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反逆騎士の叛命録《リベリオン》  作者: 黒ひげの猫
二章

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30話 理不尽な尋問

 身体の芯から震えるような冷水を頭から浴びせられ、アルヴィンはようやく目を覚ました。


「んっ……」


 後頭部を何度も殴りつけられたような鈍い衝撃が残る中、身体を起こし、霞む視界を頼りに辺りを窺う。


「どこだ、ここ……」


 全体的に薄暗い石造りの空間には、各所に設置された松明の灯が揺らめいている。

 どんよりとした重苦しい空気に混じって、腐敗臭が鼻を突いた。

(なんだよ、この臭い……鼻が曲がりそうだ)

 あまりの悪臭に顔を顰めていると、カチャリ——と背後で何かが動く音が響いた。


「誰だっ!」


 音と同時に背後から何者かの気配を感じ、アルヴィンは素早く振り返り身構える。

 しかし、それよりも早く鳩尾へ重い一撃が叩き込まれた。


「チッ——。このクソったれが!」


 アルヴィンを殴りつけた男が、吐き捨てるように舌打ちした。


「カハッ! ゴホッ!」


 鳩尾への一撃で肺の中の空気が一気に押し出され、アルヴィンは身体をくの字に折ってその場に蹲る。

 男は、相当な恨みでもあるのかアルヴィンの上に馬乗りになると、二度、三度と立て続けに拳を叩き込んだ。


 ドコッ——!


 バキッ——!


「お前っ! 何すんだよ!」


「お前がっ! お前さえいなければ!」


 アルヴィンは両腕で急所を庇いながら、身に覚えのない言葉を浴びせられ、繰り返し拳を叩き込まれ続ける。

 反撃の機会を窺う中で、アルヴィンは男の様子に違和感を覚えた。

(コイツ……焦点が合ってないな?)

 馬乗りになっている男の目は、確かにアルヴィンを捉えている。

 だが、その瞳はどこか虚ろで、まるでアルヴィンではない別の誰かを見ているようだった。

(コイツには一体、何が見えているんだ?)

 ただ一方的にやられ続けるだけでは性に合わず、アルヴィンは振り下ろされた男の拳を手首ごと掴むと、そのまま相手の体勢を崩した。

 今度はアルヴィンが男に馬乗りになると、抵抗する隙を与えないよう顔面へ拳を一発叩き込む。

 ドゴッ——と鈍い音が響き、男は「ゔっ!」と小さく呻き声を漏らした。

 トドメにもう一発拳を振り下ろそうとした、その時だった。


「やめろっ!」


 拳を止め、声のした方へ視線を向けると、騒ぎを聞きつけて駆けつけた騎士が鉄格子の向こう側に立っていた。

 アルヴィンは一度動きを止めた。

 しかし、下敷きになっている男が僅かに身じろぎしたのを見て、今度こそ意識を刈り取ろうと騎士の制止を振り切り、もう一発拳を振り下ろした。

 男がぐったりと動かなくなったことを確認すると、アルヴィンはその上から退き、両手を上げた。


「コイツ、やりやがったな!」


「殺しちゃいない。気を失っただけだ」


 アルヴィンに反抗する意思がないことを確認した騎士が、緊張した面持ちで牢屋の中に入り、アルヴィンを拘束する。

(……どうしてこうなったんだ?)

 アルヴィンは拘束されている状況を静かに受け入れ、数時間前のことを思い出した。






 数時間前——。

 エレノアから、ベルフォード家が一家全員が惨殺された話を聞いた直後、レグナリア聖騎士学院に乗り込んできた聖騎士達にアルヴィンは拘束された。

 かけられた嫌疑は、ベルフォード家一家殺害。

 アルヴィンはもちろん、エレノアも容疑を否定したが、騎士達は「証拠は全て揃っている」の一点張りだった。

 埒が明かない状況に、アルヴィンが僅かに抵抗の意思を見せたことが原因で、複数の聖騎士から殴る蹴るの暴行を受け、気を失うまで痛めつけられた。

 そして、目を覚ました時には、この牢屋に入れられていた。

(ベルフォード家が惨殺される直前に関わっていたのは事実。疑われるのは当然と言えば当然か)

 アルヴィンが貴族という身分だったなら、状況は少し違っていたのかもしれない。

 だが、平民でありながらベルフォード家の令嬢と交友関係を持ち、その直後に一家が惨殺された。

(どう潔白を証明したところで、最悪の場合は絞殺か斬首刑は免れないだろうな)


「さて……どうするかな」


 学院で聖騎士達に拘束され、気を失うまでの間、エレノアが必死にアルヴィンは殺害など犯していないと訴えていた姿を思い出す。

(……もう、会えなくなるのは嫌だな)

 そんなことを考えているうちに、鎖で拘束されたアルヴィンの身体は、さらに動きを封じるため木製の椅子へと繋がれ、両手足をそれぞれ固定された。

 その警戒ぶりに、アルヴィンは思わず笑みを零した。


「ハハッ! ガキ相手にどんだけ警戒してんだよ」


「少しは口を閉じろ」


 すると、ぞろぞろと複数の聖騎士が集まり始め、アルヴィンを取り囲む。

 その中には、当然アルヴィンの意識を奪った聖騎士の姿もあった。


「……で? なんで俺が拘束されてるのか、説明してくれるんだろうな?」


 拘束され、聖騎士達に取り囲まれてなお、高圧的な態度を崩さないアルヴィンに、その場にいた者達は眉間に皺を寄せた。


「貴様がベルフォード家一家を殺害したからに決まっているだろう」


 聖騎士はさも当然のように答える。

 何度も聞かされたその言葉に、アルヴィンはわざとらしく肩を竦めた。


「だから。何度も言っただろ? 俺は殺しに一切関与していな——」


 すると、アルヴィンが言葉を言い終える前に、バシン——と頬を打たれ、顔が勢いよく横へ弾かれたと同時に、口の中へ鉄の味が広がる。

 口の中が切れたのか、じわじわと溜まっていく血を騎士達の足元へ吐き捨てた。

 

「俺が殺したって言うなら、その証拠を見せろって——」


 再び言葉を言い終える前に、今度は別の聖騎士がアルヴィンの腹へ重い一撃を叩き込んだ。

 反動で椅子ごと後ろへ倒れ、それでも気が収まらないのか、腹や顔へ立て続けに蹴りが叩き込まれる。


「ガハッ! コホッ!」


 咳き込む度に血や胃の内容物を吐き出し、それでも繰り返される暴力に、アルヴィンは湿った笑い声を漏らした。


「ハハッ、そういうことかよ。国の平穏を守る聖騎士にしちゃ、随分と汚いやり方じゃないか?」


 血や嘔吐物にまみれたアルヴィンを、汚物でも見るかのような目で見下ろした聖騎士達は、用意していた水を叩きつけるように浴びせた。


「やり方が汚いだと? 殺人を犯した貴様に、そのようなことを言われる筋合いはない」


「そうかよ。でもな、俺はかなりしぶといんだ。我慢比べの相手を間違えたな」


「いつまでその口を利いていられるか見ものだな」


 聖騎士達は鼻で笑った。

(俺がベルフォード家を殺したって認めるまで続けるつもりなら、分が悪かったな)

 すると、聖騎士の一人がアルヴィンに殴られて気を失っていた男へ視線を向け、短く命じる。


「起きろ」


 すると男は、何事もなかったかのように静かに起き上がる。

 のろのろとアルヴィンのもとへ歩み寄ると、床へ倒れていた椅子をアルヴィンごと起こし、その横でぴたりと動きを止めた。

(ど、どういうことだよ……)

 その男の様子に、アルヴィンは思わず言葉を失った。


「ソイツを見張っておけ」


 聖騎士は男へそう命じると、牢の中にアルヴィンと男を残し、その場を後にした。

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