橋
「私が落とされた橋……」
紬の声は震えていた。
顔色が真っ白だった。
私は息を止める。
橋。
あの男が言っていた。
紬が追い詰められた場所。
落とされた場所。
そして今。
蒼が向かっている場所。
偶然じゃない。
絶対に。
その時。
スマホが震えた。
男から音声メッセージ。
私はすぐ再生する。
激しい風の音。
車の走行音。
そして。
男の荒い呼吸。
『聞こえますか』
声が切羽詰まっている。
『橋へ向かってます』
雑音。
クラクション。
『警察にも連絡しました』
少し間。
『でも間に合わない』
胸が締め付けられる。
『ゆめさん、普通じゃない』
音声が震える。
恐怖だった。
『蒼くんを連れて死ぬ気です』
私は固まった。
隣で紬が泣き出す。
「嫌……」
小さな声。
「嫌だ……」
その時。
音声の最後。
男が言った。
『蒼くん、ずっと泣いてます』
私は目を閉じた。
苦しい。
知らない子のはずなのに。
苦しい。
『ママ助けてって』
世界が止まった。
音声が終わる。
部屋が静かになる。
私は動けない。
涙が出そうになる。
ママ。
その子は。
私をそう呼んだ?
その時。
蓮から着信。
出る。
『真白』
息が荒い。
車の中らしい。
『俺も向かってる』
「どこに」
『橋』
私は固まる。
『警察から場所聞いた』
少し間。
『頼む』
蓮の声が震える。
『蒼を助けよう』
私は目を閉じる。
こんな言葉。
ずっと聞きたかった。
もっと前に。
でも。
今は責めている時間がない。
その時。
紬が私の服を引っ張る。
涙だらけの顔。
そして。
震える声で言った。
「ママ」
「何?」
紬は泣きながら笑った。
不思議な顔だった。
悲しいのに。
少しだけ安心したみたいな。
そして。
小さく言った。
「今度は間に合うよ」
私は息を呑む。
「え?」
紬が涙を拭う。
そして。
初めて。
未来の話じゃなく。
願いみたいに言った。
「だって今回は、ママが来てくれるから」




