手がかり
昨日の授業のことが、頭から離れなかった。
光っていない状態で、印が見えた。
あれが何を意味するのか。
考えれば考えるほど、答えが遠ざかる。
放課後、フィオナは一人で図書室へ向かった。
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図書室は静かだった。
窓から差す午後の光が、埃っぽい空気を柔らかく照らしている。
棚を一つずつ確かめながら、加護に関係しそうな文献を探した。
歴史書の棚。魔法理論の棚。神話と伝承の棚。
それらしいものをいくつか引き抜いて、窓際の席へ腰を下ろす。
最初の一冊を開いた。
加護についての項目はすぐ見つかった。
——神が己の愛し子に与える力。王族のほとんどが加護を持ち、貴族にも時折現れる。平民に加護持ちがいることは極めて稀だ。加護を受けた者は体のどこかに神の印を持ち、加護の力を行使した際には印が光る——
目を走らせる。
知っていることばかりだった。
別の文献を開く。神話の中に加護の記述があった。でも「神が人を愛した証」という抽象的な話に終始していて、仕組みには触れていない。
もう一冊。「加護は妖精の力を借りる通常魔法とは異なり、神の力を借りることができる」。やはり一般的な説明で止まっていた。
それ以上の詳細は、どこにも載っていない。
フィオナはゆっくりと本を閉じた。
加護を持たない者には印が見えない。加護を行使した時には光るので誰にでも見える。
では、魔法を使っていない状態で、なぜ見えたのか。
その理由がどこにも書いていなかった。
左腕へそっと手をやった。制服の下の、赤に近いピンク色の紋様。
これが鍵なのかもしれない。
でも何がどう繋がっているのかが、まだ分からない。
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少し視線を上げて気づいた。
図書室の奥に誰かが座っていた。
オレンジ色の髪。俯いて、静かにノートへ何かを書き留めている。華奢な肩。細い腕。
同じクラスの子だ。
グラーブス伯爵家のマリエラ・グラーブス。社交の場にはほとんど出てこないので、直接話したことはなかった。
その時、マリエラが顔を上げた。
ブラウンの瞳と一瞬だけ目が合う。
マリエラは小さく会釈した。丁寧で、静かな仕草だった。
フィオナも会釈を返してから、何となく声をかけた。
「同じクラスだよね。フィオナ・オルフェリアって言うの!よろしく」
マリエラは少し間を置いてから口を開いた。
「…マリエラ・グラーブスです。よろしくお願いします」
声は小さく、控えめだった。丁寧な言葉遣い。でも視線がどこかはっきりしない。
それだけ言うと、すぐにノートへ視線を戻した。
フィオナも無理に続けず調べ物に戻る。
ただ、さっき見えた手が気になった。
ノートにペンを走らせる指先が、令嬢には不釣り合いなほど荒れていた。
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文献を眺めていると、図書室の扉が開いた。
「なんで」
セレナだった。
数冊の本を脇に抱えて、フィオナを見つけてわずかに眉を上げる。
「珍しい。あなたが図書室に来るとは」
「セレナこそどうしたの?」
「私は初日から来ている」
向かいに腰を下ろしながら、テーブルの上の文献へ目を落とした。
「加護を調べてるの?」
「昨日の騒動で、ちょっと気になって」
「そう」
一冊手に取って、さっとページを確認する。
「これだけしか書いてないと思う。加護の詳細な情報は王家が記録と管理をしているから」
「王家が?」
「加護を受けた者は王城へ呼ばれて説明と登録をする仕組みだから、詳しい内容は公の文献には出てこない。クラベル家にも古い記録がいくつかある。それでもここにあるものと大差ない」
淡々としていたが、情報は正確だった。
「じゃあ、一般には調べようがないってこと?」
「ほぼそう」
小さく息を吐いた。
行き詰まった。
セレナは少し考えるように視線を動かした。
「…どうしても知りたいなら」
「うん」
「ユリウスに聞いてみたら?ダメ元で」
フィオナは顔を上げた。
「王族で加護もちなら王城で説明を受けているはず。話せる範囲で教えてもらえるかもしれない。話せなくても、誰に聞けばいいかくらいは分かる」
思わずセレナに抱きついていた。
****
翌日の昼、フィオナはユリウスに話しかけた。
サロンの片付けが終わって、みんなが少しずつ動き出す前の隙間だった。
「ユリウス、少しいい?」
「どうしたの?」
「加護のこと、少し聞いてもいい?昨日の授業で気になって」
ユリウスは少し困ったように首を傾げた。
「実は僕自身もあまり詳しくなくて。自分の加護のことはわかるけどどこまで話していいか…それに、基本的なことの説明してもらったけど、他の加護のことまでは正直そんなに」
「そうなんだ」
「役に立てなくてごめんね」
フィオナが首を振りかけた時、ユリウスが少し考える仕草をした。
「…姉上を頼ってみたらどうかな」
「ロザリア様に?」
「うん。僕よりずっと詳しいと思うから」
また少し間が空く。
「久しぶりにみんなでお茶会をしようって話してて。庭の薔薇が咲いたんだ。姉上にも声をかけてみるよ」
「…いいの?」
ユリウスはとてもいい笑顔で頷いた。
「ありがとう」
「役に立てたか分からないけど、頼ってもらえるのが嬉しいんだ。入学してからのフィオナはいつも何か考えていたようだから」
フィオナは何か言いかけて、やめた。
代わりにめいいっぱい感謝の気持ちを伝えた。
答えはまだ出ていない。加護のことも、印のことも、なぜ見えたのかも。何一つ、はっきりしていない。
でも、昨日より少し動いた気がした。
図書室で行き詰まって、セレナに話して、ユリウスに聞いて。
少しずつだけど、確かに前へ進んでいる。




