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消えた君を取り戻すために、少女は巻き戻って運命を変えたい  作者: 桜木 黎明


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闇の足音

 みんなで話すのに残っていた放課後の教室。


 帰り支度をしていたヴァンが、一通の手紙を手にしていた。


「手紙?それどうしたの?ヴァン」


 フィオナが声をかける。


「辺境からよ。家からの手紙」


 ヴァンは、手紙を振るように見せながら言った。


「最近、魔物の動きが活発になってるんですって」


「魔物が?」


「ええ」


 レオガルドが、椅子の背もたれから身を起こした。


「魔物なんていつものことだろ。辺境にはよくいるじゃん」


「それが今回はちょっと様子が違うみたいなのよ」


 ヴァンは、少し考えるように言葉を選んだ。


「いつもなら、それなりの数で落ち着いてるの。グレイウェルが抑えているし。でも今回は…数も、動きも、いつもより多くなってきているって」


 その声が、いつもより硬い。


「私が生まれてから、ここまで活発になったことはなかったわ」


「…そんなに?」


「ええ。だから、少し気になって」


 ヴァンは窓の外へ目を向けた。


 故郷の辺境のある方を見ているようだった。


****


「まあ、グレイウェルが抑えてるなら大丈夫だろ」


 レオガルドが、軽い調子で言った。


「そうね。みんな頑張っているから大事にはならないと思うけれど」


 ヴァンも頷く。


 セレナは特に反応せず本を閉じていた。ユリウスも少し考えた顔で話を聞いている。


 心配だが大事にはならないだろう。


 そんな空気が教室にゆっくり広がっていく。


 でも。


 フィオナだけが、引っかかっていた。


 胸の奥が、ざわつく。


 時間が戻る前にも確かに聞いた辺境で魔物が増えたという話。


 自分もその時は大したことないと思っていた。たまたま増える時もあるだろうと。


 でも、確かこの頃から色々な異変が増えていった…


「ねえ」


 気づいたら、口を開いていた。


「魔物って、そもそもどんなものなのかな」


 みんなが、こちらを見た。


「どうしたの?急に」


「えっと…なんとなく。考えてみたら、私あんまり知らないなって」


 ループのことは、言えない。


 だから、そう誤魔化した。


「辺境のこと聞いて気になっちゃって!」


 フィオナは、努めて軽い調子で続けた。


「魔物がどうやって生まれるとか、闇がどうとか。ちゃんと知りたいなって」


****


「魔物は動物とかが闇に取り込まれたものだろ?」


 レオガルドが、腕を組んで言った。


「俺はそれくらいは知ってるぜ!」


「じゃあ、闇ってそもそも何なの?」


 フィオナが聞き返すとレオガルドが、ぐっと詰まった。


「…闇は、闇だろ」


「説明になってない」


 セレナがぼそりと言う。


「うるさいな!じゃあお前は知ってんのかよ」


「知らない」


 セレナはあっさり認めた。


「でも、知らないと自覚しているだけあなたよりはまし」


「なんだそれ!」


 ユリウスが、苦笑する。


「言われてみれば僕も詳しくは知らないかも。闇は負のもので闇が魔物を生むってくらいで」


「私もよ。魔物は倒すけれど、闇自体の姿かたちは見たことないわね…」


 ヴァンも、頷いた。


 辺境を守る家の人間でさえ、闇そのものについては、よく知らない。


 そのことに、みんなが少し驚いていた。


「…じゃあ調べてみようよ!」


 フィオナが言う。


「ちょうど辺境のことも気になるし!図書室、行ってみない?」


****


 図書室は、いつも通り静かだった。


 窓から差す午後の光が、本棚の間に細く伸びている。


 みんなで手分けして、文献を探した。


 闇の棚。魔物の棚。封印に関する歴史書。


 それらしいものを、何冊か抜き出して、テーブルへ広げる。


「…あんまり、書いてないな」


 レオガルドが、ページをめくりながら呟いた。


「本当ね」


 ヴァンも、別の本を見ながら言う。


 どれも似たような内容だった。


 闇とは、世界に溜まる負の残滓。


 感情、死、絶望に反応する。


 生物や、土地を侵食する。


 書いてあるのはその程度。


 それ以上の詳しい話はどこにもなかった。


「加護の時と同じね」


 セレナが、淡々と言った。


「肝心なことは書いていない」


 行き詰まった。


「でも、闇については王家にも詳しいことは何も…」


 ユリウスがそう言ってみんなが黙り込んだその時。


「…あの」


 控えめな声が聞こえた。


 全員が顔を上げる。


 いつの間にかテーブルの傍にマリエラが立っていた。


 オレンジ色の髪。うろと彷徨う視線。


「少し、聞こえてしまって。ごめんなさい」


 小さな声でそう言う。


「闇のことを、調べているんですよね」


「うん。マリエラ何か知ってるの?」


 フィオナが身を乗り出した。


 マリエラは驚いてたじろぎ少し迷った仕草をしたあと、口を開いた。


「…見たことが、あるんです」


「見た?」


「動物が闇に取り込まれて、魔物になるところ」


 その場が、静かになった。


****


「昔、家族で辺境へ行ったことがあって」


 マリエラは、ぽつぽつと話し出した。


「その時妹が迷子になって。探していたんです」


 淡々とした口調。


 でも、どこか沈んだような声。


「森の奥まで行ってしまって。物音がしたから怖くてそちらを見たらうさぎを見つけて、心細い気持ちが少し軽くなって。可愛いなって、見ていたら」


 マリエラの視線が、少しだけ遠く暗くなる。


「黒い影が、近づいてきたんです」


「黒い影…」


「ええ。すうっと、地面を這うみたいに。それがうさぎを覆って」


 その光景を思い出しているようだった。


「あっという間に取り込んでしまって。気づいたら、うさぎは…魔物になっていました」


 フィオナは、息を呑んだ。


「すごく、静かだったんです」


 マリエラが、小さく言った。


「うさぎは鳴き声を上げていたようなのに何も聞こえなくて。為す術なく、魔物に変わってしまって」


 その声は相変わらず淡々としていたのに泣きそうに聞こえた。


****


「お役に立てれば、と思って」


 マリエラはそう言って、小さく頭を下げた。


 そのまま、静かに去っていく。


 華奢な背中が、本棚の向こうへ消えていった。


「…なあ」


 レオガルドが、口を開いた。


「普通、辺境なんか行くか?あんなとこ」


 怪しむような、口調だった。


「ちょっと!あんなとことは失礼ね!」


「ごめんって!でも貴族の令嬢が、わざわざ危ない場所に行くなんておかしくね?怪しいって!」


「レオガルド」


ヴァンが今度は静かにたしなめた。


「闇が強い場所には、珍しい植物や鉱石もあるの。研究や採取目的で訪れる人も、それなりにいるのよ」


「…そういうもんか」


「そういうもの」


 レオガルドは、納得したように引き下がった。


「ちなみに私も研究のために行ったことがある。貴族の令嬢だけど」


セレナがそう言い出して、またレオガルドと言い争っていた。


 ヴァンを見るとその視線は、マリエラが去った方を向いたままだった。


「あの子…」


 何かをつぶやきかけて辞めた。


 フィオナは1人考え込んでいた


 …もっと、調べなきゃ。


 テーブルの上の文献を、もう一度見つめた。


 まだ、何も分かっていない。

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