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反逆騎士の叛命録《リベリオン》  作者: 黒ひげの猫
一章

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16話 魔獣討伐作戦

「とりあえず、応急処置をしましょう」


 エレノアはアルヴィンを木にもたれかからせるように、その場へ座らせた。

 

「血を止めないと……。ロウ、近くから丈夫な木の枝を二本拾ってきてくれるかしら」


「お、おう!」


「あまり私たちから離れすぎないで」


 エレノアの指示を受けたロウは、何人かの子供たちを連れて木の枝を探しに向かった。

 子供たちが離れたことを確認すると、エレノアは焼け焦げたアルヴィンの制服を傷口に触れないよう慎重に脱がせる。

 そして荷物の中から出血を止める薬を取り出し、傷口へ塗り始めた。


「……そろそろ説明してちょうだい。一体、なにがあったの?」


 エレノアの問いに、アルヴィンは今度こそ真面目な表情で答えた。


「魔獣だ」


「魔獣?」


 聞き慣れない言葉に、エレノアは思わず聞き返す。


「精霊を喰って成長した獣を魔獣って呼ぶんだ。アイツは人の数倍はある巨体で、全てを消し炭にするほどの炎を吐く」


「そ、そんなものが……本当に存在するなんて」


「俺も最初は疑った。けど、あれは間違いなく実在する。少なくとも、正面から戦って勝てる相手じゃない」


 きっぱりと言い切ったアルヴィンに、エレノアは言葉を失った。


「な、なら……どうすればいいの?」


「正面切って戦うのはほぼ不可能だ。倒すんじゃない。魔獣を退かせるしかないな」


「退かせるって……精霊石?」


 ふと口をついて出たエレノアの言葉に、アルヴィンはニヤリと笑った。


「さすがだな。その通りだ」


 そう言ってアルヴィンは小さく頷く。


「俺たちも魔獣と同じ力で対抗する。作戦があるんだ」


 すると、向こうから子供たちの足音が聞こえ、それと同時に二人はぱっと表情を切り替える。


「エレノアお姉ちゃん! 見つけた!」


 子供たちの手には長さこそ違うものの、アルヴィンの折れた腕を固定するには十分な木の枝が握られていた。


「ありがとう、助かったわ」


 子供たちから木の枝を受け取ったエレノアは、なんの躊躇いもなく制服の裾へ手をかけ、ビリッ——と制服の一部を破いた。


「ちょ、おいって!」


「なによ」


「なによって……何してんだよ!」


 破れた制服の隙間から、すらりと伸びた白い脚が覗く。

 エレノアは気にも留めずさらに制服を裂き、思わぬ光景にアルヴィンは視線の置き場を失う。


「あなたの折れた骨を支えるのに必要だからよ。ほら、これで少しはマシになるはず」


 エレノアは手早くアルヴィンの折れた腕を木の枝で挟み込み、破いた制服で固定していく。


「悪い……」


「謝らないでちょうだい」


 エレノアの慣れた手つきで応急処置は終わり、アルヴィンは魔獣を退かせるための作戦を説明し始めた。


「今、俺たちを狙ってる怪物はすごく強い。俺とエレノアお姉ちゃんでも倒すことはできない」


 子供たちにも伝わるよう、アルヴィンはゆっくりと言葉を選ぶ。


「だから怪物を倒すんじゃなくて、追い払うんだ」


 続けて、アルヴィンはロウに視線を向けた。


「ロウ、精霊石の力をまだ覚えてるか?」


 ロウは何かを察したように、ポケットの中から事前に渡されていた精霊石を取り出す。


「まずは、ここにたくさんの落とし穴を作る。ロウと子供たちは黄色く光る石を集めてくれ。ロウ、頼んだぞ」


「分かった!」


 子供たちはロウを筆頭に、土属性の力を宿した精霊石を探し始めた。

 その様子を見守りながら、アルヴィンはエレノアへ作戦の続きを説明する。


「土属性の精霊石は地面の土を操れるんだ。作った落とし穴の中に、いくつか火属性の精霊石を仕込む」


「落とし穴に落ちた魔獣へ火柱を浴びせるってわけね」


「あぁ。でも、それだけじゃ足りない」


 エレノアの導き出した答えに、アルヴィンは小さく首を振った。


「火柱に、風を加えるんだ」


「風?」


「火柱に強い風を加えれば、炎の竜巻を生み出せる。危険度は跳ね上がるけど、あの魔獣に対抗できる可能性があるとしたらこれしかない。それに、森で突然炎の竜巻が上がれば、異変に気づいた騎士団が駆けつけてくるかもしれないだろ?」


「そういうこと。さすがね」


「……ただ、この方法は本当に危険だ」


 アルヴィンはなおも躊躇っているのか、その声は先ほどまでよりも弱々しい。

 そんなアルヴィンを、エレノアは真っ直ぐ見つめた。


「だからなに?」


 一切迷いのない声だった。


「私たちが生きて帰るには、十分な作戦よ。だから、私に危険な目に遭うなんて言わないでちょうだい」


「エレノア……」


「一緒に生きて帰るのよ。あなたとなら、どんな作戦だってできるわ。……それに」


 一歩も揺るがない瞳が、真っ直ぐアルヴィンを見つめる。


「私とあなたが一緒なのよ。何も怖いことなんてないんでしょ?」


 聞き覚えのある言葉に、アルヴィンの口元がふっと緩んだ。


「アハハハッ! そうだな!」


 心の底から可笑しそうに笑う。


「俺とエレノアなら、怖いものなんてないよな。――一緒に生きて帰ろう」


 すると、両手いっぱいに黄色く光る精霊石を抱えたロウたちが戻ってきた。


「何笑ってんだよ」


 ただ一人笑っているアルヴィンに、ロウは怪訝そうな表情を向ける。


「エレノアお姉ちゃんが頼りになるって話だ」


 そう言いながら精霊石を受け取ったアルヴィンの顔からは、先程までの弱々しさはすっかり消えていた。


「生きて帰るぞ」


 アルヴィンたちは、生きて帰るための作戦を実行に移した。

 用意した土属性の精霊石を地面へ叩きつけると、人一人が収まるほどの落とし穴が出来上がる。

 そこへ、アルヴィンとエレノアが集めた火属性の精霊石を慎重に仕込んでいった。

 この作業を何度も繰り返し、一帯に隙間なく落とし穴を作り上げた、その時だった。


 ズシン――ズシン――。


 アルヴィンの血の匂いを嗅ぎつけた魔獣の足音が響く。


 グルルルルルルルァァァアアアアアッ!!


 森全体を震わせるような咆哮に、子供たちは思わず肩を跳ねさせた。


「来たか……」


 アルヴィンとエレノアは子供たちに離れた場所の岩陰へ身を隠すよう指示を出すと、水属性の精霊石で生み出した水を頭から浴びた。


「……準備はいいか?」


「えぇ」


 二人の手には、風属性の精霊石が固く握られている。

 魔獣の足音が近づくにつれ、エレノアの表情に緊張が走る。

(初めて対峙する未知の魔獣だ。無理もないよな)

 アルヴィンは張り詰めた空気を和らげるように、力強く声をかけた。


「エレノア、大丈夫だ」


「っ、そうね」


 エレノアの肩から少しだけ力が抜けた。

 その直後、目の前の木々が次々と薙ぎ倒され、その奥から巨大な魔獣が姿を現した。

 アルヴィンから事前に魔獣について話は聞いていたが、獲物を射抜く鋭い眼光と、肉を容易く引き裂く鋭利な牙を目の当たりにした瞬間、エレノアの身体は緊張で強ばる。

 魔獣は元々標的にしていたアルヴィンだけでなく、新たに現れたもう一つの獲物にも興味を示した。

 湿った鼻先をひくつかせながら、エレノアの匂いを確かめるように見つめ、口元から糸を引くように涎を垂らした。


「エレノア……いいか、少しずつ後退するんだ」


「えぇ」


 魔獣が興味を示している今、アルヴィンとエレノアは落とし穴へ誘い込むようにじりじりと距離を取る。


 グルルルルッ――


 巧みな誘導に釣られ、魔獣は一歩、また一歩と落とし穴へ近づいていく。

 すると、標的との距離が一向に縮まらないことに気づいた魔獣は、苛立ちを爆発させるかのように尻尾を振り回した。

 そのすぐそばには落とし穴がある。

 火属性の精霊石がいつ誘爆してもおかしくない状況だった。


「クソッ――。エレノア、一気に魔獣をおびき寄せるぞ!」


「えぇ!」


 時間との勝負になり、アルヴィンとエレノアは再び魔獣との距離を詰めると、挑発するように落とし穴の上を一気に駆け抜ける。

 その直後、地面へ叩きつけられた魔獣の尻尾が精霊石を直撃した。


 ドンッ――!


 爆発と共に火柱が噴き上がり、身を焦がす熱に驚いた魔獣は激しい咆哮を上げた。


 グゥオォォオオオオォッ――!


 興奮状態に陥った魔獣は、なおも立ち上る火柱を前に怒りを爆発させる。

 そして、その矛先を近くにいたエレノアへ向けた。

 鋭い爪を剥き出しにし、木々を薙ぎ払いながら迫るその姿は、今にも獲物を喰らい尽くさんばかりの勢いだった。


「エレノアッ! こっちだ!」


(このままだとエレノアだけじゃなく、子供たちも危険だ!)

 そう察したアルヴィンはエレノアを呼び寄せ、魔獣の進行方向を変えさせた。


「落とし穴に誘導するのはもう不可能だ!」


「な、なら……どうやってあの魔獣を!」


「強硬手段に出るしかないな……エレノア、借りるぞ!」

 

 アルヴィンはエレノアの腰に携えられた鞘から剣を抜き取った。


「俺が魔獣を落とし穴に落とす! 作戦はそのままだ! 火柱が上がったら、その風の精霊石を投げろ!」


「わかったわ!」


 アルヴィンは片腕で剣を構え、ぐっと脚に力を込める。

(狙うのはただ一点、魔獣の脚の腱だ!)

 腱を斬り裂き、体勢を崩した魔獣を落とし穴へ叩き落とす。

 アルヴィンは一気に駆け出し、縦横無尽に飛来する木片を掻い潜りながら、暴れ狂う魔獣の足元へ滑り込んだ。


「いい加減、大人しくしろっ!」


 力の限り剣を振り抜く。

 だが、鋼のように硬い体毛がその一撃を阻んだ。


「そう簡単にはいかねぇよな!」


 二撃、三撃と続けざまに魔獣の腱を斬りつけるが、硬い体毛を散らすだけで刃は肉まで届かない。

 足元でアルヴィンが不審な動きをしていることに気づいた魔獣は、動き回る獲物を踏み潰そうと荒々しく足を振り回した。

 途端に砂埃が舞い上がり、アルヴィンの視界を覆い尽くす。

(狙いが定まらない!)

 魔獣に警戒された今、この場から離れてしまえば、魔獣の脚を斬る機会は二度と訪れないだろう。


「一か八かっ!」


 アルヴィンは予備で持っていた火属性の精霊石を剣の刃へ叩きつけた。

 瞬間、火柱が刃へ吸い込まれるように収束し、燃え盛る炎剣へと姿を変えた。

 熱気だけで肌が焼け、剣を握る手からは焦げた臭いが立ち上っていた。

 だが、そんなことを気にしている場合ではない。

(この一撃を逃せば、もう機会はない!)

 アルヴィンは腰を大きく捻るり、全身の力を乗せ再び剣を振り抜いた。


 ザシュッ――!


(手応えはある!)

 肉と筋を断ち切る確かな感触が走り、同時に噴き出した鮮血がアルヴィンの半身を染め上げた。


「っ、どうだ!」


 魔獣は断末魔のような咆哮を上げながら、巨体をぐらりと傾けた。

 落とし穴の縁へ片脚を踏み外し、大きく体勢を崩している。

 だが、その巨体はあまりにも重く、今にも落ちそうでいてあと一歩が足りない。


「クソッ!」


(あと少し、あと少しっ!)

 ほんの僅かなきっかけさえあれば、魔獣を落とし穴の中へ落とせる。

 だが、先ほどの攻撃で傷口が開き、アルヴィンの身体からは再び血が流れ出していた。

 アルヴィンはもう立っているだけで精一杯で、魔獣を押し込めるほどの力など、残されていない。


「何か、何かないのかっ!」


 この状況を覆せる手段を必死に探していた、その時だった。

 視界の隅を、小さな影が駆け抜ける。


「っ――!」


 ロウだ。


「アイツ、こんな所で何をしてんだっ!」


「アルヴィン兄ちゃん! コレを使って!」


 ロウの手に握られていたのは、先ほど落とし穴を作るために使っていた黄色い精霊石だった。

 ロウはアルヴィンへ向け、力の限り精霊石を投げる。


「ハハッ! お前ってヤツは!」


 投げられた精霊石は、ちょうどアルヴィンの手元へと飛び込み、それをしっかりと掴み取る。


「ありがとうなっ!」


(大きすぎない。丁度いいサイズだ!)

 アルヴィンは傾いた魔獣の足元へ、ロウが命懸けで届けた精霊石を叩きつけた。


 ゴゴゴゴッ――。


 精霊石が叩きつけられた瞬間、地響きのような轟音が森に響き渡り、魔獣の足元の地面が大きく崩れ落ちた。

 支えを失った巨体は、まるで吸い込まれるように落とし穴へ滑り落ちる。

 そして、魔獣の巨体が、ぴたりと落とし穴に嵌った。


「ロウッ! 今すぐそこから離れろっ!」


 落とし穴の底から赤い光が漏れた、その瞬間――。


 ドォオンッ――!


 爆発にも似た衝撃が走り抜け、アルヴィンの目の前で巨大な火柱が噴き上がった。


「エレノアッ! 今だっ!」


「えぇっ!」


 魔獣の巨体は火柱に飲まれ、アルヴィンとエレノアは作戦通り、風属性の力を宿した精霊石を火柱へ向かって投げつけた。


 ドォォォォォオオンッ――!


 一度に強烈な風を受けた火柱は、激しく膨れ上がり炎は渦を巻きながら天へと伸び、その姿を巨大な炎の竜巻へと変えた。

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