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夫を奪ったアイドルの娘が、なぜか私を「ママ」と呼んだ。  作者: 熊猫ぱんだ


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思い出せない約束

「……俺たち、子どもの頃に会っていたのか」


蓮の声は震えていた。


誰も答えられない。


橋の上に流れるのは、救急車のサイレンだけ。


私は写真を見つめた。


幼い私。


その隣で笑う男の子。


間違いなく蓮だった。


「そんなはず……」


私には記憶がない。


蓮も首を押さえながら苦しそうに言う。


「俺も覚えてない……」


その時。


百合子がゆっくり目を閉じた。


「二人とも、覚えていないのね」


私は顔を上げる。


「お母さん……知ってるの?」


百合子は静かに頷いた。


「知っているわ」


長い沈黙。


「だって、私が二人を引き離したから」


空気が止まった。


「……え?」


私は信じられなかった。


百合子は涙を浮かべながら続ける。


「真白が五歳の時」


「蓮は六歳だった」


「あなたたちは毎日のように一緒に遊んでいた」


蓮の瞳が揺れる。


「公園……」


小さく呟く。


「赤い滑り台……」


百合子は驚いたように蓮を見た。


「少し思い出したの?」


蓮は額を押さえる。


「断片だけ……」


苦しそうに息を吐く。


「女の子と約束した気がする」


私の胸もざわつく。


約束。


その言葉を聞いた瞬間。


頭の奥に、小さな景色が浮かんだ。


夕焼け。


ブランコ。


小さな男の子。


そして――。


『大きくなったら、また会おうね』


私は頭を押さえた。


「……っ」


頭が痛い。


「ママ!」


紬が駆け寄る。


蒼も心配そうに私を見つめている。


「大丈夫……」


そう言った瞬間。


記憶が一気に押し寄せた。


公園。


笑い声。


手をつないで歩く小さな男の子。


私はその子に、小さな青いくまのぬいぐるみを渡していた。


「あ……」


思わず声が漏れる。


「青いくま……」


蒼が抱いていたぬいぐるみ。


あれは。


私が買ったんじゃない。


私が子どもの頃、大切にしていたものだった。


「思い出したの?」


百合子が震える声で聞く。


私はゆっくり頷いた。


「少しだけ」


涙が止まらない。


「蓮と……約束した」


蓮も涙を流していた。


「俺も」


二人の視線が重なる。


長い年月を越えて。


ようやく繋がった記憶。


しかし、その空気を切り裂くように年配の警察官が近づいてきた。


表情は険しい。


「皆さん、落ち着いて聞いてください」


全員が振り向く。


警察官は手に持った書類を見つめながら言った。


「倉庫から見つかった資料を確認しました」


「その結果――」


一度言葉を切る。


そして。


静かに告げた。


「紬さんは誘拐された子ではありませんでした」


私は息を止める。


「……え?」


紬も固まる。


警察官は続けた。


「紬さんは、自分の意思であの倉庫にいた形跡があります」


橋の空気が凍りつく。


私は首を振った。


「そんなはずありません」


警察官も苦しそうな表情だった。


「私たちも信じられません」


「ですが、日記や録音データが見つかりました」


「そこには、紬さん自身の声でこう残されています」


警察官は録音内容を読み上げた。


『私がここにいれば、蒼は助かる』


紬の顔から、一瞬で血の気が引いた。


震える唇が、小さく動く。


「……思い出した」


私は慌てて紬の肩を抱く。


「紬?」


紬は泣きながら私を見上げた。


そして。


今まで誰にも話さなかった秘密を口にした。


「私、自分から残ったの」

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