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反逆騎士の叛命録《リベリオン》  作者: 黒ひげの猫
二章

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19話 幼き日の面影

 目が覚めると、見覚えのない部屋にいた。


「ここは……?」


 木目調の家具で統一された室内は、どこか温もりを感じさせる落ち着いた雰囲気に包まれている。


「っ……」


 エレノアはベッドから起き上がろうとしたその時、頭を締め付けるような痛みが走る。

 加えて、異常なほど喉が渇いていた。


「たしか、アルヴィンと食事をしていたはず……」


(確か、昨日は……)

 魔獣との戦闘の報告を終え、アルヴィンに誘われてローザの店へ行った。

 そして、慣れない酒を意地になって飲み干したところまでは覚えている。

 そこで頭痛の原因を察し、エレノアは深いため息を吐いた。

(いつの間にか眠ってしまった私を、アルヴィンが部屋まで運んでくれたのね)


「また、アルヴィンに迷惑をかけてしまったわ」


 まだ酒が残っているのか、おぼつかない足取りで部屋を出ると階下から食欲をそそられる香りが漂ってきた。

 その香りに誘われるように階段を降りると、カウンターの向こうで仕込みをしていたローザと目が合った。


「お、おはようございます……」


「あら、エレノアちゃん。おはよう」


「あの、昨夜……私は何かご迷惑をおかけしましたでしょうか?」


 生憎、今のエレノアには酒を飲み始めてから眠りにつくまでの記憶が綺麗に抜け落ちていた。

 厚意で一晩泊めてもらった以上、ローザに何か迷惑をかけていないかが気になって仕方がない。

 すると、ローザは一瞬だけ目を泳がせた後、にこりと微笑んだ。


「………………迷惑なんてなにも!」


「え?」


「むしろアタシの方こそごめんね? 慣れないお酒を飲ませちゃったみたいで。アイツにも凄く怒られちゃった。喉乾いてるんじゃない?」


「ありがとうございます」


 エレノアはローザから差し出された水を受け取り、渇き切った喉を潤すように、一気に飲み干した。


「はぁ……」


 冷たい水が身体に染み渡り、ようやく人心地ついた気がした。


「もし良かったら、支度が終わった後に少しアタシとお話しない? アイツ、まだ起きそうにないしさ」


 ローザがそっと視線を向けた先には、店の隅で毛布にくるまりながら眠るアルヴィンの姿があった。


「ぜひ。私でよければ」


 エレノアにも何か思うところがあるのか、ローザの提案に迷うことなく頷いた。


「洗面所はエレノアちゃんが使ってた部屋の隣にあるわ。何か作って待ってるね」


「ありがとうございます」


 エレノアは用意されたタオルを受け取ると洗面所へ向かった。

 そして、酔いを覚ますように冷たい水で顔を洗う。

 いつもより早く身支度を整え、ローザのもとへ戻ると、既に朝食の準備は終わっていて、カウンター席には二人分の食事が並べられている。


「あら、随分早かったわね」


「ローザさんとお話ししたかったので」


 ちょうどローザがお茶を淹れているところだった。

 席に着くと、可愛らしいカップに注がれた茶から上品な香りがふわりと漂う。


「あのバカ、こんなに騒がしいのにまだ起きる気配がないなんて」


 店の外からは、仕事へ向かう人々の声が聞こえてくる。

 そんな賑わいの中でも、店の隅で眠り続けるアルヴィンへ、エレノアは静かに視線を向けた。

(やっぱり疲れていたんじゃない)

 

「さ、エレノアちゃん。食べましょ!」


「いただきます」


 用意された朝食は焼きたてのパンや野菜と肉がたっぷりと入ったスープなど、どれも胃に優しく温まるものばかりだった。

(話って、どうすればいいのかしら……)

 店内には、エレノアとローザが食事をする音だけが静かに響いていた。

 同年代の女性とこうして他愛のない時間を過ごすのは、エレノアにとって初めての経験だ。

 何から話せばいいのか分からず戸惑っていると、不意にローザが食事の手を止めた。

 どこか探るような視線が向けられていることに気づき、エレノアは小さく首を傾げた。


「…………昨日、何があったの?」


 向けられた視線は真剣そのもので、思わずエレノアも手を止めた。


「あの子、昔からよく怪我をする子だったけど……あそこまでの大怪我を負った姿は見たことがなくて」


 昨夜のローザは、包帯だらけのアルヴィンを前にしても本人に何も聞かなかったため、エレノアは気にしていないのだと思っていた。

 だが、アルヴィンの性格を知り尽くしているからこそ、ローザは怪我の理由に敢えて触れなかったのだと、今になって気づいた。

 

「いつからか怪我をする回数が増えてさ。『どうしたんだ』って聞いても、いつも『なんてことない』しか言わなくて」


 眠るアルヴィンへ向けられたローザの視線は、家族を案じるものだった。


「何があったのか、聞いてもいい?」


「それは……その」


 今回の件は騎士団長であるライネルから直々に箝口令を敷かれているため、アルヴィンの身に何が起きたのかを知りたがるローザを前にしても、エレノアは言葉を濁すことしかできなかった。

 すると、何かを察したのか重くなりかけた空気を振り払うように、ローザはパンッと手を叩いた。


「急に変なこと聞いちゃってごめんね。話せないこともあるわよね」


 家族同然のアルヴィンの身に何があったのかさえ知ることができない。

 そんなローザの気持ちを思うと、エレノアは申し訳なさに頭を下げた。


「ごめんなさい、ローザさん。先日の件は、私もアルヴィンも箝口令を敷かれていて……私の口からは、お話しすることができないんです」


「気にしないで、エレノアちゃん」


 謝るエレノアを気遣うように、ローザは優しく微笑んだが、その笑顔の奥には拭いきれない不安が滲んでいた。


「けど、これだけは誓います」


「え?」


 エレノアはローザを安心させるように、真っ直ぐ彼女を見つめる。


「アルヴィンは、私が必ず守ります」


 その真っ直ぐな宣誓に、ローザは目を丸くした。


「エレノアちゃんが、あの子を?」


「はい。私も、アルヴィンが怪我をする姿を見たくありませんので」


 一瞬きょとんとしたローザは、やがて堪えきれずに吹き出した。


「ぷふっ! あの子にはエレノアちゃんがいるものね。それは頼もしいわ!」


 突然笑われた理由が分からず、エレノアは小さく首を傾げる。


「ああ……こんなに嬉しいことはないわ」


 うっすらと瞳に涙を浮かべたローザは、エレノアの手をそっと包み込んだ。


「すぐ突っ走っちゃう子だから、大変だとは思うけど……あの子のことよろしくね」


「はい。必ず」


 エレノアの力強い返事に、ローザはくすりと笑みを零した。


「んふふ、アイツにこんなふうに言ってくれる子がいるなんてね」


 そう呟くと、何かを思い出したように席を立ち、店の奥へと姿を消す。

 しばらくして戻ってきたローザは、一枚の古びた写真をエレノアへ差し出した。


「これは……」


 写真には、まだ幼さの残る一人の女の子と、二人の男の子が写っていた。


「髪を結んでるのがアタシ。その隣で隠れてるのがアイツ」


 元気いっぱいに笑顔を浮かべるローザとは対照的に、幼いアルヴィンは彼女の背中に隠れるように立っている。

(……この隠れている子が、アルヴィン? じゃあ、その隣の子は友達かしら)

 アルヴィンの隣に立つ男の子は、いかにも不機嫌そうな表情を浮かべていた。

(どちらかというと、こっちの子の方が今のアルヴィンに近い気がする)

 

「今の姿からじゃ想像つかないでしょ?」


「えぇ……」


 ローザに心の内を見透かされたような気がしながらも、エレノアは写真へ視線を落とした。

(隠れているというより……怯えている?)


「この頃のアイツはね、すっごく怖がりだったの。何をするにも『怖い』って言って、写真を撮るだけでもアタシの後ろに隠れちゃうような子だったのよ」


「そうだったんですね」


 今のアルヴィンからは想像もつかない幼い頃の姿に、エレノアは改めて写真へ目を落とした。


「そしたらね、ある日突然『僕は騎士になる!』なんて言い出して」


 ローザは懐かしそうに目を細める。


「それから毎日必死に稽古を続けて、気づけばあの聖騎士学院の生徒になってたの。話を聞いた時は、本当にびっくりしたわ」


「何か……騎士を目指すきっかけがあったんですか?」


 ローザから昔の話を聞き、写真を撮ることさえ怖がっていたアルヴィンが、どうして突然騎士を目指したのか。

 その理由が気になったエレノアが尋ねると、過去を懐かしむように微笑んでいたローザの表情が、ふっと陰った。


「……それはね」


 ローザの表情の変化に、エレノアは何か触れてはいけないことを尋ねてしまったのではないかと息を呑んだその時だった。


「何話してんだよ」


 背後から、まだ寝起きらしい重たい足音とともに、アルヴィンの声が聞こえてきた。


「あら、起きたの」


「まぁな……。てか、まだこの写真持ってたのかよ」


 アルヴィンは大きな欠伸をこぼしながら、エレノアが手にしていた写真をひょいと取り上げた。


「『まだ』って何よ。この写真しか、もう残ってないのよ」


「……アイツ、写真撮られるの嫌いだったしな」


 アルヴィンは写真をローザへ返すと、エレノアの隣へ腰を下ろした。


「ローザから、変なこと吹き込まれてないか?」


「い、いえ……何も」


「ったく。人が寝てる間に何話してたんだか」


 アルヴィンはローザが淹れた茶を一口飲むと、床で一晩眠っていたせいか、凝り固まった身体をぐっと伸ばした。


「そういえば二人は、今日でもう学院に戻るのよね?」


「ん? まぁな。でも、その前に武器だけは新調したいし」


 アルヴィンの言葉に、エレノアがぴくりと反応する。


「ちょうど新しい武器が欲しいと思ってたところだったんだ。帰る前に武器屋には寄ろうかな」


 すると突然、エレノアが勢いよく椅子から立ち上がりアルヴィンの方に向き直った。


「あなたの剣、私に選ばせてちょうだい!」


「え、えぇ……?」


「ぶふっ!」


 エレノアの普段らしからぬ勢いに、アルヴィンが目を丸くするその一方で、ローザは絶妙なタイミングで飲んでいた茶を吹き出した。

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