闇の足音
みんなで話すのに残っていた放課後の教室。
帰り支度をしていたヴァンが、一通の手紙を手にしていた。
「手紙?それどうしたの?ヴァン」
フィオナが声をかける。
「辺境からよ。家からの手紙」
ヴァンは、手紙を振るように見せながら言った。
「最近、魔物の動きが活発になってるんですって」
「魔物が?」
「ええ」
レオガルドが、椅子の背もたれから身を起こした。
「魔物なんていつものことだろ。辺境にはよくいるじゃん」
「それが今回はちょっと様子が違うみたいなのよ」
ヴァンは、少し考えるように言葉を選んだ。
「いつもなら、それなりの数で落ち着いてるの。グレイウェルが抑えているし。でも今回は…数も、動きも、いつもより多くなってきているって」
その声が、いつもより硬い。
「私が生まれてから、ここまで活発になったことはなかったわ」
「…そんなに?」
「ええ。だから、少し気になって」
ヴァンは窓の外へ目を向けた。
故郷の辺境のある方を見ているようだった。
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「まあ、グレイウェルが抑えてるなら大丈夫だろ」
レオガルドが、軽い調子で言った。
「そうね。みんな頑張っているから大事にはならないと思うけれど」
ヴァンも頷く。
セレナは特に反応せず本を閉じていた。ユリウスも少し考えた顔で話を聞いている。
心配だが大事にはならないだろう。
そんな空気が教室にゆっくり広がっていく。
でも。
フィオナだけが、引っかかっていた。
胸の奥が、ざわつく。
時間が戻る前にも確かに聞いた辺境で魔物が増えたという話。
自分もその時は大したことないと思っていた。たまたま増える時もあるだろうと。
でも、確かこの頃から色々な異変が増えていった…
「ねえ」
気づいたら、口を開いていた。
「魔物って、そもそもどんなものなのかな」
みんなが、こちらを見た。
「どうしたの?急に」
「えっと…なんとなく。考えてみたら、私あんまり知らないなって」
ループのことは、言えない。
だから、そう誤魔化した。
「辺境のこと聞いて気になっちゃって!」
フィオナは、努めて軽い調子で続けた。
「魔物がどうやって生まれるとか、闇がどうとか。ちゃんと知りたいなって」
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「魔物は動物とかが闇に取り込まれたものだろ?」
レオガルドが、腕を組んで言った。
「俺はそれくらいは知ってるぜ!」
「じゃあ、闇ってそもそも何なの?」
フィオナが聞き返すとレオガルドが、ぐっと詰まった。
「…闇は、闇だろ」
「説明になってない」
セレナがぼそりと言う。
「うるさいな!じゃあお前は知ってんのかよ」
「知らない」
セレナはあっさり認めた。
「でも、知らないと自覚しているだけあなたよりはまし」
「なんだそれ!」
ユリウスが、苦笑する。
「言われてみれば僕も詳しくは知らないかも。闇は負のもので闇が魔物を生むってくらいで」
「私もよ。魔物は倒すけれど、闇自体の姿かたちは見たことないわね…」
ヴァンも、頷いた。
辺境を守る家の人間でさえ、闇そのものについては、よく知らない。
そのことに、みんなが少し驚いていた。
「…じゃあ調べてみようよ!」
フィオナが言う。
「ちょうど辺境のことも気になるし!図書室、行ってみない?」
****
図書室は、いつも通り静かだった。
窓から差す午後の光が、本棚の間に細く伸びている。
みんなで手分けして、文献を探した。
闇の棚。魔物の棚。封印に関する歴史書。
それらしいものを、何冊か抜き出して、テーブルへ広げる。
「…あんまり、書いてないな」
レオガルドが、ページをめくりながら呟いた。
「本当ね」
ヴァンも、別の本を見ながら言う。
どれも似たような内容だった。
闇とは、世界に溜まる負の残滓。
感情、死、絶望に反応する。
生物や、土地を侵食する。
書いてあるのはその程度。
それ以上の詳しい話はどこにもなかった。
「加護の時と同じね」
セレナが、淡々と言った。
「肝心なことは書いていない」
行き詰まった。
「でも、闇については王家にも詳しいことは何も…」
ユリウスがそう言ってみんなが黙り込んだその時。
「…あの」
控えめな声が聞こえた。
全員が顔を上げる。
いつの間にかテーブルの傍にマリエラが立っていた。
オレンジ色の髪。うろと彷徨う視線。
「少し、聞こえてしまって。ごめんなさい」
小さな声でそう言う。
「闇のことを、調べているんですよね」
「うん。マリエラ何か知ってるの?」
フィオナが身を乗り出した。
マリエラは驚いてたじろぎ少し迷った仕草をしたあと、口を開いた。
「…見たことが、あるんです」
「見た?」
「動物が闇に取り込まれて、魔物になるところ」
その場が、静かになった。
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「昔、家族で辺境へ行ったことがあって」
マリエラは、ぽつぽつと話し出した。
「その時妹が迷子になって。探していたんです」
淡々とした口調。
でも、どこか沈んだような声。
「森の奥まで行ってしまって。物音がしたから怖くてそちらを見たらうさぎを見つけて、心細い気持ちが少し軽くなって。可愛いなって、見ていたら」
マリエラの視線が、少しだけ遠く暗くなる。
「黒い影が、近づいてきたんです」
「黒い影…」
「ええ。すうっと、地面を這うみたいに。それがうさぎを覆って」
その光景を思い出しているようだった。
「あっという間に取り込んでしまって。気づいたら、うさぎは…魔物になっていました」
フィオナは、息を呑んだ。
「すごく、静かだったんです」
マリエラが、小さく言った。
「うさぎは鳴き声を上げていたようなのに何も聞こえなくて。為す術なく、魔物に変わってしまって」
その声は相変わらず淡々としていたのに泣きそうに聞こえた。
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「お役に立てれば、と思って」
マリエラはそう言って、小さく頭を下げた。
そのまま、静かに去っていく。
華奢な背中が、本棚の向こうへ消えていった。
「…なあ」
レオガルドが、口を開いた。
「普通、辺境なんか行くか?あんなとこ」
怪しむような、口調だった。
「ちょっと!あんなとことは失礼ね!」
「ごめんって!でも貴族の令嬢が、わざわざ危ない場所に行くなんておかしくね?怪しいって!」
「レオガルド」
ヴァンが今度は静かにたしなめた。
「闇が強い場所には、珍しい植物や鉱石もあるの。研究や採取目的で訪れる人も、それなりにいるのよ」
「…そういうもんか」
「そういうもの」
レオガルドは、納得したように引き下がった。
「ちなみに私も研究のために行ったことがある。貴族の令嬢だけど」
セレナがそう言い出して、またレオガルドと言い争っていた。
ヴァンを見るとその視線は、マリエラが去った方を向いたままだった。
「あの子…」
何かをつぶやきかけて辞めた。
フィオナは1人考え込んでいた
…もっと、調べなきゃ。
テーブルの上の文献を、もう一度見つめた。
まだ、何も分かっていない。




