03話 模擬試合、開幕
アルヴィンたちは朝からステーキを三枚ほど平らげると、慌てて訓練場へと駆け出した。
「あー、食いすぎたかも……」
走りながら、ガルドが苦しそうに脇腹を押さえる。
「だから言っただろ、食いすぎだって!」
アルヴィンは呆れたように声を上げた。
「しょうがないだろ!? 食堂のオバチャンが食えって――」
アルヴィンとレンが三枚で止めていたのに対し、ガルドの皿には五枚ものステーキが積まれていた。
ガルドは途中からは手を止め、虚空を見つめたままぎこちない動きでステーキを口へと運び、やがて咀嚼も雑になり半ば無理やり詰め込むようにして飲み込んでいたのだ。
食べ終えた直後に走り出せば、こうなることくらい分かりきっている。
今にも限界を迎えそうなガルドに向かって、アルヴィンはさらに声を張る。
「絶対に吐くなよ! 掃除すんの面倒なんだから!」
「少しくらい心配してくれてもいいだろ!」
ガルドは顔を歪めたまま叫び返す。
「……自業自得だろ」
レンがぼそりと呟き、遅れ始めたガルドを置いてアルヴィンの隣に並ぶ。
「なんか、今日はやけに人が多くないか?」
訓練場へ近づくにつれて生徒の数が増えていき、やがて行く手を塞ぐように人だかりができていた。
アルヴィンはその光景にわずかに眉を顰め、何でもないように視線を逸らす。
「あー、なんでだろうな?」
アルヴィンたちが訓練場に着いたと同時に「待っていたぞ」と言わんばかりに周囲にいた生徒たちの視線が一斉に集まった。
「なんか、見られてるな」
ざわめきが徐々に大きくなる。
レンは周囲を見回し、訝しげにアルヴィンへ視線を向けた。
「……お前、何かやらかしたのか?」
「やらかしたってなんだよ……」
アルヴィンはわずかに目を逸らした。
「エレノアに宣戦布告されただけだ」
その声は、周囲のざわめきに紛れてほとんど聞こえないほど小さかったが、レンは人一倍耳が良い。
アルヴィンの呟きも、はっきりと聞き取っていた。
「は?」
予想外の言葉に思わず声が漏れ、そのまま体の動きが止まった。
「あのエレノアに、宣戦布告されたのか……?」
レンの声がわずかに上ずる。
“氷の女王”と呼ばれるエレノアは、他人に関心を示さないことで知られていた。
その彼女が、特定の相手と試合を繰り返すだけでも十分に異例だというのに、ましてや宣戦布告。
学院トップクラス同士が本気でぶつかる模擬試合、そんなものそうそう見られるものじゃない。
人集りの理由を知ったレンは小さく息を吐き、アルヴィンを横目で見る。
当の本人は、どこ吹く風といった様子で野次馬たちに冷ややかな視線を向けていた。
「ったく、見世物じゃねぇってのに」
レンは一歩踏み込み、アルヴィンの背中を遠慮なく叩くと「パシン」と乾いた音が響いた。
「痛っ! なにすんだよ、突然!」
振り返るアルヴィンを、呆れた目で見返す。
「情けない姿、見せんなよ」
せっかく面白い試合になりそうだというのに、早々に決着がつくのは気に食わない。
「……分かってるよ」
アルヴィンも同じことを考えていたのか、ため息混じりに答える。
その直後、少し遅れてガルドがようやく追いついてきた。
「お、おい……待てよ……」
アルヴィンとレンがそちらに視線を向けた瞬間、思わず言葉が止まる。
相当限界に近いのだろう。
顔色は真っ青を通り越してほとんど土気色で、額には汗が浮かび、視線も泳いでいる。
「な、なぁ……本当に大丈夫か?」
「どっか横になれる場所……」
見かねたアルヴィンは、ガルドの背中をゆっくりさすり、一方でレンは周囲を見回し、横になれそうな場所を探し始める。
「だ……大丈夫だっ! これから、模擬試合っ……」
ガルドは無理に声を張るが、その様子は明らかに限界に近い。
「本当にコイツは……」
レンは深くため息をつき、ガルドの体を支えるように肩を抱いた。
「コイツは俺が救護室に連れていく。お前の試合までには戻る」
「あ、あぁ。頼むな」
人一倍模擬試合に執着しているガルドがあの状態で離脱し、これからの試合を見逃したと知れば、間違いなく荒れるだろう。
その様子を想像し、アルヴィンは小さくため息をついた。
一人残されたアルヴィンは、試合までの時間をどこかで潰そうと歩き出しかけた、そのときだった。
「あなた、随分と遅いじゃない」
「……いや、まだ時間に余裕はあるだろ?」
振り向くと、試合用のアーマーを既に装備したエレノアが立っていた。
「もうすぐ試合よ? どこにいたの」
アルヴィンの姿を見て、エレノアはわずかに眉を顰める。
「……まだ何の準備もしていないの?」
呆れを含んだ、ため息が落ちた。
「試合? まだ先だろ?」
「……あなた、今までの試合をちゃんと見ていないわね」
エレノアは短く言い切る。
「私たちの試合、あと二試合後には始まるわ」
「おっと、結構進んでんだな……」
「あなたって人は……。早く準備をしなさい」
「はいはい、分かりましたよ」
アルヴィンはひらひらと手を振り、これ以上何か言われるのを避けるように、さっさと踵を返しそのまま武器登録の列へと向かう。
やがて試合の時間が近づき、アルヴィンが訓練場の中央へ向かうと、そこには軽く体を動かしながら静かに呼吸を整えているエレノアと、審判を務める二人の教師の姿があった。
「アルヴィン・ヴァルハルト。急ぎなさい」
「はいはい……」
一人の教師に急かされ、アルヴィンはエレノアの隣へと並ぶ。
エレノアの視線が、アルヴィンの装備をなぞり、そしてわずかに眉間へ皺が刻まれた。
アルヴィンの装備は最低限で、手の甲に防具を付けているだけという、ほとんど無防備に近い状態だった。
何か言いたげなエレノアに、「なんだよ」と言いかけたそのとき、審判の教師が場を切り替えるように声を張り上げた。
「エレノア・グレイシア。武器はロングソード。対して、アルヴィン・ヴァルハルト。武器はナイフ」
「ナイフ!?」
エレノアの声が、明らかに強くなる。
この真剣勝負の場でアルヴィンがナイフを選んだことに、動揺を隠しきれていない。
「だから、なんだよ!」
「ナイフって、あなた……何を考えているの?」
エレノアはわずかに言葉が詰まらせる。
「何を考えてるって……ナイフが一番しっくりくるんだよ。それに、この試合は使用武器は自由だろ?」
確かにルール上、使用武器は自由だが実際には、ほとんどの生徒がエレノアと同じように剣を選んでいる。
ナイフを武器にする者など、これまで一人もいなかった。
「もういいだろ? さっさと始めようぜ」
アルヴィンはそう言い、エレノアから間合いを取り、我に返ったエレノアも静かに距離を置いた。
二人が向かい合ったのを確認し、その一瞬の静寂を切り裂くように、教師が笛を鳴らした。
ピィィィィイイイイッ――――
笛が鳴り響いた直後、先に踏み込んだのはエレノアだった。
「相変わらず速いな……」
一直線に間合いを詰めてくるエレノアに対し、アルヴィンは余裕を崩さぬまま、その場で静かに迎え撃つ構えを取る。
エレノアの剣先が間合いへ届いたと同時に、アルヴィンは地を這うように身を沈め、振り下ろされた剣が頭上すれすれを掠めた。
「っ――」
視界からアルヴィンの姿が消え一瞬、エレノアに隙が生まれる。
「教本通りはつまらないって、言っただろ?」
低く呟くと同時に、アルヴィンは腰をぐるりと捻り、その反動を乗せて円を描くようにエレノアの足を薙ぎ払った。
「なっ――」
死角から足元を払われ、エレノアの体勢が崩れる。
その横をすり抜けざま、アルヴィンは片手のナイフを鋭く振り抜いた。
だがエレノアは、崩れた体勢のまま上体をわずかに捻り、その刃を紙一重で躱す。
「その状態で躱すのかよ」
一瞬の隙を突いたはずだった。
それすら凌がれたことに、アルヴィンは思わず目を見開く。
そして次の瞬間、エレノアは捻った身体の勢いをそのまま利用し、流れるように剣を振り下ろした。
受け身だけで終わる相手ではないと読んでいたアルヴィンは、逆手に握ったナイフでその一撃を受け止める。
「だと思ったよ」
わずか数秒。
その一瞬に凝縮された攻防に、観戦していた生徒たちからどよめきと歓声が巻き起こった。
「……随分、余裕そうね」
エレノアの視線がわずかに細まる。
「それはそっちも、だろ?」
アルヴィンはナイフを逆手に構えたまま、軽く言い返した。




