、それから二週間が経った頃だった。


「はぁー。ったく、なんなんだよ……」


 復帰初日の朝だというのに、アルヴィンは早々に大きなため息を吐いた。

 それもそのはず、アルヴィンの姿を目にした生徒たちは、まるで化物か死人でも見たかのように顔色を真っ青にし、慌てたように視線を逸らしては、まるで関わること自体を避けるように、さっと道を空けていく。

 さらに、ざわざわとした囁き声があちこちから漏れ聞こえてきて、そのどれもが好意的なものではなかった。

 

「うわ、生きていたんだ」


「腹を斬られたのに笑ってたんだぜ」


 声を潜めているつもりなのだろうが、その会話はしっかりとアルヴィンの耳にも届いていた。

 こんな時こそ、ガルドやレンと一緒にいて気を紛らわせたかったのだが、二人は院外活動として王都の警備を任されているらしく、当分の間は学院へ戻って来ないらしい。

 奇異の目を向けられ続けることにすっかり嫌気がさしていたアルヴィンは、こっそりと授業を抜け出し、本校舎の隣に建つ図書館へと足を向けた。

 この学院の図書館には、レグナリア王国のあらゆる知識が眠っていると言われている。

 王国の歴史を記した書物はもちろん、古くから受け継がれてきた医学書や、各武術の型や理論を記した専門書。

 それだけではなく、かつて物議を醸した邪術や黒魔術に関する禁忌に近い文献まで、厳重に保管されていた。

 下手に授業を受けるより、一日中図書館に籠っていた方がよほど身のためになる。

 そう本気で思っているアルヴィンは、この図書館の常連だった。

 今では、目当ての本がどこに置かれているのかを探すのに、そう時間がかからないほどになっている。


「えーっと……あった、あった」


 目的の本を何冊か抱えたアルヴィンは、お気に入りの陽の当たる窓際の席へ向かい、椅子に腰を下ろして本を広げた。

 しばらく本を読み漁っていると、静かな空間に一人分の足音が響いてきた。

(こんな時間に、俺以外の利用者がいるなんてな)

 図書館は常時開放されているとはいえ、本来なら今の時間帯は授業の真っ最中だ。

 自分のことは棚に上げて、授業をサボる生徒がいるものだと妙に感心していると、その足音は徐々にアルヴィンの方へ近づいてくる。

 そして、ふいに目の前でぴたりと止まった。


「……あなた、この時間に何をしているの?」


 こんな時間に、こんな場所にいるはずのない人物の声に、アルヴィンは思わず肩を跳ねさせた。

 驚いたように勢いよく顔を上げると、そこには予想通りの相手が立っていた。


「エレノア……なんで、ここに?」


「なんでって、それは私の台詞よ」


 エレノアも、この時間帯に人がいるとは思っていなかったのだろう。

 数冊の本を抱えたまま、怪訝そうにアルヴィンへ視線を向けていた。


「……あなた、また授業を抜け出したの?」


「またってなんだよ、またって」


 エレノアは呆れたように小さく息を吐き、一席分離れた場所へ腰を下ろすと、抱えていた本を静かに机の上へ置いて広げた。


「エレノアだって、なんでここにいるんだよ」


「私は授業の一環で来ているの。レポート作成のための資料探しよ」


 たしかに、エレノアが開いている本は、先日の授業で扱った内容と同じものだった。

 だが、その中身は授業で教わった範囲よりも遥かに踏み込んだ内容で、難解な専門用語がずらりと並び、理解の難易度は格段に跳ね上がっていた。

 

「頭が痛くなる内容だな」


 びっしりと並ぶ文字の量に、アルヴィンは思わず眉をひそめた。


「理解をさらに深めることはいいことよ。あなたは……」


 ふと、エレノアはアルヴィンが読んでいた本へ視線を向け、そのページに綴られている内容を見てわずかに目を細めた。


「その本……」


「あぁ、これ?」


 アルヴィンはどこか得意げに本を閉じると、その表紙を見せつけるように、ずいっとエレノアの方へ差し出した。


「精霊術……よね?」


 表紙を読み上げたエレノアには、なぜアルヴィンがそんなにも得意げなのか、いまいち理解できないようだった。


「ロマンがあるだろ?」


「……ロマン?」


 エレノアが未だに理解できないのには、ちゃんと理由があった。


「精霊術って、失われた古の術のはずよ」


「だからこそ、だろ?」


「だからこそって……もう、精霊術を使える術者はいないはずよ。今さらそれを読んで、どうするつもり?」


「どうするつもりって……昔は使えてたんだから、今だって勉強すれば、また使えるはずだろ?」


 アルヴィンは再び本を開き、何でもないことのように続きを読み始める。


「それに、誰にも使えないはずの術を、俺一人だけが使えるなんて――ロマンそのものだろ」


 冗談ではなく、本気で精霊術を身につけようとしているアルヴィンの姿に、エレノアは呆れたように小さくため息を吐いた。


「……まあ、いいわ。でもその本、貴重書のはずよね? 無断で持ち出したことが知られたら、一発で退学処分よ。今すぐ元に戻しなさい」


「はいはい。すぐに片付けるよ」


 口ではそう言いながらも、まったく動こうとしないアルヴィンにエレノアは再びため息を吐き、諦めたように自分の広げていた本を片付け始めた。


「もう終わりなのか?」


「ええ。ここには少しだけ時間を潰しに来ただけだから。王都から出動要請を受けたから、もう行かないと」


「出動要請……エレノアもなのか?」


「王都で、誘拐事件が立て続けに起きているらしいわ」


「……誘拐?」


 その言葉に、アルヴィンはわずかに表情を曇らせた。


「王都や、その外れの町に住む子供たちが狙われているようなの。いずれ、あなたにも出動要請がかかるかもしれないわ」


 手早く荷物をまとめたエレノアは椅子から立ち上がり、一度だけアルヴィンへ視線を向ける。


「この前のお詫びの件、空いている日があったら教えて」


「え……」


 それだけを言い残し、エレノアはアルヴィンの返事を待つことなく、そのまま静かに図書館を後にした。

(まだ覚えてたのかよ……)

 再び一人になった図書館。

 アルヴィンはしばらく、窓の外に広がる学院の景色をぼんやりと眺めていた。


「誘拐、か……。あれから、もう五年だぞ」


 もう五年。

 だけど、まだ五年。

 アルヴィンは読んでいた本を慌てて片付けると図書館を飛び出し、職員室がある学院本館へと向かった。




 ︎ ︎♦︎




 職員室に到着すると、ちょうど中からアルヴィンのクラスを受け持つ教師が出てきた。


「アルヴィン……また授業を抜け出したのか」


 アルヴィンの姿を見るなり、教師は呆れたように大きくため息を吐く。


「それは悪いと思ってるよ」


「あのな。私はその言葉を、あと何回聞かされるんだ?」


 教師はあと二言ほど嫌味を言おうとしたが、やけに切羽詰まった表情のアルヴィンを見て、その言葉を飲み込んだ。


「……で、どうしたんだ? お前がここに来るなんて珍しいだろ」


 アルヴィンは乱れた呼吸をひとつ整え、ゆっくりと教師を真っ直ぐ見つめた。


「王都で起きてる誘拐事件……あれって――」


 アルヴィンが何を言いたいのか察したのだろう。

 教師は小さく息を吐くと、懐から封をされた手紙を取り出し、そのままアルヴィンへと差し出した。


「これは……」


 よく見ると、その封蝋にはレグナリア王国の紋章が深く刻まれており、アルヴィンは丁寧に封を解いて中から一枚の書状を取り出すと、そこに記されていたのは『出動要請』という四文字だった。


「ちょうど、お前を探していたところだったんだ」


「俺にも……?」


 その書状に目を通すと、そこにはエレノアが話していた児童誘拐事件の調査のため、王都に駐屯する聖騎士団のもとへ赴くよう記されていた。

 

「授業態度は褒められたもんじゃないが、実力だけ見ればお前は学院でもトップクラスだ。王都から要請がかかるのも不思議じゃない。……頼んだぞ」


「はいっ!」


 アルヴィンは勢いよく返事をすると、手紙を強く握りしめたまま、出動の準備をするために寮へと駆け出した。

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