清純派アイドルの裏の顔
「会っちゃだめ……」
紬の顔は真っ青だった。
怯えている。
まるで、事故の未来を知っている人みたいに。
「その日から、全部壊れ始めるの」
私はスマホを見た。
星乃ゆめ
テレビで毎日見る顔。
夫を奪った女。
私の人生を壊した女。
その本人からのメッセージ。
『奥さん、少し話せますか?』
その短い文章が、妙に気持ち悪かった。
何事もなかったみたいな言い方。
まるで、普通の相談でもするみたいに。
でも。
この女は、私の夫と寝て、妊娠して、離婚を迫ってきた。
「……無理」
思わず呟く。
顔も見たくない。
声も聞きたくない。
でも。
ここで逃げたら終わる気もした。
「紬」
私はスマホを置いて向き直る。
「未来では、私は会ったの?」
紬の顔が曇った。
「……うん」
「何があった?」
紬は黙る。
かなり迷っているようだった。
言っていいのか。
未来を変えていいのか。
そんな顔。
「お願い。教えて」
私は静かに言った。
「変えたいの」
紬は目を伏せた。
そして、小さく話し始める。
「最初は、謝るって言われた」
「謝る?」
「うん。『ちゃんと話したいです』って」
私は笑いそうになった。
今さら?
妊娠しておいて?
夫を奪って?
何を話すの。
「でも違った」
紬の声が少し震える。
「謝るためじゃなかった」
嫌な予感。
紬は言いにくそうに続けた。
「ママ、録音されてた」
私は固まった。
「……は?」
「ゆめママ、会話全部録音してた」
背筋が冷える。
「なんで?」
紬の答えは、予想以上に最悪だった。
「被害者になるため」
空気が止まった。
紬は続ける。
「ママ、いっぱい傷ついてたから、怒ったの」
当然だ。
怒るに決まってる。
不倫。
妊娠。
離婚。
人生ぐちゃぐちゃだ。
怒らない方がおかしい。
「それを切り取られて……」
紬が震える声で言う。
「ネットに出た」
私は言葉を失った。
「“嫉妬に狂った怖い妻”って」
ぞっとした。
つまり。
向こうは最初から勝つ準備をしていた。
私は一般人。
向こうは国民的アイドル。
世間が信じるのはどっち?
答えなんて決まってる。
「最低……」
自然と口から漏れた。
でも。
次の瞬間。
別の感情が湧いた。
怒りだった。
ふざけないで。
私を悪者にする?
人生壊しておいて?
「会う」
紬が顔を上げた。
「え?」
「会うよ」
紬が慌てる。
「だめ!」
「でも、避けたら未来通りになるんでしょ?」
紬が言葉を詰まらせた。
私はスマホを見る。
怖い。
正直、震える。
でも。
ここで逃げたら。
私はまた、何もできないまま終わる。
「ただし」
私は少し考えた。
未来を知っているなら。
使える。
「録音する」
紬が目を丸くした。
「え?」
「向こうが録音するなら、私もする」
紬が黙る。
そして少しだけ。
ほんの少しだけ、安心した顔になった。
「……前のママと違う」
「前の?」
「未来のママ」
胸が少し痛む。
未来の私は、どんな顔をしていたんだろう。
どれだけ傷ついて。
どれだけ泣いて。
最後、死ぬしかなかったんだろう。
「今度は違う」
私は言った。
「絶対に負けない」
紬の目が少し潤む。
でも。
その表情は、まだ不安そうだった。
「でも、気をつけて」
「何を?」
紬が少し迷う。
そして、小さく言った。
「ゆめママ……本当に怖い人だから」
私は思わず眉をひそめた。
怖い?
テレビでは、あんなに可愛いのに。
清純派で。
ふわふわしていて。
笑顔が優しくて。
でも。
紬の顔は、本気だった。
「未来で、ママに言ってた」
紬は震える声で再現した。
「産めない女が、邪魔なんですよ」
全身の血が冷えた。
私は何も言えなかった。
そんなこと。
人に言える?
しかも、あんな“清純派”の顔で。
紬は俯いた。
「あと……」
まだあるの?
嫌な予感しかしない。
紬はしばらく黙ったあと。
ぽつりと言った。
「ゆめママ、パパのこと好きじゃないよ」
「え?」
「利用してるだけ」
私は固まる。
「……どういうこと?」
紬は言いにくそうだった。
でも。
次の一言で、空気が変わる。
「本当に好きなのは、別の人」
私は息を止めた。
社長?
そう思った瞬間。
紬が首を横に振った。
「違う」
そして、小さく言った。
「もっとヤバい人」
鳥肌が立った。
「……誰?」
紬が口を開きかけた。
その時だった。
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
深夜二時。
空気が凍る。
紬の顔から、一瞬で血の気が消えた。
震える唇で、小さく呟く。
「……来た」
「え?」
紬は私の服をぎゅっと掴んだ。
怯え切った顔。
「未来で、家に来た人……」




