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消えた君を取り戻すために、少女は巻き戻って運命を変えたい  作者: 桜木 黎明


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手がかり

 昨日の授業のことが、頭から離れなかった。


 光っていない状態で、印が見えた。


 あれが何を意味するのか。


 考えれば考えるほど、答えが遠ざかる。


 放課後、フィオナは一人で図書室へ向かった。


****


 図書室は静かだった。


 窓から差す午後の光が、埃っぽい空気を柔らかく照らしている。


 棚を一つずつ確かめながら、加護に関係しそうな文献を探した。


 歴史書の棚。魔法理論の棚。神話と伝承の棚。


 それらしいものをいくつか引き抜いて、窓際の席へ腰を下ろす。


 最初の一冊を開いた。


 加護についての項目はすぐ見つかった。


 ——神が己の愛し子に与える力。王族のほとんどが加護を持ち、貴族にも時折現れる。平民に加護持ちがいることは極めて稀だ。加護を受けた者は体のどこかに神の印を持ち、加護の力を行使した際には印が光る——


 目を走らせる。


 知っていることばかりだった。


 別の文献を開く。神話の中に加護の記述があった。でも「神が人を愛した証」という抽象的な話に終始していて、仕組みには触れていない。


 もう一冊。「加護は妖精の力を借りる通常魔法とは異なり、神の力を借りることができる」。やはり一般的な説明で止まっていた。


 それ以上の詳細は、どこにも載っていない。


 フィオナはゆっくりと本を閉じた。


 加護を持たない者には印が見えない。加護を行使した時には光るので誰にでも見える。


 では、魔法を使っていない状態で、なぜ見えたのか。


 その理由がどこにも書いていなかった。


 左腕へそっと手をやった。制服の下の、赤に近いピンク色の紋様。


 これが鍵なのかもしれない。


 でも何がどう繋がっているのかが、まだ分からない。


****


 少し視線を上げて気づいた。


 図書室の奥に誰かが座っていた。


 オレンジ色の髪。俯いて、静かにノートへ何かを書き留めている。華奢な肩。細い腕。


 同じクラスの子だ。


 グラーブス伯爵家のマリエラ・グラーブス。社交の場にはほとんど出てこないので、直接話したことはなかった。


 その時、マリエラが顔を上げた。


 ブラウンの瞳と一瞬だけ目が合う。


 マリエラは小さく会釈した。丁寧で、静かな仕草だった。


 フィオナも会釈を返してから、何となく声をかけた。


「同じクラスだよね。フィオナ・オルフェリアって言うの!よろしく」


 マリエラは少し間を置いてから口を開いた。


「…マリエラ・グラーブスです。よろしくお願いします」


 声は小さく、控えめだった。丁寧な言葉遣い。でも視線がどこかはっきりしない。


 それだけ言うと、すぐにノートへ視線を戻した。


 フィオナも無理に続けず調べ物に戻る。


 ただ、さっき見えた手が気になった。


 ノートにペンを走らせる指先が、令嬢には不釣り合いなほど荒れていた。


****


 文献を眺めていると、図書室の扉が開いた。


「なんで」


 セレナだった。


 数冊の本を脇に抱えて、フィオナを見つけてわずかに眉を上げる。


「珍しい。あなたが図書室に来るとは」


「セレナこそどうしたの?」


「私は初日から来ている」


 向かいに腰を下ろしながら、テーブルの上の文献へ目を落とした。


「加護を調べてるの?」


「昨日の騒動で、ちょっと気になって」


「そう」


 一冊手に取って、さっとページを確認する。


「これだけしか書いてないと思う。加護の詳細な情報は王家が記録と管理をしているから」


「王家が?」


「加護を受けた者は王城へ呼ばれて説明と登録をする仕組みだから、詳しい内容は公の文献には出てこない。クラベル家にも古い記録がいくつかある。それでもここにあるものと大差ない」


 淡々としていたが、情報は正確だった。


「じゃあ、一般には調べようがないってこと?」


「ほぼそう」


 小さく息を吐いた。


 行き詰まった。


 セレナは少し考えるように視線を動かした。


「…どうしても知りたいなら」


「うん」


「ユリウスに聞いてみたら?ダメ元で」


 フィオナは顔を上げた。


「王族で加護もちなら王城で説明を受けているはず。話せる範囲で教えてもらえるかもしれない。話せなくても、誰に聞けばいいかくらいは分かる」


 思わずセレナに抱きついていた。


****


 翌日の昼、フィオナはユリウスに話しかけた。


 サロンの片付けが終わって、みんなが少しずつ動き出す前の隙間だった。


「ユリウス、少しいい?」

「どうしたの?」


「加護のこと、少し聞いてもいい?昨日の授業で気になって」


 ユリウスは少し困ったように首を傾げた。


「実は僕自身もあまり詳しくなくて。自分の加護のことはわかるけどどこまで話していいか…それに、基本的なことの説明してもらったけど、他の加護のことまでは正直そんなに」


「そうなんだ」


「役に立てなくてごめんね」


 フィオナが首を振りかけた時、ユリウスが少し考える仕草をした。


「…姉上を頼ってみたらどうかな」


「ロザリア様に?」


「うん。僕よりずっと詳しいと思うから」


 また少し間が空く。


「久しぶりにみんなでお茶会をしようって話してて。庭の薔薇が咲いたんだ。姉上にも声をかけてみるよ」


「…いいの?」


 ユリウスはとてもいい笑顔で頷いた。


「ありがとう」


「役に立てたか分からないけど、頼ってもらえるのが嬉しいんだ。入学してからのフィオナはいつも何か考えていたようだから」


 フィオナは何か言いかけて、やめた。


 代わりにめいいっぱい感謝の気持ちを伝えた。


 答えはまだ出ていない。加護のことも、印のことも、なぜ見えたのかも。何一つ、はっきりしていない。


 でも、昨日より少し動いた気がした。


 図書室で行き詰まって、セレナに話して、ユリウスに聞いて。


 少しずつだけど、確かに前へ進んでいる。

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