久しぶりね
「久しぶりね、真白さん」
橋の上が静まり返った。
私はその女性を見つめた。
知らない。
会ったことがない。
それなのに。
その人は昔から私を知っているように微笑んでいた。
「……誰ですか」
私の声は震えていた。
女性は答えない。
代わりに、ゆっくり蒼へ視線を向ける。
その目だけが優しくなった。
「大きくなったわね」
蒼が私の服をぎゅっと掴む。
「ママ……」
怯えている。
その反応を見て、女性は少しだけ悲しそうに笑った。
「覚えていないのも無理はないわ」
私は蒼をさらに抱き寄せた。
「近づかないでください」
警察官も女性の前に立つ。
「あなたも事情を聞かせてもらいます」
しかし女性は落ち着いたままだった。
「もちろんです」
逃げる様子はない。
橋の上の全員が、その異様な落ち着きに戸惑っていた。
その時だった。
フードの男が苦しそうに起き上がる。
口元から血を流しながら叫んだ。
「話すな!」
女性はゆっくり男を見る。
「まだ生きていたのね」
その一言だけで。
男の顔が恐怖に歪んだ。
「お願いです……」
震える声だった。
「あの子だけは……」
女性はため息をつく。
「失敗続きね」
冷たい声。
「あなたも」
「ゆめさんも」
「全員」
ゆめが地面に座り込んだまま顔を上げる。
「先生……」
先生。
その呼び方に、私は違和感を覚えた。
女性はゆめを見ても笑わなかった。
「あなたは感情で動きすぎた」
ゆめの肩が震える。
「私は……」
「黙りなさい」
たった一言。
ゆめは何も言えなくなった。
今まで誰の言うことも聞かなかったゆめが。
初めて。
怯えた子どものように俯いた。
私は息をのむ。
この人が。
本当にすべてを動かしていたの?
その時。
蓮が震える声で聞いた。
「先生って……誰なんですか」
女性は蓮を見た。
少しだけ微笑む。
「あなたは知らなくていい人よ」
「ふざけるな!」
蓮が叫ぶ。
「俺たちの人生を壊しておいて!」
女性は静かに首を振った。
「壊したのは私じゃない」
「あなたたち自身よ」
橋の上に冷たい風が吹き抜ける。
その時。
女性の視線が、もう一度私へ向いた。
「真白さん」
優しい声だった。
母親のような。
教師のような。
不思議な声。
「一つだけ教えてあげる」
私は黙って見つめ返す。
「あなたが探していた真実は、半分しか分かっていない」
胸がざわつく。
「……半分?」
女性は頷く。
「蒼くんは確かにあなたの子」
私は蒼を抱く腕に力を込める。
「でも」
その一言で空気が変わる。
「紬ちゃんは違う」
時間が止まった。
「……え?」
隣で紬が固まる。
涙も止まる。
女性は静かに続けた。
「紬ちゃんは、あなたの娘ではない」
私は首を振った。
「嘘……」
「嘘ではないわ」
女性はバッグから一枚の封筒を取り出した。
「全部ここに入っている」
警察官が封筒を受け取る。
女性は最後に私を見つめた。
「その子があなたを『ママ』と呼んだ理由も」
「未来の話を知っていた理由も」
「全部」
橋の上が静まり返る。
私は震える手で紬を見る。
紬も泣きながら私を見ていた。
そして、小さく呟く。
「……ママ」
私は迷わず紬を抱き寄せた。
「違っても関係ない」
涙が止まらない。
「血がつながってなくても」
私は紬の頭を撫でた。
「あなたは私の大切な娘だよ」
紬が声を上げて泣いた。
その瞬間。
女性は初めて少しだけ寂しそうに笑った。
そして、小さく呟いた。
「その答えなら……今度こそ運命が変わるかもしれないわね」




