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消えた君を取り戻すために、少女は巻き戻って運命を変えたい  作者: 桜木 黎明


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2/10

幼なじみと印

 朝食を終えても、フィオナは落ち着かなかった。


 窓の外には青空。穏やかな朝。

 以前までと何も変わらない景色なのに。


 胸の奥だけが、ずっとざわついていた。


「お嬢様本当に大丈夫ですか?」


 エマが心配そうにこちらを見る。


「…うん」


 返事をしながら、フィオナはぼんやりと窓を見つめていた。


 あれは夢だったのか。

 それとも、本当に起きた未来なのか。


 分からない。


 でも、ユリウスが消えたあの瞬間だけは、今も鮮明に焼き付いていた。


「…お風呂入ってくる」


「はい。お支度いたします」


「今日は一人で入る」


「ですが、お嬢様─」


「少しだけ、ゆっくりしたいの」


 準備をしようとしていたメイドたちは顔を見合わせて、それ以上は言わなかった。


「かしこまりました」


 扉が、閉まる。


****


 熱い湯に肩まで浸かって、小さく息を吐いた。


 静かだ。誰もいない。

 だからこそ、考えてしまう。


 『変えたい?』


 あの声。優しくて、静かな声。


「…変える」


 小さく呟いた瞬間。


 左の二の腕に、違和感があった。


「…え?」


 視線を落とす。


 見覚えのない紋様が浮かんでいた。赤に近いピンク色の印。細い線が複雑に絡み合って、淡く光っている。


「…なに、これ」


 触れてみる。熱はない。痛みもない。

 でも確かに、そこにあった。


 以前まで、こんなものはなかった。


「…巻き戻ったから?」


 呟いても答えは返らない。


 これが、なんなのかは分からない。


 でも、以前と違うものがある。それがやり直している印なのだとしたら。


 もし本当にやり直しているなら。ユリウスを、救えるかもしれない。


 その考えが胸を強く締め付けた。


****


 翌日。馬車の中で、フィオナは何度も窓の外を見ていた。


 王都へ続く石畳の道。賑やかな街並み。

 全部、見覚えがある。


 それでも二度目だという実感は、まだなかった。


「…夢じゃないんだよね」


 窓にそっと手をつく。左腕の印は制服の下に隠れていた。

 誰にも見せていない。まだ、話す気になれなかった。


 やがて第1王立魔法学院の巨大な門が見え始める。


 ここから全部が始まる。


 馬車を降りた瞬間。


「フィオナじゃねーか!」


「レオガルド!」


 前と変わらない雰囲気に、少しだけ肩の力が抜けた。


「…なんだその顔。なんか泣きそうだぞ?」


「っ、泣いてない!」


「朝から騒がしいわねぇ」


 ヴァンだった。


「ヴァン…」


「なぁに、その反応。幽霊でも見たみたいじゃない」


「…なんでもない」


「そう? 無理してるならちゃんと言いなさいよ」


 フィオナは小さく首を振った。


「久しぶり」


 セレナが静かに歩いてくる。


「セレナ!」


 思わず抱きつきかけて、寸前で止まった。


「…どうしたの?」


「えっ、いや…」


「今日のあなた、様子がおかしい」


 言葉に詰まる。


 すると。


「みんな、揃ってるね」


 穏やかな声が響いた。


 フィオナの心臓が、大きく跳ねる。


 ユリウス・フォン・アークラルク。この国の第二王子。いつも笑顔で、優しい人。


「…ユリウス」


「ん?」


 いつも通りの笑顔。


 気づいたら、ユリウスの袖を掴んでいた。


「フィオナ?」


「あ…ご、ごめん」


「別にいいけど。今日はいつもと様子が違うね。緊張してる?」


 その言葉に、フィオナは一瞬だけ黙った。


「なんか変なもんでも食ったんじゃないか?」


「そんなわけないじゃない! レオガルドじゃないんだから!」


「はぁ!? なんで俺だけ!」


「だって前に変なキノコ食べて倒れたでしょ!」


「あれは見た目が普通だったんだって!」


「普通の紫色のキノコなんてないわよ!」


「あるかもしれねえだろ!」


 ヴァンがため息を吐く。


「はいはい。初日から悪目立ちしたいのかしら」


 でもその声は、どこか楽しそうだった。


「相変わらず」


 セレナも小さく息を吐く。


 その空気に、フィオナの胸が少しだけ軽くなった。


 まだ何も始まっていない。まだ、間に合う。


****


 入学式は盛大だった。


 学院長の挨拶。歓迎の言葉。魔法を使った演出。広い講堂には緊張した空気が満ちていた。


 教室へ移動して、学院生活の説明が始まる。


「これから、皆さんには様々なことを学んでもらいます」


 フィオナは黙って聞いていた。


 以前の自分なら、期待でいっぱいだったはずなのに。


 左腕の印。あの声。ユリウスが消える未来。


 何の印なのか。なぜ自分なのか。本当に変えられるのか。


 何も、分からなかった。


****


 帰りの馬車で、フィオナは静かに左腕へ触れた。


 夕焼けが窓を赤く染めていく。


 朝確認しても、印は消えていなかった。


 長い夢を見ていたと言うには膨大な記憶と感覚。


 あれが本当に起きたことならユリウスは未来で、消える。


「…絶対に」


 誰にも聞こえない声で、呟く。


「今度は助けるから」


 馬車は夕暮れの道を進んでいく。

 学院生活が、始まろうとしていた。

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