返してください
『返してください』
私は画面を見つめた。
指先が冷たくなる。
返す?
何を?
蓮?
そんなわけない。
もうあげる。
いらない。
でも。
星乃ゆめは違う。
あの女は。
遠回しな言い方をしない時ほど怖い。
私は返信しなかった。
すると。
すぐに次のメッセージ。
『あなたには必要ないですよね』
胸がざわつく。
この言い方。
どこかで。
──ベビー服の箱。
『あなたには必要ないですよね』
同じ。
全く同じ。
私は拳を握った。
その時。
紬が、小さく呟く。
「赤ちゃん」
「え?」
「返せって」
顔色が悪い。
でも。
確信してる顔だった。
「赤ちゃんだと思う」
空気が凍る。
私は無意識に、お腹へ手を置いた。
そんな。
まだ分からない。
妊娠してるかも分からない。
なのに。
その瞬間。
また通知。
今度は画像。
私は息を止めた。
病院。
待合室。
そして。
写っているのは。
──私。
驚いてスマホを落としそうになる。
帽子。
マスク。
でも。
間違いない。
私。
数日前。
不調で病院へ行った時。
「……何これ」
盗撮。
完全に。
しかも。
一人じゃない。
画像の端。
誰かが写っている。
女。
帽子。
サングラス。
でも。
私は知っていた。
星乃ゆめ。
鳥肌が立つ。
「ずっと見てた……?」
声が震える。
その時。
紬が画像を見て固まった。
「……これ」
「え?」
紬の唇が震える。
「未来で見た」
また。
その言葉。
でも。
今は違う。
未来じゃない。
計画。
全部。
「何を見たの?」
紬が涙目で言う。
「ゆめママ」
少し間。
「ママの診察結果、先に知ってた」
空気が止まる。
私は凍りついた。
先に?
そんなことある?
でも。
診察券。
病院。
盗撮。
全部繋がる。
「まさか……」
ゆめは。
私の妊娠を先に知った?
だから。
偽の妊娠。
病院への誘導。
離婚。
全部急いだ?
その時。
スマホが鳴った。
今度は着信。
──蓮。
私は数秒迷う。
でも。
出た。
「……何」
沈黙。
長い沈黙。
そして。
蓮の掠れた声。
『真白』
聞いたことがない声だった。
疲れてる。
壊れそう。
そんな声。
『会いたい』
私は何も言わない。
『話したい』
胸が痛む。
でも。
許せない。
簡単には。
『ごめん』
私は目を閉じた。
遅い。
遅すぎる。
その時。
電話の向こう。
女の叫び声が聞こえた。
「返して!!」
私は凍りつく。
ゆめ。
間違いない。
泣き叫んでいる。
今までの演技じゃない。
本気。
『ゆめ、落ち着け!』
蓮の声。
物が倒れる音。
何かが割れる音。
そして。
ゆめの絶叫。
「あの女だけは嫌!!」
空気が凍る。
その直後。
電話が切れた。
部屋が静かになる。
紬が、真っ青な顔で呟いた。
「……始まった」
「え?」
紬の目に涙が浮かぶ。
震える声。
そして。
小さく言った。
「ゆめママが、一番壊れる日」




