魔法と加護
魔法実技の授業は、広い演習場で行われた。
「魔法とは、妖精の力を借りる行為です」
教師が淡々と説明を続ける。
「魔法陣はその意図を妖精へ伝えるための媒介です。理論的な理解が深いほど展開は安定し、速くなります。ただ、妖精に強く愛されているものは、イメージにより魔法陣を補完し高水準の魔法を扱えることもある。どちらが優れているというわけではありません」
セレナが手元の紙に書き留めている。先生の言葉と、自分の考えを。
レオガルドは演習場の床を何度か踏んで、体をわずかに揺らしていた。早くしてくれ、という空気を隠す気もなく。
フィオナは聞きながら、ぼんやりとした既視感に包まれていた。
同じ説明を、前にも聞いた。
同じ場所で、同じ空気を吸って。
あの時の自分は何も知らなかった。
今は、知っている。
それだけが、違う。
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実技演習が始まった。
青色の魔法陣。赤色の魔法陣。緑の魔法陣。
属性によって色も形も変わる。それは、何度見ても面白かった。
問題が起きたのは、中盤だった。
フィオナの斜め前に立った男子生徒が、少し大げさな動作で魔法陣を広げ始めた。
知っている。
この後、調子に乗って広げすぎる。制御できなくなって、演習場に突風が走る。
一度目も、同じだった。
フィオナは早めに一歩前へ出た。
「ちょっと魔法陣、大きくなりすぎてない?」
生徒が振り返る。
その一瞬、意識が分散した。
魔法陣の広がりが、一気に加速する。
「あっ」
突風が演習場を吹き抜けた。
髪が舞い上がる。書類が飛ぶ。数人がよろける。
フィオナも思わず顔を庇って——その隙間から、ユリウスへ視線が向いた。
突風に煽られて、ふわふわした黒髪が額から大きくめくれ上がっていた。
その下に、何かが見えた。
白に近い、淡い光。細い線が絡み合うような、小さな紋様。
前髪が戻って、見えなくなる。
…今、何が見えた?
「いたっ!」
演習場の隅で声が上がった。
よろけた拍子に、生徒の一人が石の縁に腕をぶつけたらしい。そこそこ深い切り傷が走っていた。
****
騒ぎはすぐに広がった。
数人が治癒魔法を使おうと駆け寄る。黄緑がかった魔法陣が次々と展開されたが、どれも傷の表面を撫でるだけで塞がりきらない。
「浅い傷ならともかく…こういう深さになると、通常の治癒では時間がかかります」
教師が静かに言った。
「治癒魔法の強度は術者の魔力量と精度に比例します。傷が深いほど、相応の力が必要になる」
ざわつきが続く中、ユリウスが静かに前へ出た。
「少しいい?」
怪我をした生徒が驚いたように顔を上げる。
ユリウスがしゃがんでその腕にそっと手を添えた。
次の瞬間、魔法陣が展開された。
白と金が混じり合ったような色。他の誰のものとも、まるで違う。
その中心でユリウスの額の印が、光った。
はっきりとした、温かな光。
演習場が静まり返った。
光が傷口を包む。ほんの数秒だった。
跡形もなく、塞がっていた。
「…すごい」
誰かが小さく呟く。
光の加護。ユリウスの持っている加護だ。何かあれば惜しみなく使うため、それ自体は知られている。ただ実際に目にすることは少ない。
怪我をした生徒も、呆然としながら自分の腕を見ていた。
「ありがとうございます…」
「大したことないよ」
ユリウスが立ち上がりながら、困ったように笑う。いつもの笑い方だった。
****
廊下へ出た途端、レオガルドが口を開いた。
「加護ってすげーよな。一瞬で治ったぞ」
「大したことないって言ったじゃない」
「いや、大したことあるだろ。そもそも俺、治癒魔法すら使えねぇし」
「レオガルドは治癒より攻撃の方が向いてるんじゃないかしら」
「否定できないのが辛いな…」
みんなが笑う。
フィオナも笑った。
ちゃんと笑えていた、と思う。
でも、胸の奥に何かが刺さったまま取れない。
さっき光っていた印。白と金の魔法陣。
あれがあるから。
あの優しい光があるからユリウスは。
言葉にできないまま、笑顔を保った。
ユリウスがまた笑っている。
その顔が白金色の光の中で静かに溶けていく瞬間とどうしても、重なった。
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帰りの馬車に一人で揺られながら、ずっと考えていた。
窓の外を夕暮れが流れていく。
加護の力を使った時には、印が見える。
でも、その前の風が吹いた時ユリウスは魔法を使っていなかった。印は光ってもいなかった。
以前に、見えていただろうか。
記憶を辿るが、覚えがない。
前と違うことといえば。
フィオナは静かに左腕へ手をやった。
赤に近いピンク色の、細い紋様。指先でそっと触れる。
「…もしかして」
これが、ユリウスの持っているものと同じ?
じゃあ、あの声は…
「それなら…どうか…」
小さく呟いた言葉は、馬車の揺れの中に消えた。
答えはまだハッキリとはしていない。
でも、何かが少しだけ動いた気がした。




