表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
消えた君を取り戻すために、少女は巻き戻って運命を変えたい  作者: 桜木 黎明


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/10

フィオナの加護

 あの日から、数日が過ぎた。


 「後日、改めて呼ぶわ」


 ロザリアのあの言葉が、ずっと頭の隅に残っていた。


 授業を受けていても。ご飯を食べていても。ふとした瞬間に、思い出す。


 いつ呼ばれるんだろう。


 何を言われるんだろう。


 落ち着かない日々が、静かに過ぎていく。


 左腕の印に、何度も触れた。


 そして、ある日の放課後。


 一通の手紙が、フィオナのもとへ届いた。


 差出人は、ロザリア。


 「明日、王城へ来るように」と。


 短い文面だった。


 その短さが、余計に緊張を煽った。


「…ついに、か」


 小さく呟く。


 手紙を握る手に、少しだけ力が入った。


****


 翌日。


 案内されたのは、王城の応接室だった。


 重厚な扉。落ち着いた色の調度品。窓から差す光が、柔らかく室内を照らしている。


 ソファに腰を下ろして待っていると、静かに扉が開いた。


「待たせたわね」


 ロザリアだった。


 いつも通りの落ち着いた佇まい。


 フィオナの向かいに静かに腰を下ろす。


 そして、ゆっくりとお茶を飲んだ。


 カップを置いて、ロザリアはフィオナを真っ直ぐに見た。


「先日のお茶会の時。貴女、私の手の印が見えていたでしょう」


 息が、止まりかけた。


 やっぱり気づかれていた。


「…はい」


 誤魔化しても仕方ない。


 フィオナは素直に頷いた。


 ロザリアは小さく息を吐いて淡々と続ける。


「加護については、以前お茶会で少し話したわね。王家が記録と管理をしている、と。それを今担当しているのが私なの」


 ロザリアが、静かにこちらを見る。


「普段は別の者が説明をするのだけれど。貴女のことは、私が直接話すべきだと判断したわ」


****


「私の加護は、記憶よ」


 ロザリアは、静かに話し出した。


「記憶…?」


「見たもの、経験したこと。その全てを私は覚えている」


 フィオナは、思わず黙った。


 全てを記憶する。


 言葉にすれば、たった一言。


 でも、それがどういうことなのか。


「だから加護の記録も全部、頭の中に入っているわ。書物を確認する必要もない」


 淡々とした声。


 なのに、その言葉の重さがじわりと胸に広がっていく。


 全てを覚えているということは。


 忘れたいことも、忘れられないということ。


 フィオナは、ロザリアの顔をそっと見た。


 その表情からは何も読み取れなかった。


 ただ静かに、こちらを見ているだけ。


 でも、なぜだろう。


 その静けさが少しだけ苦しそうに見えた。


「…大変…ですね」


 思わずそう零れた。


 ロザリアは、ほんの少しだけ目を見開いて。


 それから、薄く笑った。


「そうね。たまに…そう思うわ」


****


「印を見せてもらえるかしら」


 ロザリアが、静かに言った。


「あ…はい」


 フィオナは袖をまくって、二の腕を差し出した。


 赤に近いピンク色の紋様。


 細い線が複雑に絡み合う印。


 ロザリアの視線が、それに落ちた瞬間。


「…っ」


 息を呑む音が聞こえた。


 ロザリアの目がわずかに見開かれる。


 いつも崩れない表情が揺れた。


「…これは」


 掠れた呟き。


 その後の沈黙。


 数秒がやけに長く感じた。


 ロザリアはすぐに何事もなかったかのように背筋を伸ばす。


 一体この印に、何があるのだろう。


 不安と、少しの期待が、胸をざわつかせた。


「フィオナ」


 ロザリアが静かに口を開いた。


「貴女の加護は、運命よ」


「運命…?」


「ええ」


 ロザリアは、ゆっくりと言葉を選ぶように続ける。


「運命の女神が加護を与えることは…本当に少ないの」


 その声には、いつもの淡々とした響きの中に何か慎重なものが混じっていた。


「長い歴史の中でも、記録に残っているのはたった一人だけ」


「一人だけ…?」


「そう。どんな加護なのかも、詳しくは分かっていない。残されている記録があまりにも少ないから…」


 フィオナは、黙って聞いていた。


「ただ、その加護の持ち主が記録に一つだけ言葉を残しているの」


 ロザリアは少しだけ間を置いた。


「『運命の加護は、チャンスをくれる。でも、そのチャンスをどうするかは自分次第』」


 その言葉が、胸の奥にすとんと落ちた。


 チャンスをどうするかは自分次第。


 …あの声。


 『じゃあ、あなたが救ってみせて』


 重なる。


 あの暗闇の中で聞いた声と、今の言葉が。


「結局、それ以上のことは分かっていないわ」


 ロザリアが静かに締めくくる。


 でも、フィオナの中ではその言葉だけが強く響いていた。


 フィオナだけが、その言葉の意味を分かっていた。


****


「一つ、聞いてもいいかしら」


 ロザリアがこちらを見た。


「はい」


「加護を貰った時。貴女、神様と話さなかった?」


 フィオナの心臓が小さく跳ねた。


 あの時のこと。


 誰にも話していなかった。


「…話しました」


 ゆっくりと口を開く。


「真っ暗で、何も見えなくて。その時に声が聞こえたんです」


「…そう」


「女の人の声でした。優しくて、静かで」


 フィオナは記憶を辿る。


「『変えたい?』って、聞かれて」


「…それで?」


「私が『変えたい』って答えたら、その声は」


 少しだけ、声が震えた。


「『じゃあ、あなたが救ってみせて』って」


 ロザリアは静かに聞いていた。


 それから、ほんの少しだけ目を伏せる。


「…そう」


 短い相槌。


「加護を授けていただく時、皆お話をするものなの。私の時は、もう少しお話をしたわ」


「ロザリア様も…?」


「ええ。皆、加護についてもう少し聞いているものだけれど…。もしかしたら貴女の時は時間がなかったのかもしれないわね」


 そう言って、ロザリアはしばらく何か考えているようだった。


****


「フィオナ」


 帰り際。


 ロザリアが声をかけた。


「教会へ行ってみるといいかもしれないわ」


「教会…ですか?」


「ええ。神様に最も近い場所だから」


「ありがとうございます」


 フィオナは、深く頭を下げた。


 応接室を出て、廊下を歩く。


 窓の外には傾き始めた陽が見えた。


 左腕に、そっと触れる。


 印。これは本当に、加護の印だった。


 チャンスをどうするかは、自分次第。


 その言葉が、頭の中で、何度も繰り返される。


 運命の加護。


 神様の、あの声。あの言葉。


 もし、運命を変えられる力なら。


「…必ず、変えてみせるから」


 小さく呟いた。


 あの時、届かなかった手。


 あの未来を、変えてみせる。


 窓の外の陽が、廊下を静かに染めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ