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夫を奪ったアイドルの娘が、なぜか私を「ママ」と呼んだ。  作者: 熊猫ぱんだ


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手を離さない

「ママ!」


蒼の泣き声が、夜の橋に響いた。


その一言で。


私はもう迷わなかった。


「蒼!」


一歩、前へ出る。


すると。


ゆめが蒼を強く抱き寄せた。


「来ないで!」


叫び声。


涙で顔はぐしゃぐしゃだった。


「この子は渡さない!」


風が強く吹く。


ガードレールの外側。


あと半歩踏み外せば落ちる。


警察官が静かに声をかけた。


「動かないでください!」


「お子さんをこちらへ」


しかし、ゆめは首を振る。


「嫌!」


「また奪うんでしょ!」


「私から全部!」


私は震える足で立ち止まった。


これ以上近づけば危ない。


でも。


蒼は泣きながら両手を伸ばしている。


「ママ……」


その声に胸が張り裂けそうになる。


「怖い……」


私は涙をこらえながら笑った。


「大丈夫」


声が震える。


それでも笑う。


「もう一人にしない」


蒼は何度も頷いた。


小さな肩が震えている。


その時。


蓮が橋の反対側から走ってきた。


息を切らしながら。


「ゆめ!」


警察官が手を広げる。


「近づかないでください!」


蓮は立ち止まった。


ゆめを見つめる。


「もう終わりだ」


掠れた声。


「蒼を返してくれ」


ゆめは笑った。


泣きながら。


壊れたように。


「返す?」


「返すって何?」


蒼を抱く腕に力が入る。


「私が三年間育てたの!」


「夜泣きした時も!」


「熱を出した時も!」


「全部、私!」


叫びながら泣いている。


「なのに!」


ゆめの視線が私へ向く。


憎しみで染まった目。


「あなたは何もしてない!」


私は黙っていた。


その通りだった。


私は知らなかった。


蒼の存在さえ。


でも。


一つだけ言えることがあった。


「知らなかった」


涙が落ちる。


「知らなかったから、会えなかった」


風が吹く。


私はゆっくり蒼を見る。


「でも」


胸が苦しい。


言葉が詰まる。


それでも続けた。


「今、迎えに来た」


蒼の目から涙があふれる。


「ママ……」


私は一歩も動かない。


これ以上近づけば危険だから。


ただ、手だけを伸ばした。


「おいで」


小さく。


優しく。


その瞬間。


蒼も、小さな手を伸ばした。


ゆめの腕の中から。


必死に。


「ママ!」


その動きに、ゆめの体勢が大きく揺れる。


「危ない!」


警察官が叫ぶ。


蓮が反射的に一歩踏み出す。


ゆめの足が滑る。


ガードレールの外側で、体が傾いた。


「きゃっ!」


蒼の小さな体が腕から離れる。


時間が止まった。


私は考えるより先に走っていた。


手を伸ばす。


届いて。


お願い。


届いて――。


私の指先が、蒼の小さな手をつかんだ。


その瞬間。


ゆめの悲鳴が橋の上に響いた。


「いやああああっ!!」

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