17話 戦いのあとで
グァアアアァアァアアァァア――!
鼓膜を劈くような魔獣の断末魔が森中に響き渡る。
燃え盛る火柱の向こうには、身を焼き尽くす熱に苦しむ魔獣の姿があった。
しばらく警戒を続けていたが、落ちた穴の深さから魔獣が這い上がってくることはないと判断したアルヴィンはようやく訪れた束の間の安堵に、ふっと肩の力を抜いた。
(これで、やっと終わった……)
そして、周囲を見回しながら叫ぶ。
「ロウッ! エレノア! 無事かっ!」
「私たちはここよっ!」
返ってきたエレノアの声に胸を撫で下ろし、声のした方へ向かうと、煤で汚れたエレノアとロウの姿があった。
ロウはエレノアから相当こっぴどく叱られた直後のようで、涙目になりながら助けを求めるようにアルヴィンを見つめてきた。
「はぁぁあーー」
ロウと目が合ったアルヴィンは何となく状況を察したが、ため息を吐くことしかできなかった。
(助けてやりたいけど、こればっかりはなぁ……)
「あのなぁ……。もしかしたら、お前は死んでたかもしれないんだぞ?」
「で、でもっ!」
ロウにも言いたいことはあるのだろう。
しかし、エレノアの鋭い視線を前にすると、小さく肩をすぼめて黙り込むことしかできなかった。
「でも、お前が来てくれなかったら、俺は今頃死んでたしな。怪我はないか?」
「な、ない……」
「なら良かった」
アルヴィンはロウの頭を軽く撫でる。
「でも、あまり心配させるなよ?」
「心配かけて、ごめんなさい」
ロウは気まずそうに俯き、小さな声で謝った。
「それじゃ、みんなの所に戻るか」
アルヴィンはエレノアやロウと共に他の子供たちの元へ向かうと、子供たちは身を隠していた岩陰で肩を寄せ合いながら三人の帰りを待っていた。
「みんなっ!」
「ロウッ!」
飛び出していったロウのことを相当心配していたのだろう。
無事な姿を見た子供たちはわっと岩陰から飛び出し、ロウたちを囲むように駆け寄った。
とくにフィンとミアは、張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、その場にへたり込みながら涙を流していた。
「ったく、お前が心配かけるからだろ?」
「っ、わかってるよ! 心配かけてごめんな」
涙を流す子供たちを慰めるように声をかけるロウの姿を、アルヴィンとエレノアは静かに見守っていると突然、二人は同時にぴくりと反応し同じ方向へ視線を向けた。
「……何か、近づいてくるな」
「えぇ……複数いるわね」
草が揺れる音や子供たちの泣き声に混じって、複数の足音が一直線にこちらへ迫ってくる。
「エレノア、動けるか?」
「えぇ、私は大丈夫」
アルヴィンとエレノアは子供たちをそっと背後へ庇う。
張り詰めた緊張が走る中、茂みの奥から野太い声が響いた。
「お前たちっ! そこで何をしている!」
その言葉と共に、茂みをかき分けながらライネル騎士団長をはじめとする騎士たちが姿を現した。
「ライネル騎士団長……」
見知った顔ぶれに、アルヴィンとエレノアは緊張から解放されほっと息を吐くが、すぐに姿勢を正し敬礼した。
「これは……どういう状況だ?」
ライネルたちはアルヴィンたちの背後にいる子供たちの姿に驚いたが、それ以上に周囲に広がる人智を超えた惨状に言葉を失っていた。
「それは……その」
ライネルの問いに答えようとしたものの、どこから説明すればいいのか分からず、アルヴィンとエレノアは言葉を詰まらせた。
二人の反応に、この惨状が簡単に説明できるものではないと察したライネルは小さく息を吐くと、待機させていた騎士たちに子供たちの保護を命じた後、アルヴィンとエレノアを呼び寄せた。
「子供が森に迷い込んだという報告を受けて来てみれば……。無茶をしてくれたな。これは立派な命令違反だ。分かっているのか?」
ライネルの騎士団長としての鋭い眼光が、アルヴィンとエレノアを突き刺す。
「申し訳ございません……。この件は俺が——」
「アルヴィン」
ライネルに対して弁明しようとするアルヴィンをエレノアは静かに制し、一歩前に出ると真っ直ぐライネルを見つめる。
「この件は私の独断によるものです。アルヴィン、そして子供たちを危険に晒した責任は全て私にあります」
「エレノア! 何を言ってんだよ、俺が!」
「アルヴィン、黙りなさい」
自分だけが全ての責任を負おうとするエレノアに、アルヴィンは思わず声を荒らげ、慌てて訂正しようとするが、エレノアの鋭い一言に言葉を飲み込む。
そんな二人のやり取りに、ライネルは頭を抱えるように額へ手を当て、大きくため息を吐いた。
「はぁぁあ……。とりあえず二人とも、まずは応急手当を受けろ。その後、拠点で詳しく話を聞く」
ライネルとの話を終えたアルヴィンとエレノアは、子供たちが先に王都へ向かったと聞くと、騎士が用意した馬に跨り、その後を追った。
♦
アルヴィンとエレノアは馬を走らせ、王都にある騎士団の拠点へ到着すると、誘拐されていた子供たちは帰りを待ち続けていた両親との再会を果たしていた。
そこにはアイリスの姿もあり、ロウやフィン、ミアが駆け寄っていく後ろ姿が見えた。
「……良かったな」
「本当に。全員無事で良かった」
子供たちの安堵した表情を見つめていると、ふとエレノアはアルヴィンへ視線を向けた。
「……そういえば」
「ん?」
「あなた、馬に乗って大丈夫だったの?」
「え?」
「だって、骨とか折れてるわよね?」
応急処置をした際、腕だけでなく肋骨も折れているのではないかと感じていたエレノアは、平然と馬に乗っていたアルヴィンへ怪訝な視線を向けた。
「ん? まぁ、大丈夫だろ」
本人はなんでもないような顔で言っているが、その身体はとっくに限界を迎えているはずだ。
エレノアはすぐさま救護班を呼び寄せ、アルヴィンに治療を受けさせた。
案の定、アルヴィンの身体の状態は本人が思っている以上に深刻だったらしく、治療にあたっていた医師は「なんでこんな状態で平然としていられるんだ」と呆れたように何度も口にしていた。
「で? どうだったのよ」
アルヴィンの治療にはだいぶ時間を要し、救護室から出てきた頃にはすっかり日が沈み、頭上には月が昇っていた。
「あー、まぁ……」
エレノアの問いに、アルヴィンは歯切れ悪く言葉を濁す。
「当面は安静にしてろ……と」
「前の傷が治ったばかりだっていうのに」
アルヴィンの身体には至る所に包帯が巻かれていた。
左腕や胸元は不自然なほど厚く固定されており、その姿はなんとも痛々しい。
二人はライネルの待つ拠点へ戻ると、精霊の森で起きた一部始終を報告した。
そして報告を聞き終えたライネルは、深く息を吐いた後、険しい表情で口を開く。
「いいか、この件は他言無用だ。アルヴィンは精霊についての報告書をまとめて、近日中には私に提出するように」
「承知致しました」
「……お前たちのおかげで、大きな被害が出ずに済んだ。ありがとうな」
事態の深刻さもあり重苦しい空気の中、二人はようやく一連の報告を終え、疲れが滲んだ足取りで拠点を後にした。
「はぁー。疲れたな」
「まさか、ここまで事態が深刻になるとは思わなかったわ」
月明かりに照らされた王都の街を歩く中、アルヴィンはふと足を止めてエレノアの方へ向き直った。
「なぁ……なんか食ってくか?」
「え?」
突然の誘いに、エレノアも足を止める。
「この近くに行きつけの店があるんだ。今から学院に戻っても、どうせ着くのは明日の朝になるだろ? だったら、どこかで休んでいこうぜ」
「で、でも……こんな時間に急に押しかけて大丈夫なの?」
「大丈夫だって。知り合いの店だから、泊めてもらえると思う。ほら、早く行こうぜ」
アルヴィンはエレノアの手を取り、行きつけだという店へ向かった。
その店は、大通りの中でも酒場や飲食店が立ち並ぶ一角にあり、夜にもかかわらず多くの人々で賑わっていた。
「……妖精の涙?」
木製の看板に記された店名を読み上げるエレノアの姿を見て、アルヴィンは可笑しそうに笑った。
「変な名前だろ? ここで出してる酒と同じ名前なんだと」
アルヴィンに連れられて店の中へ入ると、ランプの灯りが店内を温かく照らしていた。
「なぁー、今日泊めてくれよ。ローザ!」
初めて訪れる店に緊張しているエレノアをよそに、アルヴィンはまるで自分の家に帰ってきたかのような気安さで、店の奥へ声を飛ばした。
「アンタねぇっ! 泊まるなら事前に言えっていつも言ってるでしょ!」
鋭い声と共に、店の奥から鮮やかな赤髪を揺らしながらローザが姿を現した。
豊かな胸元に引き締まった腰回り。
同性のエレノアですら思わず見惚れてしまうほど、彼女は魅力的だった。
「別にいいだろ? それより、なんか食わせてくれよ」
「アンタっていつもいつも……」
生意気な態度のアルヴィンに呆れていたローザは、ふと隣に立つエレノアの存在に気づき、興味深げに視線を向けた。
「あ、えっと……お邪魔しております」
「あれ? あれ、あれあれあれ?」
ローザはエレノアとアルヴィンを交互に見比べる。
「ちょっと! アンタが女の子を連れてくるなんて初めてじゃない!」
ローザは目を輝かせながらエレノアへ歩み寄った。
「アタシはローザ。この酒場『妖精の涙』のマスターをしているの」
興奮を隠しきれない様子で、ローザは目を輝かせながらエレノアの手をがしっと握った。
「アタシ、ずっと妹が欲しかったのよ!」
予想外の言葉に、アルヴィンはギョッと目を見開く。
「おい! なにふざけたこと言ってんだよ!」
「うるさいわね! 恋人を連れてくるならそれこそ事前に言いなさいよ! ちゃんと綺麗な格好でお迎えしてあげたのに!」
「はぁあ!? だから、エレノアは恋人じゃ——」
ローザはアルヴィンの声など聞こえていない様子で、再びエレノアへと向き直る。
「エレノアちゃん! 可愛らしい名前! すごくピッタリだわ!」
「おい! 話を聞けよ!」
「ねぇねぇ! あんな生意気な奴のどこに惚れたの?」
「だから、話を聞けって!」
止まらないローザからの質問に、エレノアは顔を真っ赤に染めながら慌てて口を開いた。
「あっ! あの、私は……アルヴィンの恋人ではありません!」
「え? そうなの?」
「も、申し遅れました。私、エレノア・グレイシアと申します!」
エレノアは改めてローザへ向き直る。
「アルヴィンとはレグナリア聖騎士学院で学びを共にしており……」
「はぁぁあ。要するに同級生だよ」
エレノアの畏まった説明に、アルヴィンはため息をつきながら補足する。
「これからエレノアと学院に戻る予定だったんだけど、こんな時間だし腹も減ったから俺が連れて来たんだよ。ったく……少しは人の話を聞けよ」
「なんだ、そういうこと」
アルヴィンの説明を聞いたローザは、あからさまに肩を落とした。
「部屋、まだ余ってんだろ? 今晩泊めさせてくれよ」
「そういうことなら早く言いなさいよ!」
ローザは一つため息を吐くと、今度はエレノアへ柔らかな笑みを向ける。
「エレノアちゃん、勝手に盛り上がっちゃってごめんね? ゆっくりしていって」
「あ……ありがとうございます」
ローザはエレノアににこりと微笑むと、夜食の準備をするため厨房の奥へ戻っていった。
「なんか、ごめんな?」
ローザの勢いにまだ圧倒されているのか、エレノアは数回大きく瞬きを繰り返した。
「す、素敵なお姉様ね」
「はぁっ?」
思いもよらない返答に、アルヴィンは怪訝そうに眉をひそめた。
「やめろよ! ローザはただの幼なじみだ。あんなのが姉だったら、俺は今頃死んでるよ」
エレノアが本気でそう思っていることを察したアルヴィンは、げんなりとした表情を浮かべながらカウンター席へ向かった。




