深夜二時の来訪者
「未来で、家に来た人……」
紬の声は震えていた。
顔色が悪い。
小さな手が、私の服をぎゅっと掴んで離さない。
ピンポーン。
またインターホンが鳴る。
深夜二時。
静まり返った部屋に、不気味なくらい大きく響いた。
私は息を呑む。
誰?
こんな時間に?
蓮?
──いや、違う。
蓮なら鍵を持っている。
それに、さっきのSMS。
『見てるよ』
タイミングが悪すぎる。
「出ちゃだめ」
紬が小さく言った。
でも、その声は切実だった。
「お願い」
また鳴る。
ピンポーン。
ピンポーン。
今度は連打。
心臓が嫌な音を立てる。
怖い。
でも。
もし本当に危ない相手なら。
無視し続けるのも危険かもしれない。
私はそっとモニターを確認した。
そして、固まった。
男。
黒い帽子。
マスク。
フード。
顔はよく見えない。
でも。
じっと玄関を見ていた。
まるで、こっちが見ているのを知っているみたいに。
次の瞬間。
男が、ゆっくり笑った。
──モニター越しなのに、分かった。
背筋がぞっとする。
男はポケットからスマホを取り出した。
直後。
ブブッ。
私のスマホが震えた。
知らない番号。
メッセージ。
『いるの分かってるよ』
全身の血が冷えた。
紬が泣きそうな顔になる。
「……同じ」
「え?」
「未来と同じだよ……」
また通知。
『会おうよ』
『ゆめちゃん泣いてるんだよ?』
吐き気がした。
何なの。
意味が分からない。
なんでアイドルのファンが、家まで来るの?
なんで住所を知ってるの?
「警察」
私は小さく呟いた。
でも紬が首を振った。
「未来で呼んだ」
「……」
「でも、帰った後だった」
最悪だ。
来た時にはいない。
証拠もない。
被害も曖昧。
動いてくれない。
ピンポーン。
また鳴る。
今度は長い。
押しっぱなし。
不快な音が部屋に響く。
紬が耳を塞いだ。
震えている。
私は反射的に紬を抱き寄せた。
「大丈夫」
言いながら、自分が一番怖かった。
すると。
玄関の外から声が聞こえた。
男の声。
低くて、気持ち悪いくらい優しい。
「奥さーん」
心臓が止まりそうになる。
「いるんでしょ?」
紬が小さく息を呑む。
「だめ……」
私はモニターを見る。
男はドアに近づいていた。
そして。
玄関ドアに、何かを貼った。
カサッ。
小さな音。
そのまま男は、ゆっくり廊下を歩いていく。
エレベーターの音。
静寂。
帰った?
本当に?
私は数分動けなかった。
紬も黙ったまま。
部屋には、雨の音だけが残る。
「……行っちゃだめ」
紬が言う。
でも。
何を貼られたのか気になる。
危険物?
嫌がらせ?
私は意を決して、ドアスコープを覗いた。
誰もいない。
そっとチェーンをかけたまま扉を開く。
そこには。
一枚の封筒。
真っ白な封筒。
表には、私の名前。
『神崎真白様』
震える手で開く。
中には写真。
何枚も。
そして。
私の呼吸が止まった。
そこに写っていたのは──
蓮と、星乃ゆめ。
ホテルから出てくる姿。
抱き合う姿。
キスしている姿。
最後の一枚。
エコー写真を見ながら笑っている二人。
そして裏に、赤いペンで書かれていた。
『邪魔だから早く消えて』




