お茶会
元の場所へ戻ると、全員がしばらく黙っていた。
レオガルドが真っ先に口を開いた。
「すげー怖かった!」
「あんな怒り方をする方がいるのね」
ヴァンが苦笑いをしながら言う。
「…迂闊だった」
セレナが静かに言った。
「姉上があんなに怒るところは中々見ないから、僕も驚いた」
ユリウスが少し呆然としたように言う。
その後は誰も何も言わなかった。
テーブルへ戻って、全員が椅子に座る。紅茶はすっかり冷めていた。
薔薇の香りだけが、変わらず漂っている。
しばらくして、ロザリアが戻ってきた。
先ほどの張り詰めた空気はなく、いつも通りの落ち着いた顔をしていた。
「待たせたわね。よく来てくれたわ」
椅子に腰を下ろしながら、新しい紅茶のカップを手に取る。
全員が少し安堵したように息を吐いた。
****
「ロザリア様、お聞きしてもいいですか」
フィオナは紅茶を一口飲んでから、静かに切り出した。
「何かしら」
「加護のことを調べていたんですが、詳しいことがどこにも載っていなくて。なぜ情報があまり出ていないのですか?」
ロザリアは少し間を置いた。
カップを静かにソーサーへ戻す。
「理由は大きく三つある」
淡々としていたが、芯のある声だった。
「一つは、悪用されないようにするため。加護の詳細が広く知られれば、その力を持つ人間を利用しようとする者が出てくる。加護は強い力を借りれることもあるし、神から個人へ与えられるものだから、その人自身を狙えばいい。この国は基本的には平和だけれど、そういう発想をする人間は、いつの時代もいる」
レオガルドが眉をひそめた。
「加護持ちを狙うやつがいるってことか」
「可能性の話よ。神の愛し子に手を出すわけだから無神論者か相当な覚悟が必要だと思うけれど」
ロザリアは続けた。
「二つ目は、恐れられないようにするため。加護の力は時に常識を超える。知識のない人間には、それが脅威に映ることがある」
「三つ目は?」
「加護を持つ者自身を守るため。何ができて、何ができないかを知られれば、弱点も知られる。自分の力の限界を他人に握られることは、それだけで危険になり得る」
テーブルが静かになった。
レオガルドが腕を組んで考え込んでいる。ユリウスは静かに頷いていた。ヴァンは「なるほど」と小さく言った。
セレナがゆっくりと口を開いた。
「…クラベル家が加護の研究をしない理由が分かった」
ロザリアが少しだけ目を向ける。
「魔法の研究はするのに、加護だけは踏み込まない。ずっと不思議だったけれど、そういうことなのね」
「賢明な判断だと思うわ」
ロザリアはそれだけ言った。
****
話しながら紅茶を飲むロザリアの右手に、青い印があることに気付いた。
細い線が絡み合う、落ち着いた色の紋様。
フィオナは少しの動揺を隠しながら考える。
やはり、見える。
王族のほとんどが加護を持つこと自体は広く知られている。ロザリアが加護を持っていることには驚かない。
ただ。
ロザリアが加護の魔法を使ったところを、フィオナは見たことがない。印も。
以前の自分には、見えなかった。
でも今は、見える。魔法を使っている様子はないのに。
ユリウスの印も同じだった。あの授業の日、魔法を使っていない状態で額の印が一瞬見えた。
加護を持っている人の印が、常に見えるようになっている。
その考えが、静かに積み重なった。
フィオナは言葉には出さなかった。
****
加護の話が一段落すると、お茶会はまた穏やかな空気に戻った。
「ロザリア様、この焼き菓子はお城のものですか?とても美味しくて」
「そう。料理長が作ったものよ」
「流石ですね!家でも食べたいくらい…レシピが聞きたいです…!」
フィオナが素直に言うと、ロザリアは小さく笑った。
「料理長が教えてくれるかしら。門外不出の秘伝のレシピかもしれないわ」
その時、レオガルドが口を開いた。
「ロザリア様、魔法が上手くなるコツとかってありますか。頭いい方に聞いた方が早いかと思って」
「レオガルド」
ヴァンが静かにたしなめる。
「なんだよ、失礼か?」
「聞き方があるでしょう!」
ロザリアはしばらく間を置いてから、静かに答えた。
「目標と、それを手放さない気持ちね」
「目標と気持ち?」
「何かを成し遂げようとする時、みんな努力をするわ。魔法でも、それ以外でも同じ。でもその努力を続けることはとても難しい」
ロザリアはカップをゆっくりと置いた。水面がわずかに揺れる。
「だから先に決めておくのよ。何のために頑張るのかを。その目標が、続けるための気持ちを支えてくれるから」
「…なるほど」
レオガルドが素直に頷いた。
「珍しくレオガルドが素直」
「俺はいつでも素直だろうが!!」
急に騒がしくなった空気にユリウスがロザリアへ苦笑いを向ける。
「いつもこんな感じなんです」
「賑やかね」
ロザリアはそう言って、またお茶会の喧騒を静かに見ていた。
明るい声が中庭に響いている。
誰かが笑うたびに、誰かが突っ込むたびに、ロザリアはただ静かに見ていた。
その目には、かすかな微笑みがあった。
ただその微笑みの奥に、少し別の感情が見えた気がした。
悲しむような、懐かしむような。
フィオナには、うまく読み取れなかったが。
やがて帰る時間になった。
みんなが立ち上がり、ロザリアへ挨拶をする。
「今日はありがとうございました」
みんなが頭を下げると、ロザリアは静かに頷いた。
一行が中庭を出て歩き始める。
****
「フィオナ」
静かな声だった。
振り返ると、ロザリアが少し後ろに立っていた。
他の仲間たちはもう先へ進んでいた。
「少しいい?」
フィオナは足を止めた。
ロザリアが近づいてくる。
そのまま、耳元で静かに告げた。
「貴女、加護を持っているわね」
息が止まった。
ロザリアはそれだけ言って、すっと離れた。
「後日、改めて呼ぶわ」
それきり踵を返して、中庭の方へ歩いていく。
フィオナはその場に立ったまま、動けなかった。
隠していたつもりだった。印はドレスの袖の下にある。加護の魔法を使ったこともないし、自分の加護も分からない。
なのに、バレていた。
左腕の印にそっと触れた。ドレス越しでも、その存在を感じた。
ロザリアの背中が中庭の奥へ消えていく。
フィオナはしばらく、その場を動けなかった。




