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反逆騎士の叛命録《リベリオン》  作者: 黒ひげの猫
一章

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18話 恋する乙女の酒

 ローザが切り盛りする『妖精の涙』は常に活気に溢れていた。

 店内には彼女が振る舞う香辛料の効いた食事のかぐわしい香りが漂い、酒で盛り上がる客たちの笑い声が絶えない。


「な、なんか……私、場違いじゃないかしら……」


 席に着いてしばらくすると、大皿に盛られた肉料理やサラダなどが次々と運ばれ、テーブルの上はあっという間に色鮮やかな料理で埋め尽くされた。


「え? 店変えるか?」


「い、いやっ! 全然楽しいのだけれど、なぜかずっと見られているような気が……」


 どうやら『妖精の涙』は、力仕事を終えた男たちが酒とローザの手料理に癒やしを求めて集まる店らしい。

 店内を見渡しても、女性客はエレノアただ一人だった。

 アルヴィンもそのことには気づいているようで、さりげなく気を遣ってはいる。

 だが、ローザと同じく、常連たちもアルヴィンの隣に座る可憐な美少女の存在が不思議でならないのだろう。

 好奇心を隠そうともしない視線が、絶えずエレノアへと注がれていた。

(四大貴族の一つ、グレイシア家の令嬢にこんな野郎だらけの店は流石にまずかったか……)


「もし気になるようだったら、部屋で食うか?」


「若い男女が部屋で二人きりなんて駄目に決まってんでしょっ!」


 どこで聞いていたのか、料理を運んできたローザが勢いよく会話に割り込んできた。

 あらぬ誤解に、アルヴィンは思わず口に含んでいた茶を吹き出す。


「ブフッ! ふざけんな、なに急に言い出すんだ!」


「っ……!」


「ちょっと、汚いわね! 泊まるのはいいけど、二人きりは絶対にダメよ。アンタみたいな年頃の男は盛りのついた動物以下の存在なんだから!」


「お前の周りにいる男と俺を一緒にするなよ!」


「ちょっと! エレノアちゃんの前で変なこと言わないでよ! だいたい、アンタだってこの前一緒にいた厄介な女はどうしたのよ!」


「今はその話は関係ないだろ!」


 ローザの言葉に、アルヴィンは深いため息を吐く。

 エレノアはというと、目の前で飛び交う聞き慣れない言葉の数々に完全に呑まれていた。

 頬は熱を帯び、頭の中は真っ白だ。

 ローザの言葉が耳に入るたび、羞恥で胸がいっぱいになり、まともに顔を上げることすらできなかった

 

「まったく……。エレノアちゃんは二階の部屋。アンタは店の隅にでも転がってなさい。あら、エレノアちゃん?」


 ようやくエレノアの異変に気づいたのか、ローザとアルヴィンは揃って顔を引きつらせた。

 

「だ……大丈夫です」


 返ってきた返事は今にも消えてしまいそうなほどか細い。

 アルヴィンは深いため息を吐くと、ローザをきつく睨みつけた。


「お前が余計なこと言うから……。エレノアはお嬢様なんだから、変なことはもう言うなよ」


 未だ顔を赤くしているエレノアを見て、ローザは苦笑を漏らす。


「ご、ごめんなさいね。アイツと久しぶりに会ったから、つい……」


 そう言いながら、冷えた瓶を二人の前へ並べた。

 

「コレはアタシからのサービスね」


「マジかっ! ラッキー!」


「ちょっと、アンタの分はお代につけておくから」


「はぁ!? 金取るのかよ!」


「当たり前でしょ! アンタ、前回来た時に店の酒をほぼ飲み尽くしかけたの忘れたとは言わせないわよ!」


 そう言うと、ローザは再び厨房の奥へと戻っていった。


「ったく、相変わらず嵐みたいな女だな」


 アルヴィンは瓶の封を開けると、エレノアへ手渡した。


「これ、この店の看板なんだ」


「そう、なのね」


 エレノアは妖精が描かれた瓶を手に取る。

 そして口元へ運び、中身を一口含んだ次の瞬間――。


「ゴホッ、ゴホッ!」


 想像していた味との違いに驚き、激しく咳き込んだ。


「こ、これって……!」


「あれ、酒飲めなかったか?」


 喉が焼けるような強い刺激に、思わず目尻に涙が滲む。


「飲めなくはないけど、凄く強いじゃない!」


 そこでようやく瓶の中身が酒だと理解したエレノアは、はっと我に返った。

 そして、ぎょっとした表情でアルヴィンの手から酒瓶を奪い取る。


「ちょ、急に何すんだよ!」


「なんでお酒を飲んでるのよ! あなた、自分の身体がどうなってるか忘れたの!?」


 骨は折れ、何十針も縫うほどの大怪我を負っているというのに、それを忘れたかのように酒を飲んでいたアルヴィンの姿を思い出し、エレノアはさっと顔を青ざめさせた。


「また出血して倒れてもおかしくないのよ!?」


「大丈夫だって。怪我しててもいつも酒飲んでたし」


 アルヴィンは取り上げられた酒瓶を取り返そうと手を伸ばす。

 だが、エレノアは頑なに首を横に振った。


「ふざけないで。私はあなたに言ったはずよ。血を流すあなたの姿を見たくないって」

 

 その言葉にアルヴィンは言葉を詰まらせ、酒に向かって伸ばしていた手を思わず引っ込めた。

 先程までの戸惑いは消え、エレノアは真っ直ぐアルヴィンを見つめる。


「……そこまであなたが飲みたいというなら、私にだって考えがあるわ」


 そう言ったエレノアは、アルヴィンの酒瓶を手に取った。


「お、おい……。エレノア?」


 喉を焼くような強烈な味を思い出し、一瞬だけ躊躇する。

 だが、意を決したように酒瓶を口元へ運ぶと、一気に中身を流し込んだ。


「ちょっ、エレノア! 無理すんなよ。その酒は……!」


 意地になったように酒をあおるエレノアの姿に、周囲の男性客たちから「おおっ!」と感嘆の声が上がった。


「私だって、飲めないわけじゃないわっ!」


 学院では決して見せない姿にアルヴィンは呆気に取られたが、やがて観念したように大きなため息を吐く。


「……わかったよ。酒は飲まない。その酒、本当に強いやつだからあまり無茶するなよ」


「うるさい。あなたはお酒に近づいちゃだめ……」


 どうやらもう既に酒が回り始めているのか、エレノアの呂律がわずかに怪しくなっていた。

 すると、エレノアに興味を示した男性客たちが、わらわらとアルヴィンたちの周りへ集まってきた。


「おい、嬢ちゃん! すげぇ飲みっぷりだったな!」


「アルヴィン! こんな別嬪さんをどこで捕まえてきたんだよ!」


 どうやらアルヴィンと顔見知りの客もいるらしい。

 好き勝手なことを言い始めた男たちに、アルヴィンは露骨に眉をひそめると、エレノアから距離を取るよう手で追い払った。


「ふざけんな。エレノアに変なことするなよ?」


「なんだよ! 生意気クソガキのくせに、もう早速恋人気取りか?」


「こんないい女、そうそう出会えないんだから大事にしろよー!」


「だから違うっつってんだろ!」


 散々アルヴィンをからかった男たちは、気が済んだのか自分たちの席へ戻ると再び酒をあおり始めた。


「ったく……さっきから好き勝手言いやがって」


 こんな時こそ記憶をなくす勢いで酒を飲みたいところだが、その肝心の酒はエレノアに没収されている。

 仕方なく料理と茶で気を紛らわせていると、野次の渦中にいたというのにそれに気づいていないエレノアが、酒で潤んだ瞳でアルヴィンを見上げた。


「アルヴィン? お酒、飲んれないわよね……?」


 酒で頬を赤く染めたエレノアの、普段は見せない無防備な表情に、アルヴィンは思わず動揺する。


「っ! あー、飲んでないよ」


 アルヴィンはエレノアのそばにある空の酒瓶を片付けようと手を伸ばすと、それに気づいたエレノアが慌てたようにアルヴィンの腕へ抱きついた。


「らめっ! お酒、ダメっ!」


 腕にふわりと柔らかな感触が伝わり、アルヴィンの動きがぴたりと止まった。


「飲んじゃらめっ!」


 アルヴィンの腕に抱きつく本人に、その自覚はないのだろう。

 エレノアはアルヴィンの腕を抱き締めたまま、さらにぎゅっと力を込めた。

 

「あ、あの……エレノアさん?」


 周囲から生温かい視線が突き刺さる中、アルヴィンはどうにかこの状況を変えようと口を開いた。

 だが、少しでも動こうとするたびにエレノアはさらに腕へ力を込める。

 そして、この状況でアルヴィンが最も遭遇したくなかった人物が、再び二人の前に現れた。


「あらあら〜? 随分、いい雰囲気じゃない?」


「ローザ……」


「少し目を離してただけなのに、面白いことになってるじゃない」


 厨房での仕事が一段落したのか、ローザはにやにやと頬を歪めながらエレノアに話しかける。


「ねぇ、エレノアちゃん。このお酒、精霊の涙って言うんだけど、他の呼び名があるの」


「ほかの……?」


「そう。恋する乙女の酒」


「ローザ、お前っ!」


「いいじゃない! 恋する女の子が、好きな男の子を少しでも引き止めるために飲む特別なお酒なのよ?」


 その説明を聞いたアルヴィンは、わざとらしく大きなため息を吐いた。


「要するに、既成事実を作るための酒だろうが。あこぎな商売しやがって」


「実際、アンタだって何回か引っかかりそうになったじゃない」


「だから、エレノアの前で余計な話をするな」


 すると、隣から小さな声で「恋する乙女の酒……」と呟く声が聞こえてきた。


「おい、エレノア?」


 慣れない強い酒を一気に飲んだせいだろうか。

 エレノアの様子を心配したアルヴィンは、その顔を覗き込もうとしたその時、突然伸びたエレノアの腕がアルヴィンの制服の襟元を強く引き寄せた。

 

「なっ――!?」


 ぐいっと引っ張られたアルヴィンの身体が大きく前へ傾く。

 そして次の瞬間、柔らかな温もりがアルヴィンの唇に重なった。

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