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反逆騎士の叛命録《リベリオン》  作者: 黒ひげの猫
二章

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21話 静かな余波

 屋台をいくつも巡り、ようやくアルヴィンも満足したようで、二人は本来の目的だった剣を見に行くことにした。


「ねぇ、アルヴィン」


「ん?」


「あなたの剣を、私に選ばせてほしいの」


「俺の剣を?」


 道を歩きながら、不意に切り出されたエレノアの提案に、アルヴィンは足を止めた。


「なんで急に?」


「だって、あなたっていつも危なっかしいじゃない? だから、少しでもいい剣を使ってほしいの」


「いや、そんな高い物なんて買えないって」


(四大貴族の言う『いい剣』って、一体いくらするんだよ……)

 想像しただけでぞっとするような値段が頭をよぎり、アルヴィンは思わず身震いした。

 すると、前を歩いていたエレノアが立ち止まり、振り返る。


「私を誰だと思ってるのよ。これは、この前あなたに怪我をさせてしまった時のお詫びよ」


「お詫びって、大袈裟だろ」


「いいのよ。私がそうしたいの」


 ほとんど強引にエレノアに連れられてたどり着いたのは、名家出身の聖騎士たちも御用達とする武具店だった。

 店の看板を目にした瞬間、アルヴィンは思わず息を呑む。


「私の剣も、ここで揃えているの」


「……いやいやいや! こんな高い剣、貰えないって!」


 一瞬呆気にとられたアルヴィンだったが、我に返るや否や踵を返し、他の武具店へ向かおうとした。

(いやいやいや……ここで売ってるナイフ一本でさえ、しばらく暮らしていける額だって噂で聞いたぞ!)


「ちょっと、急にどこへ行くのよ」


「どこって、俺の剣なら他の武具店でも買えるから!」


 突然引き止められたアルヴィンは、近くにある別の武具店を指差した。


「あなたも知ってるでしょう? ここの剣の斬れ味が、他とは比べものにならないことくらい」


「ぐっ……」


 それを言われてしまえば、アルヴィンは言葉を詰まらせるしかない。

(知ってるも何も、この店で扱ってる剣やナイフはどれも超一級品だ。剣を握る人間なら、一度は憧れる店だからな)

 それに、アルヴィンはこの店の剣の性能を、魔獣との戦いで身をもって知っていた。

 これまで使っていた剣も、持ちやすさと斬れ味を兼ね備えた業物だったが、あの魔獣にはまるで歯が立たなかった。

 対して、この店で揃えたというエレノアの剣は、魔獣の硬い腱さえ鮮やかに断ち切ってみせた。


「ね? 見るだけでも、どうかしら?」

 

(欲しくないと言えば、嘘になる……)

 アルヴィンは武具店の看板へちらりと視線を向けたまま、黙り込んだ。

 しばらく葛藤した末、観念したように小さく息を吐く。


「み、見るだけ……だからな」


「きっと気に入る物が見つかるわよ」


「だから、俺は見るだけだって」


 エレノアの後に続いて店内へ入ると、様々な種類の剣やナイフ、防具が整然と並べられていた。

 そのどれもが超一級品と分かる出来栄えで、思わず目を奪われる。


「気になる物、あったかしら?」


「あぁ、どれも凄いな……あ! いや、見てるだけだから」


 並べられた武器に思わず見入っていると、心の内にしまっていた本音が口をついて出てしまった。

 慌てて誤魔化すように言い直すが、それではもう手遅れだった。


「バレバレなのよ。気に入った剣があれば、持たせてもらうことだってできるんだから、素直に言いなさい?」


「いや、俺は別に……」


 しばらく店内を見て回っていると、店の奥から一人の老紳士が姿を現した。

 

「おや、エレノア様ではありませんか。本日はどのようなご用件で?」


「彼に合う剣を探しているの。見立てていただけますか?」


 すると店主はアルヴィンへ視線を向け、不思議そうに首を傾げた。


「おや……どこかでお会いしましたかな?」


 アルヴィンの顔に何か思い当たる節でもあるのか、店主は記憶を探るようにしばらく彼を見つめていた。


「いや、初めまして……だと思います」


「左様でしたか……。昔、あなたによく似た少年をどこかで見かけた気がしましてな。失礼いたしました」


「彼は私の学友のアルヴィン・ヴァルハルト。彼も、剣の実力者なの」


「ほほう。エレノア様がそこまで仰るのなら、相当な腕前をお持ちのようですな」


 店主は興味深そうにアルヴィンへ歩み寄ると、「少し失礼」そう断ってから、アルヴィンの腕にそっと触れた。


「……怪我を負われたようですが、もうだいぶ治っておられますな」


 店主の言葉に、エレノアがぴくりと反応した。


「治っている? そんなはずはないわ。だって、彼が怪我をしたのは昨日よ?」


「左様ですか。しかし、私の見る限りでは、折れた骨もかなり修復されているように見受けられますが」


 その言葉に、エレノアは思わずアルヴィンへ視線を向けた。

 しかし当の本人は、突然始まった店主の身体チェックに戸惑うばかりで、エレノアの視線にはまるで気づいていないようだった。

 

「若く、生命力に溢れているという証拠ですな」


「そう……かしら?」


 店主が納得したように頷く姿を見て、エレノアも釈然としないまま小さく頷いた。

 すると店主は、再びアルヴィンの腕や胸元に手を添え、身体つきを確かめるように診始める。


「それに、筋肉のつき方も実に見事ですな。日頃から相当鍛錬を積まれているのでしょう」


「……あの、さっきから何をしてるんですか?」


 この状況に耐えかねたアルヴィンが尋ねると、横からエレノアが口を開いた。


「この方は、剣を握る人の筋肉のつき方や骨格を見て、その人に合った剣を選んでくださるのよ」


 確かに、先ほどからアルヴィンの身体に触れる店主の眼差しは真剣そのものだった。


「へー、そうなのか」


(ってことは、エレノアもこれを……?)

 どうしようもない疑問が頭をよぎったその時、店主の手がようやくアルヴィンの身体から離れた。


「ふむ。アルヴィン様は少々重めで刃渡りの長い剣がお好みのようですな。合わせて、投擲にも近接戦にも適したナイフもご用意いたしましょう」


 愛用している剣やナイフの特徴を店主にぴたりと言い当てられ、アルヴィンは驚きとともに感心した。

(長年の経験ってやつか……)


「凄い……当たってる」


「ね? 凄いでしょ?」


 どこか誇らしげに胸を張るエレノアを横目に、店主は彼女の剣の手入れについても話を進めていた。

 アルヴィンがしばらく店内を見て回っていると、店主との話を終えたエレノアが戻ってきた。


「あなたの剣、用意するのに少し時間がかかるみたい。お茶でもどうかしら?」


「え? いや、本当に貰えないって!」


「あなたねぇ、いつまで言ってるのよ。ここは素直に受け取っておきなさい」


「いや、でも……。剣とナイフって、いくらすんだよ」


「随分と不躾なことを聞くのね。グレイシア家に用意できない物があるとでも?」


「いや、ないな」


「でしょ? ほら、行くわよ」


 そう言われてしまえば、アルヴィンに返す言葉はなかった。

 半ば強引にエレノアに連れられたアルヴィンは、武具店を後にすると、近くの店へ入り、剣の用意ができるまで時間を潰すことにした。




 


 高級店が立ち並ぶ通りだからか、入った店もアルヴィンには馴染みのない雰囲気に包まれており、どこか落ち着かなかった。

(なんでメニューに値段が書いてないんだよ!)

 渡されたメニュー表には料理や飲み物の名前が並んでいるだけで、値段はどこにも書かれていない。

 いくらするのか見当もつかず戸惑っていると、この店に何度か来たことがあるらしいエレノアが先に注文を済ませた。

 アルヴィンも平静を装いながら、慌てて同じものを注文した。

(やっぱり金銭感覚がおかしいだろ……)

 すると、エレノアは窓の外へ目を向け、小さく呟いた。


「なんだか……騒がしいわね」


 アルヴィンもその視線を追うと、街中を慌ただしく駆け回る聖騎士たちの姿が目に入った。

(今頃、ライネル聖騎士団長も魔獣騒ぎの後始末に追われてる頃だろうな……)


「まぁ、そりゃそうだろうな。昨日の今日だしな」


 ふと何かを思い出したのか、エレノアはアルヴィンに尋ねた。


「そういえば、洞窟内で感じた違和感も、あの怪物の仕業だったのかしら」


 誘拐された子供たちを救出するため、精霊の森へ向かった道中で起きた洞窟内の不可解な現象を、エレノアは思い返していた。

 

「そう考えるのが妥当だろうな。俺たちは森に足を踏み入れた時から、ずっと狙われてたんだ。洞窟で急に起きた感覚のズレも、あの化け物の体液――涎が原因だろ」


「涎?」


 アルヴィンは魔獣との戦いを思い返しながら、その時に感じた違和感について話し始めた。


「そう。あの化け物が垂らした涎が地面に落ちると、白い煙が立ち上ったんだ。戦闘中、俺はその煙を吸ったせいで、あの化け物を認識することが難しくなった」


「認識が……できない?」


「気配だけが掴めなくなったんだ。音や振動は分かるのに、あいつの気配だけが感じ取れない。だから攻撃にもなかなか反応できなくて、だいぶ苦戦した」


「ということは、私たちは洞窟の中ですでにその煙を吸っていたってこと?」


「まぁ、そうなるな」


「だから洞窟であなたとはぐれかけたり、ロウの姿を見失ったのも、その煙のせいだったのね」

 

 違和感の正体を理解したエレノアは、ふっと息を吐く。


「あの力は異常よ。……精霊石といい、ああいう人の理から外れた力が流出なんてしたら……」


「…………良くないことが起きるのは、確実だろうな」


 ぽつりとそう呟いたアルヴィンは、再び窓の外へ視線を向けた。

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