32話 懐かしき来訪者
牢の中へぞろぞろと聖騎士達が入り込み、アルヴィンの周囲を取り囲む。
「さっきソイツに殴られたばっかなんだけど?」
その中には、先程までアルヴィンを殴っていた男の姿もあった。
傷ついた拳には包帯が巻かれ、うっすらと血が滲んでいる。
「そんなことはどうでもよい」
一人が冷たく言い放つと、問答無用でアルヴィンの頬を殴りつけた。
バコッ——と肉を打つ鈍い音が響く。
ようやく血の止まっていた傷口が再び裂け、ポタポタとアルヴィンの足元へ赤い雫が落ちる。
「……どうせまた、『お前が殺した』って言うんだろ? 洗脳しようったって、無駄だからな?」
何度も聞かされた言葉を、アルヴィンは「ハッ!」と鼻で笑いながら口にする。
すると、アルヴィンを殴りつけた男が、その髪を乱暴に鷲掴みにした。
「あの日っ! 貴様は何を聞いた!」
「ゔっ——」
髪を引っ張られ、強引に顔を上げさせられる。
アルヴィンを睨みつける男の目は血走り、その表情には明らかに切羽詰まったような焦りが滲んでいた。
「はぁ? 聞いたってなんだよ!」
チラリと周囲を窺うと、アルヴィンを取り囲む聖騎士達は、誰もが目の前の男と同じように余裕のない表情を浮かべていた。
(どうしたんだよ、急に。コイツら、なんでこんなに焦ってんだ!)
「貴様がベルフォード家の令嬢と初めて会った日、何を聞いた! 早く答えろっ!」
「べつに、俺は何も聞いてない!」
「そんな訳があるかっ!」
「何も聞いていない」というアルヴィンの答えに痺れを切らした男は頬、腹、頭へと立て続けに拳を振るう。
(ついさっきまでは殺人を認めさせようとしてきたくせに、今度は俺が何を聞いたか知りたがってる……。コイツら、一体何が目的なんだ!)
ボタボタと血を吐くアルヴィンに、それでも男は拳を振るい続ける。
度重なる衝撃に、アルヴィンの意識は次第に朦朧としていった。
「ゲホッ——。だから、俺は何も聞いてないって……さっきから言ってんだろ。ゴホッ!」
数日間にわたって蓄積した暴力によるダメージに加え、睡眠不足と空腹も重なり、ついにアルヴィンの意識は完全に途切れた。
「ケホッ——ケホッ!」
意識を取り戻すと、頭からつま先まで全身がびしょ濡れになっていた。
どうやら、また水を浴びせられて無理やり起こされたらしい。
「アイツら、加減を知らないのかよ……」
すでに聖騎士達の姿はなく、先ほどまで散々好き放題にされたことを思い出し、アルヴィンは悪態をつく。
「それにしても、急にどうしたんだよ」
アルヴィンは、執拗に「令嬢から何か聞いていないか」と問い詰めてきた聖騎士達の姿を思い返す。
(殺人犯として仕立て上げようとしてた相手に、今度は令嬢から何を聞いたか吐かせようとしてくる……)
「目的が、変わったのか?」
ベルフォード家を殺した真犯人は、必ず別にいる。
にもかかわらず、その真犯人を探そうともせず、殺される直前に公の場で令嬢と一緒にいたというだけで、アルヴィンを連行した聖騎士達。
そして今になって、彼らはアルヴィンが令嬢から何を聞いたのかを執拗に問い詰めてきた。
「…………余計なことを喋ったら、こうなるからな?」
アルヴィンは、ベルフォード家の遺体が屋敷の前に吊るされていたことを思い出す。
本来は貴族の間だけで行われるはずだったパーティーに、いるはずのない平民が一人紛れ込んでいた。
「パーティーと何の関係もない俺が参加してた上に、ベルフォード家の令嬢とずっと一緒にいた……」
そして、その直後にベルフォード家は惨殺された。
(殺しの動機が本当に見せしめだとしたら……ベルフォード家と同じ何かを知る者へ向けた警告だと考えるのが自然だ)
「ベルフォード家が惨殺されたことを知って、明らかに様子がおかしくなった貴族がいたのも事実……」
そう考えれば、遺体をわざわざ人目につく場所へ晒した理由にも説明がつく。
アルヴィンは、これまでのエレノアとの会話や、パーティーで見聞きしたことを頭の中で反芻する。
「貴族、ベルフォード家、孤児院……」
一見すると繋がりのない言葉を、一つずつ頭の中で並べていく。
「……水面下で何かが動いてるって、エレノアが言ってたな」
もし、ベルフォード家が殺された原因が孤児院に関係しているのだとしたら、それについて外部に漏らすことさえ許されない、何かがある。
「……貴族連中は、別の目的で孤児院を増やしてる?」
繋がらないと思っていた点と点に、少しずつ線が引かれていく。
だが、肝心の目的だけが見えてこない。
「別の目的……か」
(目的は金か? いや、孤児院は継続的に費用がかかる。利益なんてもんは望めない)
アルヴィンは「うーん」と唸りながら考え込む。
その時、ふと脳裏にある出来事が過った。
「いや、いやいやいや!」
アルヴィンは勢いよく顔を上げる。
(あっただろ! 子供が関わった事件!)
少し前に起きた、子供達の誘拐事件と、その裏で起きていた魔獣騒ぎを思い出した。
「あの事件も、狙われてたのは子供だった……。待てよ?」
誘拐された子供達。
各地で増やされている孤児院。
そして、その裏で動いている貴族達。
そこまで考えた瞬間、アルヴィンの表情から僅かに余裕が消えた。
——子供を集める。
「ハハッ……まさかな」
あの頃と今回の事件が繋がっている証拠など、どこにもない。
それでも、一度浮かんだ嫌な予感を振り払うことはできなかった。
(もし、俺が考えている通りなのだとしたら——)
「まだ、続けてたのかよ」
その時だった。
アルヴィンの思考を遮るように、「お待ちくださいっ!」と聖騎士の焦った声が響く。
それに続いて、カツ——カツ——と硬質な足音が石造りの廊下に響き渡った。
明らかに、聖騎士達が履く靴の音とは違う。
少なくとも、近づいてくるのが聖騎士ではないことだけは分かった。
アルヴィンは僅かに緊張した面持ちで、徐々に近づいてくる足音に身構える。
やがて鉄格子の向こうに現れた懐かしい人物を目にした瞬間、大きく目を見開いた。
「な……。な、なんで……?」
「なんで、ですって? それはこちらのセリフよ」
女は驚くアルヴィンの姿を見つめ、確かめるように口を開く。
「今は確か……アルヴィン。そう名乗ってるのよね?」




