運命の女神様
翌日。
フィオナは支度をして家を出た。
向かうのは、王都の中にある教会。
ロザリアの言葉が、ずっと頭にあった。
教会へ行ってみるといいわ。神様に最も近い場所だから。
神に近い場所へ行けば、あの声にまた会えるだろうか。
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教会は、王都の少し奥まった場所にあった。
白い石造りの、静かな建物。
大きな扉を、そっと押す。
ひやりとした空気が、頬を撫でた。
中は、広く早い時間だからか他には人はいない。
高い天井。長い椅子が、整然と並んでいる。
建物の中央には、祭壇があった。
そこには、様々な自然を象ったモチーフが、丁寧に彫り込まれている。
幾多の神々を、象徴するもの。
なのでここも、特定の神を祀る場所ではなかった。
全ての神々へ、自分の信仰する神へ祈りを捧げるための場所。
天井の高いところに窓がある。
そこから差し込んだ光が、ちょうど祭壇へ降り注ぐようになっていた。
昼間はこの自然光で照らす。夜や、暗い日のために壁際に灯籠が並んでいる。
静かだった。
不思議と息が吸いやすい。
フィオナは、自然と背筋を伸ばしていた。
そういう空気が、ここにはあった。
椅子の一つにそっと腰を下ろし、目を閉じた。
手を組んで祈りを捧げる。
どうかこの祈りが、あの時の神様に届きますように、と。
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どれくらい、そうしていただろう。
短い間だったかもしれないし、長い時間だったかもしれない。
ふっと、意識が深くなる感覚があった。
思考が回るので、眠っているわけでは無い。
ただ、すうっと。
自分の内側へ沈んでいくような。
…この感覚。
あの時に、少しだけ似ている。
ユリウスが消えて、暗闇に落ちた、あの時。
でも今度は、もう少し穏やかだった。
フィオナは、その感覚に身を委ねた。
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『フィオナ』
声が聞こえた。あの時の声だ。
優しくて、静かで。
…でも。
『ごめんね!加護与えた時は時間が無くて!』
明るかった。
想像していたものと全然違う。
以前はもっと厳かで近寄り難いものだと思っていたのに。
「…えっと」
『あー!あなた!今ちょっとイメージと違うって思ったでしょ!他の神も言うのよね!!もう少し威厳を持てって!』
そう言いながらからから、と笑う気配。
それがあまりにも楽しそうで拍子抜けした。
『私ね、100年単位で眠るんだけど』
「ひゃく…?」
『目が覚めて散歩してたら、他の神達があなたたちの様子を見ててね。私も一緒に見てたの』
様子を見ていたというのは、もしやあの最後の時のことなのだろうか。
ユリウスが消えた、あの時を。
「…一つ、聞いてもいいですか」
『いいわよ』
「どうして、私だったんですか」
ずっと、引っかかっていた。
あの場には、他にも沢山の人がいた。
なのに、なぜ自分が選ばれたのか。
ふっ、と声が笑った。
『あそこにいた加護なしの中であなたが1番運命を変えたいって願って、あなたが誰よりもあの運命を否定していたから』
胸が小さく跳ねた。
あの時。
届かない手を何度も伸ばした。
壁を叩いた。
運命を、恨んだ。
「…私、何をすればいいんですか」
思わず、零れた。
加護を、チャンスを貰った。
何をどうすれば、あの未来を変えられるのか。
「どうすれば!運命を変えられますか!!」
『あなたのしたいように』
あっさりと、女神は答えた。
『運命を変えるのは、あなた自身だもの』
「…でも」
声が、少しだけ震えた。
「本当に、変えられるんでしょうか」
自信は、なかった。
私が、私の行動が何を変えられるんだろう。
変えるには、あの未来はあまりにも重かった。
『あなたはもう、多くを変えているわ』
「…え」
『自分では気づいてないだけ』
心臓が、ことりと音を立てた。
『それに、1人じゃないわ!運命って多くの人のものが複雑に絡み合ってるの。あなたの変えようとしてる運命を願う人は1人じゃないかもね』
明るい声。
なのにその一言が重く、じわりと胸の奥に広がっていった。
その時。
ふっと、意識が、浮かび上がっていく感覚があった。
深い水の底からゆっくりと。
水面へ上がっていくような。
「待っ…!」
まだ聞きたいことがあった。
沢山、あったのに。
『大丈夫』
遠くで声が聞こえる。
もうほとんど届かない。
でも確かに聞こえた。
『見守っているわ!』
明るく優しい声が。
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「…っ」
目を開ける。
教会の椅子の上だった。
手は組んだまま。
姿勢もそのまま。
祭壇には変わらず光が降り注いでいる。
でもその角度が、最初より少しだけ傾いていた。
少し時間が経ったようだった。
夢、だったんだろうか。
いや。
あの明るく優しい声はまだ耳に残っている。
フィオナは、静かに息を吐いた。
長く、深く。
肩から力が抜けていく。
運命や加護に、繰り返されたこの時に。どこかずっと力が入っていた。
でも、明るくて、掴みどころのない女神様。
そんな女神様の言ったあの言葉。
私は多くを変えられているらしい。
もちろん以前と違うことは多くあったけれどずっと自信がなかった。
少し、自信が持てて。力が抜けた気がした。
「きっと、きっと変えてみせますから。見守っててくださいね」
もう一度祭壇を見つめて、フィオナは教会を後にした。




