20話 王都での休日
アルヴィンとエレノアは、聖騎士学院へ戻る支度をしていた。
エレノアが荷物をまとめるため席を外したのを見計らい、ローザがアルヴィンへそっと声をかける。
「ねぇ」
「なんだよ」
「エレノアちゃん、凄くいい子ね」
(またその話かよ……)
アルヴィンは小さくため息をつき、ローザをじろりと睨んだ。
「あのなぁ、昨夜の件……絶対にエレノアには言うなよ? たぶん、本人は記憶が飛んでて覚えてない」
「昨夜? どのことかしら?」
「お前……絶対分かってて言ってるだろ」
「さぁ、どうかしら?」
「マジで話すなよ?」
ケタケタと楽しそうに笑うローザを見て、アルヴィンは呆れたように頭を抱えた。
「分かってるわよ。絶対に話さないから」
ひとしきりアルヴィンをからかったローザは、満足したように笑みを収めると、ふっと真剣な表情を浮かべた。
「アルヴィン、あの子のこと。離しちゃだめよ?」
「離す?」
「あんなにいい子、そうそう見つからないんだから」
その声音に、からかうような色はなかった。
本気で言っているのだと気づいたアルヴィンは、少しの間黙り込んでから静かに口を開く。
「…………分かってるよ」
「なら、いいわ」
そう言うと、ローザは不意にアルヴィンの制服の袖をきゅっと掴んだ。
「……それ、いつまで続ける気なの?」
まるで何かに縋るように袖を掴むローザを見つめ、アルヴィンは静かにその手を包み込み、優しく制服の袖から離させる。
「……………………俺が、死ぬまで」
ローザは何かを言いかけたまま、返す言葉が見つからず唇を噛み締めた。
「分かってくれなんて言わない。俺が、そうしたいんだ」
「……そう」
ローザは寂しげに目を伏せる。
「もう、何を言ってもやめないのよね」
「あぁ」
短く頷くアルヴィンを見つめ、ローザは困ったように小さく笑った。
「そんなところまで、真似しなくていいのに」
「……うるせ」
その一言だけ返すと、アルヴィンは小さく息を吐いた。
そして、店の奥から近づいてくる足音に気づいた途端、何事もなかったかのようにいつもの飄々とした表情へ戻る。
「お待たせ、アルヴィン」
「もう大丈夫か?」
「えぇ。ローザさん、泊めてくださりありがとうございました」
「いえいえ。こんな騒がしい店だけど、また来てね」
「はい。またぜひ寄らせてください」
するとローザは、エレノアの手をそっと取った。
「エレノアちゃん、あとはよろしくね」
「はい!」
ローザの真っ直ぐな眼差しに応えるように、エレノアもその手をしっかりと握り返した。
「何の話をしてんだよ」
「アンタはいいの。女同士の約束よ」
ローザはいたずらっぽく笑う。
「ほらほら、デート楽しんできなさい」
「デ、デート……!?」
突然の言葉に、エレノアの頬がみるみる赤く染まる。
「違ぇよ! ただ武器を見に行くだけだ」
最後までアルヴィンをからかうローザに見送られ、二人は店を出た。
「はぁぁぁ……。ったく、本当にアイツは」
店を出てしばらく歩いたところで、アルヴィンは呆れたように大きく息を吐いた。
「なぁ、本当に何か変なこと吹き込まれてないか?」
「変なことって……そんな話はしてないわよ」
「本当か? アイツの言うことは信用ならないしな」
どこか思い当たる節があるのか、アルヴィンは先ほどまでのやり取りを思い返し、再び深いため息を吐いた。
「……あなたとローザさん、随分仲がいいのね」
「まぁ、ガキの頃からずっと一緒にいるからな。昔からあんな感じなんだよ。そろそろいい歳なのによ」
幼い頃からローザと過ごしてきた日々を思い出したのか、口では呆れたように言いながらも、アルヴィンの表情はどこか楽しげだった。
そこでふと、ローザに見せてもらった写真に写っていたもう一人の少年のことを思い出し、エレノアはアルヴィンに尋ねる。
「写真……見せてもらったけど、あなたの隣にいた男の子はお友達?」
「ん? まぁな……」
短く答えたアルヴィンは、一瞬だけ言葉を詰まらせる。
「それよりさ、なんか食べてこうぜ」
そう言って、大通りの両脇に並ぶ屋台を指差した。
ローザとアルヴィンは、あの写真に写る男の子の話になるとどこか誤魔化そうとしていた。
エレノアは、それが触れられたくない二人の過去なのだと察し、それ以上深く尋ねるのはやめた。
「さっき朝食を食べたばかりじゃない」
「だけどさ、屋台は別だろ? 王都に来ないと食えないんだし」
「……それは、そうね」
実のところ、エレノアも王都の大通りに並ぶ屋台で食事をしてみたいと思ったことは何度もあった。
しかし、四大貴族・グレイシア家の令嬢である彼女は王都では顔を知られている。
軽率な行動が家の評判に関わることもあるため、どこで誰が見ているか分からない場所では、いつもその気持ちを押し殺していた。
「俺と一緒なら大丈夫だろ? 付き添いってことにしてさ、エレノアも食べようぜ」
そう言ったアルヴィンの手にはいつの間にか、肉の串焼きが二本握られていた。
「ここの串焼き、オススメなんだ」
炭火で香ばしく焼かれた肉から立ち上るスパイスと脂の甘い香りに、つい先ほど朝食を食べたばかりだというのに、まるでお腹が空いているかのような錯覚を覚えた。
「そ……そこまで言うなら」
エレノアは、おずおずとアルヴィンから串焼きを受け取った。
美しく皿に盛り付けられた料理しか口にしたことのないエレノアは、串焼きを前にどう食べればいいのか戸惑ってしまう。
「ほら、温かいうちに食べようぜ」
横から聞こえてきたアルヴィンの声に目を向けると、彼は期待に満ちた表情で串焼きにかぶりつき、「ん〜!」と満足そうな声を漏らした。
その姿につられるように、エレノアも意を決して肉にかぶりつく。
「お! 結構ガッツリいったな!」
「っ!」
熱々の肉から溢れ出した肉汁が口いっぱいに広がり、香ばしい香りとスパイスの爽やかな風味が鼻へ抜けていく。
歯を立てた瞬間から、ほろりとほどけるほど柔らかな肉に、エレノアは思わず目を見開いた。
「な? 美味いだろ?」
「こんなに美味しいお肉、食べたことがないわ!」
「だろ? ほら、口元ついてるぞ」
「っ、ご……ごめんなさい!」
慣れない串焼きに夢中になっていたせいか、口元に肉汁がついていたらしい。
エレノアはアルヴィンから差し出されたハンカチを受け取ると、慌てて口元を隠すように拭った。
「アハハッ! やっぱ串焼き食い慣れてないんだな!」
「しょ、しょうがないじゃない! 初めて食べたのよ!」
必死に弁明するエレノアを見ても、アルヴィンはケタケタと笑い続ける。
「分かってるって。普段はあんなに綺麗に食べてるから、ちょっと面白かっただけだ」
「もう……」
思い出してはまた笑い出すアルヴィンに、エレノアは頬をふくらませた。
「ごめんって。まだおすすめの屋台があるからさ、今日は楽しもうぜ」
屋台に並ぶ料理はどれもエレノアには馴染みのないものばかりで、見ているだけで食欲と好奇心をくすぐられる。
「ほら、行こう!」
興味深そうに辺りを見回していたエレノアは、不意にアルヴィンに手を取られた。
「えっ……!」
そのままアルヴィンに手を引かれるまま、二人は彼がおすすめだという屋台へ向かって歩き出した。




