34話 あなたを知りたい
独特な緊張感に包まれる中、セシリアは一息つくと、エレノアを真っ直ぐ見つめた。
「数か月後に予定されている学院公開日には、アストレア家もお招きいただいているのだけれど……それよりも早く私が学院を訪れたのには、理由があるのよ」
「理由……ですか?」
レグナリア学院では年に一度、学院内を一般に開放する「学院公開日」が設けられている。
生徒たちが日々の研鑽の成果を披露する場であると同時に、入学を希望する者たちへ向けた学院説明会も兼ねた一大行事だ。
毎年多くの人々が訪れ、四大貴族の当主やその親族も招待されるのが恒例となっていた。
セシリアも本来ならば、その学院公開日に訪れる予定だった。
しかし、予定を大幅に早めて学院を訪れたことで、今回の騒ぎに繋がっていた。
エレノアも何かしらの理由があるのだろうとは察していたが、セシリアの真剣な表情を見る限り、どうやら事態は想像以上に切迫しているらしい。
「先日のベルフォード家一家惨殺事件。アストレア家は、あの事件を重く受け止めているわ」
その言葉を聞いた瞬間、エレノアの鼓動が僅かに速まった。
それと同時に、四大貴族であるアストレア家が、ベルフォード家の事件と何の関係があるのかという疑問が残った。
「気づいているとは思うけれど、ベルフォード家が殺害された理由は――見せしめよ」
セシリアは、はっきりとそう断言した。
「そして、次に命を狙われるのは……私とアルヴィン」
「…………え?」
あまりにも予想外の言葉に、エレノアは動揺を隠せなかった。
それはアルヴィンも同じだった。驚いたように目を見開くと、すぐさま身を乗り出す。
「ちょっと待て! なんでそれをエレノアに話すんだよ! 巻き込まないって話だっただろ!」
「アルヴィン、少し黙っていなさい」
「黙ってられるかよ! 話が違うだろ!」
「アルヴィンッ!」
なおも声を荒らげるアルヴィンを、セシリアの鋭い一喝が遮った。
その表情には、先ほどまでの柔らかな面影はない。
「あなたがあの日、身勝手な行動を取ったからこうなっているのよ。ベルフォード家が殺された直後、あなたはどんな目に遭った? 少しは冷静になって思い出しなさい」
「それは……」
「あなたがエレノアと関わっている姿を、犯人やその関係者に見られていた可能性だってあるのよ。そうなれば、エレノアだって無関係ではいられないわ」
その言葉に、アルヴィンはハッと息を呑み、表情を強張らせた。
「理解したかしら? もう、巻き込む巻き込まないの話ではないのよ」
エレノアは、目の前で繰り広げられる二人の口論を、ただ黙って見つめることしかできなかった。
自分たちが置かれている状況の深刻さを理解したのか、アルヴィンはそれ以上反論することなく口を閉ざす。
そんなアルヴィンの様子を一瞥すると、セシリアは再び静かに口を開いた。
「見苦しいところを見せてしまって、ごめんなさい。どうして私やアルヴィンが次に命を狙われる可能性があるのか……今はまだ詳しく説明できないけれど、エレノア。あなたも決して無関係ではいられないわ」
「わ、私も……」
「えぇ。巻き込んでしまって、ごめんなさい」
そう言うと、セシリアはエレノアに向かって深く頭を下げた。
「セ、セシリア様!? どうか頭をお上げください!」
思いもよらない行動に、エレノアは慌てて立ち上がる。
四大貴族の当主であるセシリアが、自分に対してここまで深く頭を下げるなど想像もしていなかった。
ようやく頭を上げたセシリアは、再びエレノアを見つめる。
「こういう状況でしょう? 屋敷にいるよりも学院にいた方が安全だと判断して、予定を切り上げてこちらへ来たのよ」
「そ、そういうことだったのですね」
エレノアはひとまず納得したように頷いたものの、頭の中は混乱したままだった。
(ベルフォード家の事件は、まだ終わっていない。そして、その次に狙われる可能性があるのが……セシリア様とアルヴィン?)
考えれば考えるほど、疑問ばかりが膨らんでいく。
(でも、どうしてベルフォード家の次がアストレア家なの? それに、セシリア様とアルヴィンはいつから知り合いだったの?)
一つずつ疑問を紐解いていきたいところだったが、セシリアの表情を見る限り、これ以上何を尋ねても答えてはくれないだろう。
すると、何かを思いついたのか、セシリアが突然ポンと手を打った。
「そうだわ! エレノアも、しばらくここで一緒に過ごしましょうよ。部屋も余っているようですし」
「…………え?」
あまりにも唐突な提案に、エレノアは目を瞬かせる。
黙って話を聞いていたアルヴィンも、さすがに驚いたのか、呆気に取られたようにセシリアを見つめていた。
「はぁ!? ちょ、何を勝手なこと言い出してんだよ!」
「アルヴィンと一緒にいるのも、私の護衛を兼ねてもらっているからなの。エレノアもいてくれたら、心強いわ」
セシリアにそこまで言われてしまえば、エレノアに拒否権などないも同然だった。
ちらりとアルヴィンの様子を窺うと、明らかに動揺しているようで、エレノアが視線を向けていることにすら気づいていなかった。
「アルヴィン。どうせあなたのことだから、エレノアを一人にしておけば心配で落ち着かないでしょう? だったら、一緒にいた方があなたのためにもなるのよ?」
「は、はぁっ!? そんなわけないだろ!」
しかし、セシリアにはどうやらアルヴィンの声だけが聞こえていないらしい。
彼の抗議をよそに話はあれよあれよという間に進み、しばらくの間、セシリアの護衛という名目で三人は同じ屋根の下で生活することになった。
「エレノア、必要な物をまとめたら、また戻ってきてちょうだい」
「は……はい。分かりました」
気づけば、一時的に寮を離れるための手続きまで済まされていた。
こうしてエレノアは、セシリアに言われるがまま一度寮へ戻り、必要な荷物をまとめて再び別館へと戻ってきた。
(なんだか凄いことになったな……)
そんなことを考えながら別館へ戻ると、その前ではアルヴィンがエレノアの帰りを待っていた。
二人は互いの存在に気づくと、あまりにも早く話が進んでしまったこともあり、何と声を掛ければいいのか分からず、ぎこちない沈黙が流れる。
その沈黙を先に破ったのは、アルヴィンだった。
「…………巻き込んで、悪いな」
そう口にしたアルヴィンは、申し訳なさそうに目を伏せていた。
いつもの飄々とした彼からは想像もつかない、罪悪感に満ちており、エレノアがそんな顔を見るのは、初めてだった。
「まだそんなことを気にしていたの?」
「当たり前だろ? 俺が巻き込んだのは事実だし」
「別にいいわよ。私だって納得した上でここにいるんだから」
「でも――」
「そんなことより」
なおも何か言おうとするアルヴィンを遮り、エレノアはじっとその顔を見つめた。
「あなた、少し痩せたわね。怪我も、まだ治ってないじゃない……」
改めて近くでアルヴィンを見つめると、頬の肉は僅かに痩け、首筋や鎖骨も以前よりくっきりと浮き彫りになっていた。
まだ痛々しく残る傷跡の数々が、この六日間で彼がどれほど過酷な目に遭ってきたのかを、何より雄弁に物語っていた。
「これくらい、別に平気に決まってんだろ?」
本人は気にしていない素振りで言うが、エレノアにとってはそんなことどうでもよかった。
アルヴィンがこんな状態になるまでの状況に置かれていた。
その事実こそが、何よりも胸を締めつけた。
「……あなたが、私に話せないことがあるのは分かってるの。でも、いつか……」
喉元まで出かかっていた言葉を、エレノアはぐっと飲み込んだ。
「……私には、まだそんな資格ないわね」
「エレノア……」
エレノアが何を言いかけたのか――それに気づいたアルヴィンは、そっと彼女の名を呼ぶ。
すると、館の中から二人を呼ぶセシリアの声が聞こえてきた。
「セシリア様が呼んでるわ。中に入りましょ」
「お、おう……」
エレノアは踵を返すと、アルヴィンをその場に残したまま館の中へ入っていった。




