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反逆騎士の叛命録《リベリオン》  作者: 黒ひげの猫
二章

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28話 君と踊る夜

 甘ったるい香りと共に現れた令嬢は、真っ直ぐアルヴィンのもとへ歩み寄る。


「アルヴィン、探したのよ?」


「ロゼリア様」


 ロゼリアと呼ばれた令嬢は、白く美しい手をアルヴィンへ差し出す。

 すると、アルヴィンはその手を取ると、口元へゆっくりと運び、手の甲へ優しく唇を落とした。


「なっ!」


 親密そうな二人の関係を目の当たりにしたエレノアは、驚きのあまり瞳を大きく見開き、声を荒らげた。

 アルヴィンはまるで名残惜しむように手の甲から唇を離すと、愛おしげな眼差しでロゼリアを見つめる。


「お美しいです」


「誰よりも?」


「えぇ。この場の誰よりも、ロゼリア様が一番お美しいです」


 すると、ロゼリアは満足げな様子でしばらくアルヴィンを見つめたあと、ようやくエレノアへと視線を向けた。


「エレノア様、私のパーティーにご参加いただき、ありがとうございます。お越しいただけて光栄ですわ」


「……こ、こちらこそ。ご招待いただき、ありがとうございます」


 ロゼリア・ベルフォード。

 彼女はベルフォード家の嫡女であり、このパーティーの主催者でもある。

 ベルフォード家は宝石商として名を馳せているが、正直なところ、あまり良い噂は聞かない。

 ぼったくりだの、宝石の質が悪いだの、偽の商売話を持ち掛けられただの――数え上げればきりがない。

 中には、ベルフォード家の被害に遭ったと、グレイシア家へ相談に訪れる者もいるほどだ。


「相変わらず素敵なドレスをお召しですね」


「ありがとうございます。我が家が取り扱う一級の宝石を、ふんだんにあしらっておりますの」


 ロゼリアが身にまとっているドレスは、高級感の漂う赤い生地をふんわりと広げたような作りになっており、胸元や裾にはこれでもかというほど宝石が散りばめられている。

 ドレスだけでは飽き足らず、首元で輝くネックレスや耳元を彩るピアス、指先を飾る指輪に至るまで、すべて宝石で彩られていた。


「エレノア様も……素敵なドレスですわ」


 装飾がほとんど施されていない、シンプルなデザインのエレノアのドレスを見たロゼリアは、何とも言えない表情を浮かべた。

 褒め言葉を口にしなければならない立場とはいえ、ロゼリアも言葉選びに苦労したのか、ようやく絞り出したのはありきたりな一言だった。


「ありがとうございます。ところで、アルヴィンとはどういったご関係で?」


 エレノアは、未だ答えを聞けていないアルヴィンとロゼリアの関係を、本人へ直接尋ねた。

 すると、ロゼリアは横に立つアルヴィンの腕へ、自らの腕を絡める。


「アルヴィンは本日、私のエスコートをお願いしておりますの」


 まるでエレノアに見せつけるかのように、ロゼリアはぴったりと身体をアルヴィンへ寄せた。


「エスコート……ですか?」


「えぇ。アルヴィンったら、どの殿方よりもエスコートがお上手で、ダンスも優しくリードしてくださるの」


「アルヴィンが……。ダ、ダンスを?」


 このような場で格式あるダンスを踊るアルヴィンの姿がどうしても想像できず、エレノアは思わず聞き返した。


「アルヴィン、私はまだご挨拶が済んでおりませんの。その間、エレノア様をエスコートして差し上げて? お一人ではお寂しいでしょうし」


 先程からロゼリアに挑発的な態度を取られ続け、エレノアは思わずムッと——口を尖らせた。


「ロゼリア様がそう仰るのでしたら」


 そう言ったアルヴィンは、ロゼリアと組んでいた腕をするりと抜くと、エレノアの前で静かに一礼し、左手を差し出した。


「お手を」


 促されるまま、エレノアはおずおずと指先を重ねる。

 するとロゼリアは、「では後ほど」とアルヴィンの耳元で囁いたあと、その頬へ軽く口づけを落とした。

 そして、エレノアへ作り物のような笑みを向けると、人混みの中へと消えていった。

 ようやく去っていくロゼリアの背中を最後まで見つめていたエレノアは、あまりいい気分ではなかった。


「牽制のつもりかしら……」


「エレノア? どうしたんだよ」


 あまりいい気分がしない原因の一つでもあるアルヴィンは、状況をよく理解していないのか、ぽかんと気の抜けた表情を浮かべている。

 その頬には、うっすらと紅が残っていた。


「…………あなたも、あまり都合よく扱われないことね」


 ロゼリアが残していった紅の跡を、エレノアは指先でそっと拭い取ると、再びアルヴィンの手を取った。


「あなたがダンスを踊れるなんて、初めて知ったわ」


「そりゃ、生まれも育ちも王都の男なんだから、エスコートしながら踊るくらいできて当然だろ?」


 アルヴィンは重ねられたエレノアの手を優しく支え、舞踏会の中央へと歩き出した。

 エレノアの細く引き締まった腰へアルヴィンの手がそっと添えられ、二人の距離はぐっと近づく。

 軽快な旋律に合わせて二人は軽やかにフロアを滑るように進み、周囲の貴族たちの間を優雅にすり抜けていく。

 思っていた以上に安定したアルヴィンのリードに、エレノアは思わず目を丸くした。

 

「そんな顔してどうしたのよ」


 ふと視線がなぜか合わないことに気づき、見上げるとアルヴィンがどこか気恥ずかしそうな表情を浮かべていた。

 アルヴィンは歯切れ悪く「いや……」と答えるだけだった。

 煮え切らない態度にしびれを切らしたエレノアがさらに問い詰めると、アルヴィンは視線を逸らしながら、ようやく口を開く。


「その、ドレス……すごく似合ってる」


 そんな言葉が返ってくるとは思っておらず、エレノアは一瞬呆気に取られた。

 だが、つい先程もアルヴィンがロゼリアへ似たような言葉を口にしていたことを思い出す。


「それはどうも。さっきも似たようなことを言っていたわよね? 随分と言い慣れた台詞じゃない」


 ロゼリアへ向けていた「この場の誰よりも美しい」という言葉が脳裏をよぎり、エレノアは思わず棘のある言い方をしてしまった。

 エレノアの素っ気ない態度の理由に思い当たったアルヴィンは、呆れたようにため息をついた。


「あのなぁ、アレが本心だと思うのか?」


「……そうとしか聞こえなかったけれど?」


 曲調が変わり、アルヴィンはエレノアの手を軽く持ち上げた。

 エレノアの身体がくるりと一回転し、青いドレスの裾が花のように広がる。

 回転を終えた彼女を、アルヴィンは自然な動きで再び引き寄せた。

 再び互いの距離が近づいたところで、アルヴィンは半ば呆れたように呟いた。


「建前に決まってんだろ?」


「そう。てっきりああいう派手な方がお好みになったのかと思ったわ」


「なんか今日はやけに突っかかってくるな……。あの人から、一緒にいてくれって頼まれたからだよ」


「頼まれたから?」


「そう。今日のパーティーで私の隣にいてくれって頼まれてさ。金まで渡されたんだから、それ相応のことはしなくちゃだろ?」


 なぜロゼリアから金を受け取り、このパーティーに参加しているのかという疑問は残ったものの、アルヴィンがロゼリアへ向けて口にした甘い言葉の数々が、本当にただの建前だったのだと分かり、エレノアはなぜだかほっとしていた。


「そろそろ理解してくれたか?」


「え……えぇ」


「でも、エレノアに言ったことは本心だから。それだけは信じてくれ」


 アルヴィンは照れくさそうに笑い、言葉を続けた。


「すごく綺麗だ」


 照れながらも真っ直ぐ向けられるアルヴィンの言葉に、みるみるうちに全身の熱が頬へ集まり、顔の筋肉が強張っていく。


「あ、ありがとう……。あなたも、凄く素敵よ」


 エレノアは照れ隠しのようにアルヴィンへ目を向ける。

 アルヴィンもまた、シンプルながらパーティーに合わせた正礼装に身を包んでいた。

 深い紺色の燕尾服には銀糸による繊細な刺繍が施され、華美ではないが一流の職人が仕立てたことが一目で分かる上質な一着だった。

 互いを意識した甘酸っぱい空気が流れ、二人は言葉を失ったまま、しばらく音楽へ身を委ねる。

ステップを踏むたび、自然と視線が重なり、そのたびにエレノアは慌てて目を逸らした。

アルヴィンはそんな彼女を見て、小さく笑う。

 

「エレノアと踊れるんだったら、もっと早く声をかけてればよかった」


「え? 今なんて?」


 演奏が終盤の盛り上がりに差しかかったその時、アルヴィンがぽつりと零した言葉は、音楽に見事かき消され、エレノアの耳には届かなかった。


「んー? なんでもない」


 やがて演奏が終わり、踊っていた他の貴族たちも中央からはけていく。

 エレノアとアルヴィンも、ぴたりと寄り添っていた身体をそっと離した。


「……ありがとう。楽しかった」


「えぇ。私も」


 軽く一礼するアルヴィンに、エレノアも優雅にカーテシーを返す。

 アルヴィンにエスコートされながらその場を後にしようとすると、帰りを待っていたロゼリアが二人を出迎えた。


「お二人とも、お上手でした」


 ロゼリアは余裕の笑みを浮かべ、優雅に拍手を送る。

 そしてエレノアへ短いお世辞を口にすると、返してもらうのが当然と言わんばかりにアルヴィンの腕を取った。


「行きましょう。アルヴィン」


「……じゃ、また学院で」


「えぇ……。また」


 アルヴィンはロゼリアに腕を引かれるようにして、その場を後にした。


 再び一人となったエレノアは、小さく息を吐いた。

 アルヴィンはロゼリアの相手を仕事として請け負っていると言っていたものの、ああして二人が並んでいる姿を見ると、なぜか心が落ち着かなかった。


「どうしたのかしら、私……」


 らしくない気分の落ち込みように、エレノアは戸惑いを隠せなかった。

 もうここにいる理由はなく、今度こそ帰ろうとしたその時、背後から優美な声で名を呼ばれた。


「あなたも参加していたのね、エレノア?」


 聞き馴染みのある声に振り向くと、そこには四大貴族の一角であるヴァレンティア家の令嬢、セシリア・アストレアが付き人を伴い、優雅に佇んでいた。


「セシリア様も参加されていらしたのですね」


「えぇ、ベルフォード家から招待を受けましたので。退屈でしたから、もう帰ろうとしていたのだけれど、最後に面白いものを見られました」

 

 セシリアはその「面白いもの」とやらが相当お気に召したのか、思い出してはくすりと微笑む。


「あなたが先程、共に踊っていたあの殿方。お名前は何というのかしら?」


 セシリアがアルヴィンに興味を持ったことに驚きつつも、エレノアは素直に答える。


「彼はアルヴィン・ヴァルハルトと申しまして、私の通うレグナリア聖騎士学院の学友でございます」


「……アルヴィン。そう、彼が」


 そう呟くと、セシリアは何かを確かめるように、アルヴィンをじっと見つめていた。

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