37話 名門の集う日
突然名を呼ばれたエレノアは、声のした方を勢いよく振り返る。
「ア……アルヴィン!?」
まさかこの場所で会うとは思っていなかったのか。
アルヴィンの姿を目にした途端、エレノアはぎょっと目を見開き、一瞬だけ顔を青ざめさせた。
「では……また後ほど」
エレノアは周囲を囲む嫡男たちにぎこちない笑みを向けると、アルヴィンのもとへ歩み寄る。
「ちょっと! なんであなたがここにいるのよ!」
「それは、俺もそう思ってるけど」
すると、不意に腕を引かれ、エレノアはアルヴィンの背隠されるように引き寄せられた。
「急に何するのよ!」
「いいから」
「……いいからって、なんなのよ」
初めて見るアルヴィンの強引な行動に戸惑うエレノア。
一方、突然の出来事に呆気に取られていた嫡男たちも我に返ると、納得がいかない様子でアルヴィンとの距離を詰めた。
「……君はいったい何者なんだい? どう見ても一般生徒のようだけど」
シュヴァルツ家の嫡男であるレオンハルトは、アルヴィンとの距離をさらに詰めると、品定めするような視線を向けた。
「……アンタ誰だよ」
「なっ!」
「ちょっと!」
まさか一般生徒にそんな態度を取られるとは思ってもいなかったのかレオンハルトは言葉を失い、アルヴィンのあまりにも無礼な返しに、エレノアは思わず声を上げた。
「相手に名前を聞く前に、まずは自分から名乗るのがマナーってやつなんじゃないのか?」
「アルヴィンッ!」
これ以上挑発的な態度を取らせまいと、エレノアは慌てて仲裁に入ろうと一歩踏み出すが、その腕をアルヴィンがぐっと掴み、制した。
「……まさか、アンタほどの身分の人が、それを知らないってわけじゃないよな?」
さらに畳み掛けるように、アルヴィンは相手を小馬鹿にするように「ハッ」と鼻で笑う。
あまりの物言いにレオンハルトは一瞬思考を停止させていたが、その嘲笑が決定打となったのか、腰に佩いていた剣へ勢いよく手をかけた。
「貴様っ!」
「随分と物騒なマナーだな!」
二人はまさに一触即発。
互いに冷静さを失いかけたことで、エレノアを含め辺りは騒然となる。
「アルヴィンッ!」
鋭く響いたセシリアの一声が、その場を制した。
びくりと肩を震わせたアルヴィンの前へ、遅れて駆けつけたセシリアが進み出ると、他の貴族たちに向かって深く頭を下げた。
「この度は、我がアストレア家の者が皆様にご無礼を働きましたこと、心よりお詫び申し上げます」
セシリアの突然の行動に、一部を除き、アルヴィンを含めその場にいた誰もがぎょっと表情を強張らせた。
「ちょ、おいっ!」
まさかセシリアが頭を下げるとは思ってもいなかったアルヴィンは、その隣で慌てることしかできない。
「どうか頭をお上げください、セシリア様!」
自分たちより格上であるセシリアに頭を下げられることなど、他の貴族たちには耐え難かった。
誰もが慌てて声をかけるなか、アルヴィンと揉めていたレオンハルトだけは、どうしても納得のいかない様子で立ち尽くしていた。
「そうですぞ! たかが一介の護衛ごときのために、セシリア様が頭を下げられる必要などございません!」
ようやくセシリアが頭を上げると、周囲はあからさまに安堵の表情を浮かべた。
何とかこの場を穏便に収めようという空気が流れる中、セシリアはレオンハルトへ静かに視線を向ける。
「ですが、私の護衛がレオンハルト様のお顔に泥を塗ったのも事実でございます。私が頭を下げたところで、腹の虫は収まらないでしょう」
セシリアの言葉に、レオンハルトは「当然だ」と言わんばかりに、ふんと鼻を鳴らした。
「……でしたら、今回の非礼に対する償いとして、レオンハルト様のご要望を一つ、お聞きいたします」
セシリアの提案にレオンハルトは口元をにやりと吊り上げる。
事の成り行きを静かに見守っていた者たちは、その表情を見た瞬間、これから面倒なことになると悟った。
「ならば、その男と一戦を交える権利を!」
「はぁ? なんで俺が!」
高らかに宣言したレオンハルトに対し、その場は一瞬静まり返る中、その沈黙を破ったのは、当のアルヴィンの間の抜けた声だった。
「分かりました。先生方、試合会場の準備をお願いします」
嫌な予感が的中したのか、近くにいた教師たちは顔を見合わせるも、セシリアの有無を言わせぬ雰囲気に押され、小さく頷くことしかできず急いで会場の手配に取り掛かる。
「学院の規則に則り、木剣での模擬戦でよろしいですね?」
「えぇ。構いません」
こうして急遽、レオンハルトとアルヴィンによる模擬戦が行われることとなった。
レオンハルトが満足げな表情で準備へ向かう一方、納得のいかないアルヴィンはセシリアへ詰め寄る。
「ちょ、勝手に話を進めるなよ!」
すると、セシリアは呆れたようにため息をついた。
「はぁ……。そもそも、あなたが最初に面倒事を起こしたからこうなったのでしょう? むしろ、丸く収めてあげたことに感謝してほしいくらいだわ」
正論を返され、何も言い返せないアルヴィンに、セシリアは畳み掛けるように言葉を続ける。
「エレノアに変な虫が群がるのが気に食わないのなら、この場であなたの実力を知らしめる絶好の機会じゃない」
「はぁ? 別にそんなんじゃねぇよ!」
思いもよらない指摘に、アルヴィンは分かりやすく動揺を見せた。
そんなやり取りをしていると、少し遅れて追いついたエレノアが、鋭い眼差しでアルヴィンへ詰め寄る。
「あなたね! なんでいつもこう面倒事を起こすのよ!」
アルヴィンとレオンハルトのやり取りに相当胃を痛めたのか、エレノアは深くため息をついた。
「あなたが無駄に挑発した相手は、この国の軍事を担うシュヴァルツ家の嫡男なのよ? 何が気に食わなかったのかは知らないけれど、少しは自制というものを身につけなさい!」
エレノアの説教に、アルヴィンはこれ以上聞きたくないと言わんばかりに、わざとらしく両耳を塞いだ。
「レオンハルト様は、聖騎士長の補佐を務められているお父様に師事されていて、剣の腕も――」
エレノアの言葉に、アルヴィンはぴくりと反応し、ゆっくりと耳を塞いでいた手を下ろした。
「それって、俺がアイツに負けるって思ってるのか?」
先ほどまでとは打って変わり、冷たい響きを帯びたその声に、エレノアは思わず言葉を詰まらせた。
「……そ、そういうわけじゃ」
「なら、俺が勝つ姿だけを見ててよ」
それだけ言い残すと、アルヴィンは模擬戦の準備が整った会場へ向かって歩き出した。
「なんなのよ……」
残されたエレノアは遠のくアルヴィンの背に向かい、言葉を漏らした。
用意された模擬試合の会場には、シュヴァルツ家の嫡男と学院の生徒が一戦を交えるという噂を聞きつけた野次馬たちが集まり、周囲を取り囲んでいた。
「凄い数だな……」
人が人を呼び、瞬く間にその数を増やしていく。
人の多さに圧倒されながらも、アルヴィンは試合の準備を進めていると、騒ぎの中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おいっ! アルヴィン!」
振り向くと、そこには人の波を掻き分けながらこちらへ向かってくるガルドとレンの姿があった。
「うちの生徒がシュヴァルツ家と試合するって聞いて来てみたら、お前だったのかよ」
防具を身につけたアルヴィンの姿を、ガルドは呆れたように見つめ、レンもわざとらしくため息をついた。
「お前なぁ。急にいなくなったと思ったら、アストレア家の護衛として戻ってくるし、今度はシュヴァルツ家と試合だぁ? 何をやらかしたらこうなるんだよ」
ガルドとレンとは、アルヴィンが騎士たちに連行されて以来、会う機会がなく、三人がこうして再会するのは実に数ヶ月ぶりだった。
「いやぁ、色々あったんだよ」
「色々あったにも程があるだろ」
何かがあったことは明白にもかかわらず、はぐらかすアルヴィンに、レンは呆れたように眉を寄せた。
「心配かけて悪かったな」
珍しく素直に謝るアルヴィンの姿に、二人は思わず目を丸くした。
もう少し一言二言、嫌味でも言ってやろうとしていたようだが、それより先に素直に謝られてしまえば、そんな気などどこかへ消え去ってしまった。
「ま、まぁ……無事に戻ってきたし」
「……そうだな」
面食らった様子のガルドは、それ以上何も言えずに頭を掻き、レイもまた少し遅れて小さく頷いた。
「じゃぁ、俺……そろそろ行かないと」
そう言ってアルヴィンが模擬戦の会場へ視線を向ける。
二人もその視線を追い、今まさにアルヴィンが戦いに向かおうとしていることを思い出した。
「勝てよ」
ガルドが短く言葉を投げる。
「怪我だけはするなよ」
続けてレンが声をかけた。
「分かってるって」
アルヴィンはいつものように軽く笑うと、二人に背を向けた。




