邪魔だから消えて
『邪魔だから早く消えて』
文字が、赤かった。
血みたいに。
手が震える。
写真が一枚、床に落ちた。
ホテル。
抱き合う二人。
キス。
笑顔。
知らなかった蓮の顔。
全部、本物だった。
「……っ」
胃がひっくり返りそうになる。
苦しい。
見たくない。
でも目が離せない。
最後の写真。
エコー写真を見ながら笑う二人。
まるで、幸せな夫婦みたいだった。
私との五年なんて、最初からなかったみたいに。
「ママ」
紬の声で我に返る。
顔を上げると、紬が不安そうにこっちを見ていた。
私は慌てて写真を隠した。
見せたくなかった。
子どもに。
こんなもの。
でも。
紬はゆっくり言った。
「未来でも来た」
「……え?」
「その封筒」
背筋が冷える。
「同じ?」
紬は小さく頷いた。
「最初は写真だけだった」
最初。
その言い方が嫌だった。
つまり。
続きがある。
「そのあと、もっとひどくなる」
紬の顔が曇る。
私は唇を噛んだ。
ひどくなる?
これ以上?
もう十分だ。
夫の不倫。
妊娠。
離婚。
ストーカー。
脅迫。
まだ足りないの?
その時。
ブブッ。
スマホが震えた。
また知らない番号。
私は固まる。
怖い。
でも目を逸らせない。
メッセージ。
『見た?』
喉が詰まる。
すぐ次。
『蓮さん、本当に幸せそうだよね』
吐き気がした。
誰。
誰なの。
どうしてこんなこと。
私は震える指で入力した。
『誰ですか?』
数秒。
既読。
そして返信。
『ゆめちゃんを守ってる人』
気持ち悪い。
ぞっとする。
次。
『奥さんさ、もう諦めなよ』
『妊娠してる女に勝てないって』
頭が真っ白になる。
妊娠。
その言葉だけで苦しい。
勝てない。
私は負けた女。
産めない女。
蓮にそう言われたみたいだった。
その瞬間。
スマホを持つ私の手を、紬がぎゅっと握った。
小さい手。
でも強かった。
「読まないで」
紬が言う。
「ママ、前もこれで壊れた」
私は息を止めた。
未来の私。
どれだけ読んだんだろう。
どれだけ傷ついたんだろう。
どれだけ一人で耐えたんだろう。
「……嫌」
ぽろっと涙が落ちた。
「なんで私なの」
声が震える。
「私、何も悪いことしてない」
ただ普通に生きてきた。
夫を支えて。
不妊治療して。
頑張って。
それなのに。
どうして。
なんで全部奪われるの。
紬が突然、私に抱きついた。
小さな体。
細い腕。
でも必死だった。
「ママ、だめ」
泣きそうな声。
「前みたいにならないで」
胸が締め付けられる。
この子は。
未来で私が壊れるのを見たんだ。
死ぬところまで。
だから、こんなに必死なんだ。
「……ごめん」
私は紬を抱きしめ返した。
その時だった。
スマホが鳴る。
着信。
画面を見て、固まった。
蓮
数秒、迷う。
でも。
出る。
「……何」
自分でも驚くほど冷たい声だった。
蓮は少し黙ったあと。
『真白、今一人?』
私は眉をひそめる。
「何?」
『今から行く』
心臓が止まりそうになる。
「は?」
『ゆめもいる』
空気が凍った。
隣で紬の顔色が変わる。
真っ青。
蓮の声は続く。
『ちゃんと三人で話そう』
三人。
その言葉が気持ち悪かった。
まるで。
私が“邪魔な元妻候補”みたいな言い方。
『逃げるなよ』
通話が切れた。
私は動けなかった。
紬が、震える声で言う。
「……来ちゃう」
「え?」
紬は泣きそうな顔で、首を横に振った。
「だめ」
小さな声。
でも、はっきりしていた。
「その日……ゆめママに初めて会う日」
紬の唇が震える。
「ママ、すごく傷つく」




