38話 強者との一戦
ガルドとレイに見送られながらアルヴィンは、試合で使用する剣や防具に不正がないか確認するため、急いで選手控え室へと向かった。
「すみません。遅くなりました」
「遅いぞ、アルヴィン」
「先生……」
控え室には呆れ顔のライネルが待っており、アルヴィンの顔を見るなり深いため息を吐きながら、剣や防具、身体検査などを淡々と行っていく。
「お前はいつもいつも、なんでこう面倒事を起こすんだ」
「あははは……」
確認作業を静かに受けながら、アルヴィンはライネルの小言を笑って受け流そうとした。
だが、ぎこちなく浮かべた笑みをすぐに引っ込める。
「いや、あの……。すみません」
この事態を引き起こした張本人の一人であるアルヴィン自身も、まさかここまで大事になるとはこれっぽっちも思っていなかったのだ。
四大貴族との会合で、エレノアが見知らぬ男たちに囲まれている姿を目にした瞬間、自然と身体が動いており、気づいたら男たちからエレノアを引き離すように、彼女の腕を引っ張っていた。
(なんか……無性にイラッとしたんだよな)
それだけで終わらせておけば良かったのだが、湧き出した苛立ちをぶつけるように、レオンハルトをわざと挑発していた。
(相手が誰なのかだって知らないはずがないのに、なんであんなに煽るような挑発なんかしたんだろうな)
「ったく、今更謝ったってもう遅い。分かってるんだろうな? たとえ模擬試合だと言えど、これだけの観客がいるんだ」
試合会場にはすでに数百を超える人々が集まっており、試合が始まるのを今か今かと待っていた。
「お前は学院の生徒の代表として出場するんだ。あまり、恥ずかしい試合はしてくれるなよ?」
「……分かってますよ」
「ふん。なら行け」
確認を終えた剣や防具を再び身にまとい、アルヴィンは会場へ足を踏み入れた。
試合会場にはすでにレオンハルトが立っており、対戦相手であるアルヴィンが姿を現した瞬間、割れんばかりの歓声が沸き起こった。
ウワァァァァァアアアア——
「この私を待たせるとは、いい度胸だな」
ようやく現れたアルヴィンを、レオンハルトはジロリと睨みつける。
その腰には、人の骨など容易く叩き折れそうなほど、重量感のある大剣が携えられていた。
(噂に違わぬ大剣遣い、レオンハルト殿か)
「なんだ? 大剣と剣を交えたことがないなど、つまらないことは言うなよ?」
向けられたアルヴィンの視線に気づいたレオンハルトは、自慢げな様子で携えている木剣を撫でた。
「……騎士の道を志す者で、レオンハルト殿が愛用されている剣を知らない者などおりませんよ」
名乗ることもできないのかと散々煽ってきたアルヴィンの口から、さらりと、ごく自然に自分の名前が出てきたことに、レオンハルトは言葉を失った。
「き、貴様っ! 私の名を知っているではないか!」
「何を当然のことを言ってるんですか? 知っていて当たり前でしょう」
いけしゃあしゃあと答えるアルヴィンに、レオンハルトは怒りを滲ませ、ふるふると肩を震わせる。
「だって、有名人じゃないですか。“無敗のレオンハルト”を聞いたことがない人なんていませんよ」
シュヴァルツ家の嫡男であるレオンハルトは、アルヴィンたちより三つ上の代で、若干二十歳でありながらすでに戦場を経験している。
これまで参加した戦では一度も敗北を喫することなく、大きな功績を残して無傷で帰還したことから、“無敗のレオンハルト”と巷で呼ばれていた。
「あなたと剣を交えることができて光栄です」
アルヴィンは握手を交わそうとレオンハルトに手を差し伸べた。
その瞬間、パシン――と乾いた音が響いた。
「フン。思ってもいないことを口にするな」
叩かれた手のひらには、ヒリヒリと痺れるような微かな熱が残っていた。
レオンハルトは眉間に皺を寄せ、アルヴィンへ刺々しい視線を向けている。
「貴様のような人間と馴れ合うつもりは一切ない」
冷たくそう言い切ると、レオンハルトはさっと身を翻し、アルヴィンから距離を取った。
「つまんねぇヤツ……」
アルヴィンは差し出したままの手をさっと引っ込め、レオンハルト同様に距離を取る。
そうこうしているうちに準備が整ったのか、試合開始を告げるベルが鳴った。
急ごしらえで作られた試合場は、数百を超える観客たちに囲まれており、その誰もがレオンハルトが勝利する姿を期待していた。
(ま。ただの騎士学院に通ってるだけの生徒が、あのレオンハルトに勝つなんて誰も思わないよな)
ライネルからつまらない試合をするなと言われた手前、それなりには足掻いてみようと思っていた。
だが、正直なところ、アルヴィンの中にレオンハルトに勝つ算段はなかった。
レオンハルトは細身でありながらも、その肉体は大剣を振るうためだけに鍛え上げられており、一切の隙を感じさせなかった。
(やっぱ強いよな。……でも)
「……大人しく負けるのだけは嫌なんだよな」
会場中に響き渡る歓声。
その中にはアルヴィンへ向けられたものもあったが、そのほとんどはレオンハルトへと向けられていた。
そんな圧倒的に不利な状況の中、一つの声だけが真っ直ぐとアルヴィンの耳に届いた。
「アルヴィンッ!」
はっきりと聞こえた声の方へ身体を向けると、そこには誰にも負けないほど大きく手を振るエレノアの姿があった。
普段のエレノアからは想像もつかないその行動に、アルヴィンだけでなく、彼女の近くにいた生徒たちも目を丸くしていた。
「勝ちなさいっ!」
アルヴィンが勝つことを信じて疑わないエレノアからの、真っ直ぐで力強い激励に、アルヴィンの胸の奥から何かが込み上げてくる。
「ハハッ! ……凄いな、エレノアは」
アルヴィンはエレノアからの声援に応えるように、高く腕を掲げた。
つい先ほどまで胸の奥にあった迷いは、エレノアの言葉によって綺麗に消え去っていた。
(勝つ算段がない? それがどうした。エレノアが俺に勝てと言ったんだ。なら――応えるだけだ)
「絶対に勝つ」
誓うように言葉を口にした後、アルヴィンは深呼吸を数回繰り返し、対面にいるレオンハルトを真っ直ぐ見つめる。
「……エリュシオン。今回は余計な手出しはするなよ」
『…………』
「これより、模擬戦を開始するっ! 両者、剣を構えっ!」
試合の始まりを告げる声とともに辺りがシンと静まり返り、アルヴィンとレオンハルトは同時に剣を抜き、構えた。
「――始めっ!」
試合の始まりを告げる合図とともに、アルヴィンは地面を強く蹴り、レオンハルトとの距離を一気に詰めていく。
一方、レオンハルトは試合開始早々、迫ってくるアルヴィンを静かに見つめていた。
「動かねぇのかよ……」
レオンハルトは迫り来るアルヴィンに対し、一切動じることなく、その場に立ったまま余裕の笑みを浮かべていた。
(随分と舐められたもんだな)
攻撃の間合いに入り、アルヴィンは振り上げた剣を目にも止まらぬ速さで振り下ろした。
カァァン――!
木剣同士が激しくぶつかり合う乾いた音が響く。
アルヴィンの先手は、レオンハルトの大剣によっていとも容易く受け止められてしまった。
二つの木剣がせめぎ合う中、レオンハルトは全くびくともしない。
対してアルヴィンは咄嗟に間合いを取り直そうと、後方へ下がるために力を抜いたその瞬間、横薙ぎに振り払われた大剣が、アルヴィンの身体を捉える。
「――ッ!」
アルヴィンは咄嗟に剣を構え直し、レオンハルトの攻撃を何とか受け止めたが、凄まじい衝撃に耐えきれず、その身体は後方へと弾き飛ばされた。
「クソッ!」
崩れた体勢を立て直し、アルヴィンは再び剣を構えるが、衝撃をまともに受けた腕には痺れが残っていた。
「たった一撃でこれかよ……」
腕の痺れが影響し、剣先が僅かに震えていた。
(あんな細い身体でここまでのパワーを出せるなんて、もはや反則だろ……)
そんなことを思っていると、それまでその場から動こうとしなかったレオンハルトが、一気に距離を詰めてくる。
大剣を構えたまま、俊敏な動きで迫ってくるその姿に、アルヴィンは目を見開いた。
気づけば既にレオンハルトは間合いに入っており、アルヴィンを叩き潰すかのように大剣が振り下ろされた。
カァァン――!
アルヴィンは咄嗟に剣を両手で支え、レオンハルトの攻撃をなんとか凌ぐ。
だが、圧倒的な重量に押し込まれ、足元がズズッと後方へ滑っていく。
(……っ、重すぎるだろ!)
両手で受け止めているにもかかわらず、大剣は少しずつアルヴィンの剣を押し下げていく。
「くっ――」
押し潰されまいと奥歯を噛み締め、必死に耐えるアルヴィンを見下ろしながら、レオンハルトは意地の悪い笑みを浮かべる。
「……貴様、エレノアに惚れたか?」
「は、はぁぁあ!?」
予想だにしない言葉にアルヴィンは思わず声を荒らげ、動揺した拍子に足を滑らせた。
「うおっ――!」
「なっ――!」
そのまま二人はもつれ合い、勢いよく地面へと倒れ込んだ。




