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夫を奪ったアイドルの娘が、なぜか私を「ママ」と呼んだ。  作者: 熊猫ぱんだ


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おかえり

「……お母さん?」


結衣の小さな声が夜の橋に溶けた。


女性は涙で顔を濡らしたまま何度も頷く。


「そうよ」


声にならない。


嗚咽で何度も途切れる。


「結衣……」


「結衣……!」


結衣は立ち尽くしていた。


目の前の女性を見つめる。


知らない顔。


でも。


胸が苦しい。


理由もなく涙があふれる。


「私……」


震える声。


「思い出せない」


女性はゆっくり首を振った。


「いいの」


優しい笑顔だった。


「思い出せなくてもいい」


一歩。


また一歩。


結衣へ近づく。


「生きていてくれただけで」


その言葉を聞いた瞬間。


結衣の中で張りつめていた糸が切れた。


「お母さん……!」


駆け出す。


勢いよく女性へ飛び込む。


女性も強く抱きしめた。


二人とも声を上げて泣いていた。


三年間。


言えなかった言葉。


会えなかった時間。


全部が涙になってあふれていく。


「ごめんね」


女性は何度も謝る。


「守れなくて、ごめん」


結衣も首を横に振る。


「違う」


涙で笑いながら言う。


「迎えに来てくれた」


「ずっと探してくれた」


女性は何度も頷いた。


「当たり前よ」


結衣の髪を優しく撫でる。


「あなたは私の宝物だから」


私は少し離れた場所から、その光景を見つめていた。


涙が止まらない。


蒼も私の手をぎゅっと握っている。


「ママ」


私は蒼を抱き寄せた。


「どうしたの?」


蒼は結衣たちを見つめながら言う。


「ねえね」


少し寂しそうに笑う。


「帰っちゃうの?」


私は胸が締めつけられた。


結衣もその言葉を聞いて振り返る。


涙を拭きながら蒼の前にしゃがみ込む。


「帰るよ」


優しく微笑む。


「でもね」


蒼の小さな手を握る。


「お姉ちゃんじゃなくなるわけじゃないよ」


蒼は目を丸くした。


「ほんと?」


「ほんと」


結衣は小指を立てる。


「いつでも会いに来る」


「約束」


蒼も一生懸命、小指を立てた。


「約束!」


二人の指が結ばれる。


その姿を見て、私は静かに笑った。


百合子も少し離れた場所で涙をぬぐっている。


年配の警察官がゆっくり近づいてきた。


「真白さん」


私は振り向く。


「これで事件は終わりではありません」


私は頷いた。


分かっている。


誘拐。


戸籍改ざん。


監禁。


隠蔽。


まだ裁かれるべきことはたくさんある。


警察官は静かに続けた。


「ですが」


少し微笑む。


「今日だけは、ご家族と一緒にいてください」


私は蒼を見る。


結衣を見る。


そして蓮を見る。


蓮は少し離れた場所で、申し訳なさそうに立っていた。


目が合う。


蓮はゆっくり頭を下げた。


深く。


長く。


何も言わずに。


私はすぐには答えられなかった。


許せるかどうか。


まだ分からない。


でも。


蒼が私と蓮の手を一本ずつ握った。


小さな手で。


ぎゅっと。


「パパ」


蓮の目から涙がこぼれる。


「ママ」


蒼は笑った。


「みんなで帰ろう」


その一言で。


夜明け前の橋に、初めて穏やかな空気が流れた。


しかし、その時。


百合子の携帯電話が震えた。


画面を見た百合子の顔色が変わる。


「そんな……」


私は嫌な予感に胸がざわつく。


「どうしたの?」


百合子はゆっくり顔を上げた。


震える声で告げる。


「病院から連絡よ。真白……あなたのお腹の赤ちゃんに関する検査結果が出たわ」

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