もう一人の娘
「その子は、三年前から行方不明なの」
橋の上に沈黙が落ちた。
私は何も言えなかった。
蒼を抱く腕に、自然と力が入る。
「……行方不明?」
百合子は静かに頷いた。
「警察も探した」
「でも見つからなかった」
私は首を振る。
「そんな……」
双子。
蒼。
そして、もう一人の娘。
私は三年間、その存在すら知らなかった。
胸が苦しい。
苦しくて息ができない。
その時だった。
「違う」
小さな声が聞こえた。
全員が振り向く。
紬だった。
「行方不明じゃない」
顔色は真っ白。
でも、その目だけはまっすぐ百合子を見ていた。
百合子の表情が変わる。
「紬……」
紬はゆっくり首を横に振る。
「思い出した」
涙が一筋こぼれる。
「全部じゃない」
「でも、一番大事なこと」
私は紬の手を握った。
「何を思い出したの?」
紬は震えながら蒼を見る。
優しく頭を撫でる。
そして。
小さく笑った。
「蒼は泣き虫だった」
蒼も紬を見て笑う。
「ねえね」
紬の涙が止まらなくなる。
「私ね」
長い沈黙。
「蒼のお姉ちゃんじゃない」
私は息を止める。
「え……?」
紬はゆっくり私を見た。
今までで一番穏やかな顔だった。
「ママ」
「私」
唇が震える。
「ずっと勘違いしてた」
百合子が一歩前へ出る。
「紬……」
紬は静かに頷く。
「先生が言ってた」
「“名前を忘れなさい”って」
橋に冷たい風が吹く。
「だから私は」
涙を流しながら続ける。
「自分が紬だって思い込んだ」
私は理解できなかった。
「どういうこと?」
紬は目を閉じる。
そして。
ゆっくり開いた。
「私の本当の名前……」
全員が息をのむ。
「思い出した」
百合子は泣いていた。
まるで、この瞬間をずっと待っていたように。
紬は震える声で言った。
「真白ママが付けてくれた名前は、『結衣』」
私の頭に激しい痛みが走る。
病室。
生まれたばかりの赤ちゃんが二人。
私は二人を抱きながら笑っている。
蓮が隣で言う。
『男の子は蒼』
私は微笑み返す。
『じゃあ女の子は――』
その記憶が一気によみがえった。
「……結衣」
自然と名前が口からこぼれる。
紬――いや、結衣が顔を上げた。
涙でぐしゃぐしゃになりながら。
「ママ……」
私は迷わず結衣を抱きしめた。
「ごめんね」
何度も。
何度も謝る。
「思い出せなくて、ごめん」
結衣は首を横に振る。
「違う」
泣きながら笑った。
「思い出してくれた」
その時。
年配の警察官の無線が鳴った。
「こちら本部」
無線の向こうの声は切迫していた。
「至急伝達します」
警察官の表情が変わる。
「結衣さんについて、新しい情報です」
私は結衣の肩を抱いたまま顔を上げる。
警察官はゆっくりと告げた。
「DNA鑑定の結果、結衣さんと真白さんに親子関係は認められませんでした」




