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反逆騎士の叛命録《リベリオン》  作者: 黒ひげの猫
三章

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40話 迫り来る脅威

 某日、ライネルが率いる聖騎士団の拠点へ、とある遺体が運び込まれた。


「……またか」


 その遺体は性別すら判別できないほど損傷が激しく、目にした者は皆、反射的に視線を逸らし、中にはその場に耐えきれず逃げ出す者さえいる。


「これで今月、何件目だ?」


 ライネルは仲間とともに遺体を確認し終えると、深いため息を吐いた。

 そして、テーブルの上に積み上げられた書類の山へと視線を向ける。


「これで三十件目になりますね……。これまでの遺体の全てに、獣に喰われたかのような跡があります」


「はぁ……。野犬の仕業だとしても、件数が多すぎる」


 積み上げられた書類には、今月に入ってから発生した被害の記録が一件一件、克明に記されていた。

 先日起きた魔獣の騒ぎが未だ片付いていない中での新たな事件に、騎士たちの間には混乱が広がっていた。

 ライネルは、この事件の記録を担当している部下に声をかける。


「……お前はこの事件、この前の魔獣と結びつくと思うか?」


「そうですねぇ……」


 部下はしばらく考え込んでから答えた。


「可能性はなくはないかと。今月が始まって、まだ半月も経っていない。その間に、同様の事件がすでに三十件も起きています。そのどれもが、獣に喰われたような損傷具合です」


 部下は積み上げられた書類の中から何冊かを取り出し、そこに描かれた遺体の状態を示す絵をライネルの前に並べた。


「……だが、魔獣は既に討伐されたはずでは?」


 ライネルの言葉に、部下は自ら導き出した考察を説明し始めた。


「えぇ。そのはずです。先日の魔獣は、レグナリア学院の生徒であるアルヴィンとエレノア様によって討伐されたと報告が上がっています」


 そう言って、部下は並べた資料の一枚を指差した。


「ですが……今回の事件には、妙な共通点があるんです」


「共通点?」


「はい。遺体を解剖した結果、三十件すべての遺体から、心臓だけがなくなっているんです」


 ライネルは眉をひそめ、資料へ視線を落とす。

 部下は資料に描かれた遺体の絵を指差す。

 その胸元には、かつて心臓があった場所に、ぽっかりと穴が空いていた。


「……獣に喰われたわけじゃないのか?」


「それなら、こんなにも綺麗に同じ箇所だけがなくなるでしょうか? それに、遺体に残された傷跡も野犬によるものとは考えにくいです」


「……どういうことだ?」


「傷があまりにも鋭すぎるんです。まるで鋭い牙で一気に肉を食いちぎったような痕がある。それに、この傷の大きさでは野犬の口には合いません」


 部下はライネルに、過去に野犬に襲われた事件の資料と、今回の遺体を描いた絵を見比べて見せた。

 確かに部下の言う通りだった。

 野犬に襲われた遺体には、何度も噛みつかれたことが見て取れるほど無数の傷が残っている。

 だが、今回の遺体に残された傷は、どれも一度の噛みつきで肉を食いちぎったかのように、妙に綺麗だった。

 

「野犬なら、噛み千切る過程でもっと不規則で荒れた傷になるはずです。それに何より――」


 部下は、心臓が失われた遺体へ視線を落とした。


「野犬に、心臓だけを狙って綺麗に食い取るような知能があるとは思えません」

 

 部下の言葉に、ライネルの表情から僅かに余裕が消えた。


「……なんで、心臓だけを抜き取ったんだ?」


「それにライネル隊長、お気づきですか? 被害がだんだんとこの王都に近づいています」


 言われてみると、最初に見つかった遺体は王都から離れた郊外だったが、今回の遺体は王都から目と鼻の先で見つかっている。


「前回の魔獣とはまた別に、異なる目的を持って生み出された魔獣が存在する。そう考えても、おかしくないかと」


「……目的を持って、生み出された魔獣、か」


 ライネルは低く呟き、再び並べられた遺体の絵へと視線を落とした。


「……嫌な予感がする。王都に入られる前に、討伐隊を組む必要があるな」


 新たな魔獣の存在という最悪の可能性に、ライネルは再び深いため息を吐いた。


「そうですね。おそらく複数の新たな魔獣がいることを想定すると、大規模な討伐作戦になるかと思います」


「他の地域の拠点に声をかけたところで、集まるのはせいぜい中規模程度の隊だけだ。圧倒的に数が足りない」


 先日の大型魔獣の討伐ですら、当事者たちは奇跡に近かったと語っていた。

 そして、その討伐を成し遂げたアルヴィンも、全治数ヶ月を要するほどの大怪我を負っている。

 大型魔獣と比べれば一体一体の力は劣るかもしれない。

 だが、それと同等の力を持つ魔獣が大量に現れたとなれば、こちらもそれ相応の人数を揃えて対処する必要がある。


「さて……どうするものか」


 重くのしかかる現実に、ライネルは深く息を吐いた。

 すると、今回の事件の調査に向かわせていた騎士が、報告書を手に拠点へと戻ってきた。


「クラウス隊長! ご報告に参りました!」


 駆け込んできた騎士の顔は青ざめ、報告書を握る手はカタカタと震えていた。

 まるで、現地で目にしたものが脳裏に焼き付いて離れないかのようだった。


「よく戻ってきた」


 ライネルは、騎士から差し出された皺の寄った報告書を受け取った。

 中身に目を通すにつれ、その表情は険しくなり、やがて再び深いため息を吐いた。


「……お前の考察は、合っていたようだな」


 部下もライネルと同じように表情を曇らせながら報告書を読み進める。

 やがて最後まで読み終えると、しばらく何も言わず、手の中の報告書を見つめ続けていた。

 その報告書には、新たな魔獣が発見されたことが記されていた。

 そして、三十一件目となる被害が、ついに王都でも発生したという。

 だが、幸か不幸か、新たな魔獣は野犬と同程度の大きさで、一体であれば数人がかりで討伐することができたようだ。

 問題は、それが群れを成していたことだった。

 

「ことは一刻を争うな」


 何故、魔獣が誕生したのか、その原因さえ掴めていないというのに、新たな魔獣が出現した。

 しかも、その数は数十匹を超えるという。

 

「…………かくなる上は、レグナリア学院の生徒たちに協力を要請するしかありません」


 部下の提案に、ライネルは耳を疑った。


「子供たちをあの魔獣の前に出せと言うのか?」


「っ! 前線ではなく、あくまで後方支援という形でです!」


 部下も、自ら提案した方法があまりにも酷なものであることは重々承知していたようだった。

 だが、現状ではそれしか方法がなかった。

 運の悪いことに、王都を護衛する聖騎士の半数は、聖騎士長であるディートリヒとともに長期遠征へ出ている。

 帰還を待っている間に、魔獣の大群が王都へ攻め入る可能性もある。

 もはや時間に余裕はなく、王都に残された戦力だけでは、複数の魔獣を相手にするにはあまりにも心許ない。


「……学院に協力を要請するしかない、か」


 ライネルは苦々しげに呟いた。


「後方支援とはいえ、危険がなくなるわけではない。子供たちを戦場に立たせるなど……死ねと言っているようなものだぞ」


 二人の間に、押し潰されそうなほど重い空気が流れる。

 ライネルはしばらく天を仰いだまま考え込んでいたが、やがて意を決すると、協力要請書を書き上げ、それを部下へ手渡した。


「討伐は一週間後に決行する。まずは国王へ作戦決行の許可を得てから、レグナリア学院へ伝達を頼む」


「ハッ!」


 ライネルから指示を受けた部下は、急いで拠点を後にし、馬に跨ると、そのまま王城へ向けて駆け出していく。

 その姿を見送っていたライネルは、血が滲むほど拳を握り締めると、やり場のない感情をぶつけるように壁へ叩きつけた。


「子供たちの未来を守るはずの聖騎士が、守るべき子供たちを戦場へ送り込んでどうする!」


 一週間後――王都防衛を兼ねた魔獣討伐作戦が、正式に決定された。

 レグナリア学院の生徒たちは、まだ知らなかった。

 これが、自分たちの人生を大きく変える戦いになることを。

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