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夫を奪ったアイドルの娘が、なぜか私を「ママ」と呼んだ。  作者: 熊猫ぱんだ


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死亡届

「十五年前に死亡届が受理されています」


橋の上が静まり返った。


誰も動かない。


風だけが吹き抜ける。


「……今、何て」


私の声は震えていた。


若い警察官は手元の端末を見つめたまま答える。


「神崎百合子さんは、十五年前に死亡届が提出されています」


「戸籍上は死亡しています」


私は百合子を見る。


そこにいる。


話している。


呼吸もしている。


なのに。


死亡?


「そんな……」


蓮も立ち尽くしたまま動けない。


「ありえないだろ」


百合子は小さくため息をついた。


「やっぱり残っていたのね」


その言葉に、警察官たちが一斉に反応する。


「あなたは、ご存じだったんですか?」


百合子は逃げなかった。


静かに頷く。


「ええ」


「私が届けを出したもの」


空気が凍る。


「……自分で?」


警察官の声が裏返る。


百合子は静かに答えた。


「神崎百合子は、その日に死んだの」


「だから、新しい名前で生きた」


私は何も理解できない。


「どうして……」


百合子はゆっくり私を見る。


その目には、初めて深い後悔が浮かんでいた。


「あなたを守るため」


胸が締め付けられる。


「守る……?」


百合子は頷く。


「神崎家から逃がすため」


その時。


フードの男が苦しそうに笑った。


「先生……」


百合子は男を見た。


「もう黙って」


男は首を振る。


「もう無理です」


涙が一筋こぼれる。


「全部終わりにしましょう」


橋の空気が変わる。


男はゆっくり立ち上がる。


警察官が警戒する。


「動くな!」


しかし男は両手を上げたまま、私だけを見た。


「真白さん」


掠れた声だった。


「さっき、私は嘘をつきました」


私は息を止める。


「……何を」


男は目を閉じる。


「私は命令されて動いていた」


数秒の沈黙。


そして。


「それは本当です」


「でも」


苦しそうに続けた。


「黒幕は、この人じゃない」


全員の視線が百合子へ向く。


百合子は表情を変えない。


男は震える指を、橋の向こうへ向けた。


誰もいない夜道。


その先を見つめながら言う。


「本当の黒幕は」


その瞬間。


ブレーキ音が響いた。


──キィィィッ!!


一台の白いワゴン車が橋の手前で止まる。


ドアが勢いよく開く。


スーツ姿の男性が飛び降りてきた。


六十代くらい。


髪は白く、眼鏡をかけている。


その姿を見た瞬間。


百合子の表情が初めて崩れた。


「……来ないで」


小さな声。


怯えたような声だった。


私は息をのむ。


この人を見て。


百合子が怖がっている。


男性はゆっくり歩いてくる。


誰も見ていないような穏やかな笑顔で。


そして。


私を見て、静かに微笑んだ。


「真白」


その呼び方に胸がざわつく。


「ずいぶん遠回りをしたね」


私は一歩、蒼と紬をかばうように後ろへ下がった。


男性は笑顔のまま言う。


「私は、君の父だ」

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