待ち続けた母
「結衣のお母さんは、生きています」
私は息をのんだ。
結衣も固まっている。
「……生きてる?」
百合子は静かに頷いた。
「亡くなったと考えられていたけれど」
「違ったの」
橋の上が静まり返る。
結衣は震える声で尋ねた。
「じゃあ……」
「ママは」
「私を探してくれてたの?」
百合子の目に涙が浮かぶ。
「ずっと」
その一言だった。
結衣の頬を涙が伝う。
「本当に……?」
「毎年」
百合子は静かに続けた。
「あなたがいなくなった日に、同じ橋へ来ていた」
私は胸が締めつけられた。
三年間。
毎年。
一人で。
希望を捨てずに。
その時。
年配の警察官が携帯電話を手に近づいてきた。
「真白さん」
「保護施設の記録から、ご家族が判明しました」
結衣が思わず一歩前へ出る。
「……誰?」
警察官は画面を確認しながら答えた。
「現在も行方不明者の捜索願を取り下げていません」
「今日も警察署へ問い合わせをされています」
結衣が口元を押さえた。
「今日も……?」
警察官は頷く。
「毎月欠かさず連絡をくださっていました」
橋の空気が優しく変わる。
私は結衣の手を握った。
「会えるよ」
結衣は涙で前が見えなくなっていた。
「怖い」
小さく呟く。
「私のこと……忘れてるかも」
私は首を横に振った。
「忘れるお母さんなんていない」
百合子も優しく微笑む。
「あなたのお母さんは」
「施設へ何百通も手紙を書いていた」
結衣は泣き崩れた。
「知らなかった……」
「一通も届かなかった」
百合子は苦しそうに目を伏せる。
「届かなかったんじゃない」
長い沈黙。
「届かなかったようにされていたの」
その場にいた誰も言葉を失った。
施設へ送られた手紙。
プレゼント。
誕生日カード。
すべて。
誰かが止めていた。
その時。
若い警察官が慌てて駆け寄ってきた。
「警部!」
息を切らしながら叫ぶ。
「結衣さんのお母様が見つかりました!」
結衣が顔を上げる。
「えっ……」
「橋へ向かっています!」
全員が橋の入口を見る。
一台のタクシーが止まった。
ドアが開く。
中から飛び出してきた女性。
髪は乱れ、息を切らしながら走ってくる。
年は四十代くらい。
涙で前も見えていない。
そして。
結衣の姿を見つけた瞬間。
その場に崩れ落ちた。
震える声で。
何度も。
何度も同じ名前を呼ぶ。
「結衣……!」
結衣の体が震えた。
記憶にはないはずの声。
それなのに。
胸の奥が熱くなる。
結衣は一歩。
また一歩と女性へ近づく。
涙を流しながら。
小さな声で尋ねた。
「……お母さん?」




